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片想い(高校生)
指先の花びら
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学校が終わった。
今日は授業もやたら長く感じてしまい、終わると同時に急いで荷物をまとめた。
必死で自転車をこいで自宅に帰り、着替えようとして私はハッと気がつく。
息を切らせるほど急いだせいか、汗をかいてしまった。
ああ~もう!
ぼやきながらもお風呂に入ってしまうと、急いで帰った意味がない。
だから、夏の残りのデオドラントウォーターを探しだす。
スプレーのあのシューっと吹きつける感じが嫌いで、私はもっぱらウォーター派なのだ。
デオドラント用のシートは携帯に便利だけど、気がつくとカラカラに乾いていたりするから、カバンに時々忍ばせるぐらいにしている。
腕のあたりを臭って甘すぎないフローラル系がほのかに香るのを確かめ、淡いグリーンのブラウスとガーリースカートを身につけた。
姿見の鏡を確かめて、うん、とうなずく。
制服より、ちょっとは大人びて見えるはず。
髪をまとめたシュシュの位置も確かめる。
学生かばんから取り出した、出来上がったばかりのチケットを握りしめる。
よし!
気合を入れて、お隣に急いだ。
インターフォンを押すと、ピンポンと軽い電子音が響く。
ハイ、と少し余所行きな感じの後で、真理奈? と不思議そうな声。
良かった、拓兄だ。
五歳年上の、大学生。
呼び出さなくても、すぐに会えるなんてラッキー。
待ってろ、と台詞が続いて、インターフォン越しの会話はなかった。
ドキドキして待っていたら、玄関が開いた。
「どうした?」
いつもの優しげな声に、私は手にしていたチケットを差し出した。
「今度の土曜日、学園祭なの。私、主役だから」
ふぅん、と拓兄は気のない様子だったけど、私がチケットを突きつけたままだから仕方なくといった感じで受け取ってくれた。
「で、何やるの?」
「源氏物語」
は? と拓兄は目を見開いた。
「お前、主役って?」
手にしたチケットをじっくりと見つめて私の役柄を確かめると、拓兄はブッと遠慮なく吹き出した。
「おお、光源氏か! 麗しの君よ、さすが俺の弟」
そして、私の頭をポンポンと軽く叩く。
育ったもんな、と一六八センチある身長を褒めるともけなすとも判断できない調子で、うんうんと確かめている。
おもしれ~とゲラゲラ笑うので、私は口をとがらせた。
「もう! 美形の男子がクラスにいなかったの!」
「そこまで言うか!」
アハハッと笑うので、もう知らない、と私はふてくされた。
不本意ながら美男子役だけれど、そんなお笑いに変えるために、チケットを渡すんじゃないのに。
いつまでたっても、私は拓兄の弟扱い。
そりゃ、身長はちょっと高めだし、子供の頃は一緒にチャンバラや、木登りをした仲だけど。
今ではれっきとした女子高生なんだからね。
弟はあんまりだと思う。
声に出して苦情を言えないのが弱いところだ。
私が涙目になったのが、わかったのだろう。
「まあ、可愛い妹のお願いだから、行ってやるよ。あと何枚か土曜までにもってこい、な? 友達も誘ってみるから。女子高生の鑑賞だって言えば、来るやつがいるはずだし」
言い聞かせるような口調でその言葉は優しかったけれど、拓兄はこらえきれないように「そうか、光源氏か」と笑いをかみ殺す。
ヨシヨシと頭をなでられて、私はさらにガックリした。
弟はあんまりだけど。
妹はもっと嫌。
私はずっと、拓兄のことをお兄ちゃんだなんて思ってないのに。
頭の中では、たくさん反論したけど。
「拓兄の頼みだもん。チケット、委員長にたくさんもらってくるね」
つい、いい妹の返事をしてしまう。
私はまた、弟でも妹でもないんだよって言い損ねた。
いつになったら、一人の女の子に見てもらえるんだろう?
せっかく可愛い服を着ても、少しもわかってくれないし。
ため息をついて、またねと言って帰りかけた時。
不意に、拓兄が私の左手を取った。
ドキリとする。
しっかりとした大きな手は、暖かくてサラリと乾いていた。
ジンジンと体温がゆっくり染み込んでくるようで、私は拓兄の顔を見る。
拓兄は、私の指先をジッと見ていた。
「花弁がついてる」
そのまま軽く私の左手の指先を香るから、ひどく驚いた。
驚きすぎて、カチカチに身体が固まってしまう。
指先に、フワリと吐息がかかる。
息もできないぐらい緊張していたら。
「コラ、校則違反だ」
空いている手で、いきなりデコピンされた。
イタッとおでこを押さえる私の前で、拓兄はニッと笑った。
「真理奈も、指先だけは女の匂いだな」
固まっている私の頭をポンと軽く叩いて、拓兄はそのまま家の中に入ってしまった。
私はしばらく立ちつくしていた。
だけど、拓兄はとっくに扉の奥に消えてしまっていて、仕方ないからフラフラと自宅に向かう。
自分の左手を見つめた。
花弁がついているみたいって、コレ?
綺麗にネイルを塗った爪が、淡い桜色。
昨日の放課後、友達がネイルの勉強をしているのでお願いされて、練習台になった。
女の匂いって。
初めて、拓兄にそんなこと言われた。
指先だけって強調されたけど、女って。
どうしよう?
嬉しくて、苦しい。
弟でも、妹でも、お隣さんでもなくて。
指先の花びら。
服とか髪形に気を取られて、私自身はすっかり忘れていたから。
こんな小さな変化に気がついてくれたのが、こんなに嬉しいなんて。
心臓がドキドキして、胸が苦しい。
期待しちゃいけないって、わかっているけど。
それでも私は、拓兄だけの花になりたい。
【 おわり 】
今日は授業もやたら長く感じてしまい、終わると同時に急いで荷物をまとめた。
必死で自転車をこいで自宅に帰り、着替えようとして私はハッと気がつく。
息を切らせるほど急いだせいか、汗をかいてしまった。
ああ~もう!
ぼやきながらもお風呂に入ってしまうと、急いで帰った意味がない。
だから、夏の残りのデオドラントウォーターを探しだす。
スプレーのあのシューっと吹きつける感じが嫌いで、私はもっぱらウォーター派なのだ。
デオドラント用のシートは携帯に便利だけど、気がつくとカラカラに乾いていたりするから、カバンに時々忍ばせるぐらいにしている。
腕のあたりを臭って甘すぎないフローラル系がほのかに香るのを確かめ、淡いグリーンのブラウスとガーリースカートを身につけた。
姿見の鏡を確かめて、うん、とうなずく。
制服より、ちょっとは大人びて見えるはず。
髪をまとめたシュシュの位置も確かめる。
学生かばんから取り出した、出来上がったばかりのチケットを握りしめる。
よし!
気合を入れて、お隣に急いだ。
インターフォンを押すと、ピンポンと軽い電子音が響く。
ハイ、と少し余所行きな感じの後で、真理奈? と不思議そうな声。
良かった、拓兄だ。
五歳年上の、大学生。
呼び出さなくても、すぐに会えるなんてラッキー。
待ってろ、と台詞が続いて、インターフォン越しの会話はなかった。
ドキドキして待っていたら、玄関が開いた。
「どうした?」
いつもの優しげな声に、私は手にしていたチケットを差し出した。
「今度の土曜日、学園祭なの。私、主役だから」
ふぅん、と拓兄は気のない様子だったけど、私がチケットを突きつけたままだから仕方なくといった感じで受け取ってくれた。
「で、何やるの?」
「源氏物語」
は? と拓兄は目を見開いた。
「お前、主役って?」
手にしたチケットをじっくりと見つめて私の役柄を確かめると、拓兄はブッと遠慮なく吹き出した。
「おお、光源氏か! 麗しの君よ、さすが俺の弟」
そして、私の頭をポンポンと軽く叩く。
育ったもんな、と一六八センチある身長を褒めるともけなすとも判断できない調子で、うんうんと確かめている。
おもしれ~とゲラゲラ笑うので、私は口をとがらせた。
「もう! 美形の男子がクラスにいなかったの!」
「そこまで言うか!」
アハハッと笑うので、もう知らない、と私はふてくされた。
不本意ながら美男子役だけれど、そんなお笑いに変えるために、チケットを渡すんじゃないのに。
いつまでたっても、私は拓兄の弟扱い。
そりゃ、身長はちょっと高めだし、子供の頃は一緒にチャンバラや、木登りをした仲だけど。
今ではれっきとした女子高生なんだからね。
弟はあんまりだと思う。
声に出して苦情を言えないのが弱いところだ。
私が涙目になったのが、わかったのだろう。
「まあ、可愛い妹のお願いだから、行ってやるよ。あと何枚か土曜までにもってこい、な? 友達も誘ってみるから。女子高生の鑑賞だって言えば、来るやつがいるはずだし」
言い聞かせるような口調でその言葉は優しかったけれど、拓兄はこらえきれないように「そうか、光源氏か」と笑いをかみ殺す。
ヨシヨシと頭をなでられて、私はさらにガックリした。
弟はあんまりだけど。
妹はもっと嫌。
私はずっと、拓兄のことをお兄ちゃんだなんて思ってないのに。
頭の中では、たくさん反論したけど。
「拓兄の頼みだもん。チケット、委員長にたくさんもらってくるね」
つい、いい妹の返事をしてしまう。
私はまた、弟でも妹でもないんだよって言い損ねた。
いつになったら、一人の女の子に見てもらえるんだろう?
せっかく可愛い服を着ても、少しもわかってくれないし。
ため息をついて、またねと言って帰りかけた時。
不意に、拓兄が私の左手を取った。
ドキリとする。
しっかりとした大きな手は、暖かくてサラリと乾いていた。
ジンジンと体温がゆっくり染み込んでくるようで、私は拓兄の顔を見る。
拓兄は、私の指先をジッと見ていた。
「花弁がついてる」
そのまま軽く私の左手の指先を香るから、ひどく驚いた。
驚きすぎて、カチカチに身体が固まってしまう。
指先に、フワリと吐息がかかる。
息もできないぐらい緊張していたら。
「コラ、校則違反だ」
空いている手で、いきなりデコピンされた。
イタッとおでこを押さえる私の前で、拓兄はニッと笑った。
「真理奈も、指先だけは女の匂いだな」
固まっている私の頭をポンと軽く叩いて、拓兄はそのまま家の中に入ってしまった。
私はしばらく立ちつくしていた。
だけど、拓兄はとっくに扉の奥に消えてしまっていて、仕方ないからフラフラと自宅に向かう。
自分の左手を見つめた。
花弁がついているみたいって、コレ?
綺麗にネイルを塗った爪が、淡い桜色。
昨日の放課後、友達がネイルの勉強をしているのでお願いされて、練習台になった。
女の匂いって。
初めて、拓兄にそんなこと言われた。
指先だけって強調されたけど、女って。
どうしよう?
嬉しくて、苦しい。
弟でも、妹でも、お隣さんでもなくて。
指先の花びら。
服とか髪形に気を取られて、私自身はすっかり忘れていたから。
こんな小さな変化に気がついてくれたのが、こんなに嬉しいなんて。
心臓がドキドキして、胸が苦しい。
期待しちゃいけないって、わかっているけど。
それでも私は、拓兄だけの花になりたい。
【 おわり 】
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