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第6章
第3話(1)
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イベントの成功を祝う打ち上げは、地域振興課長の挨拶を皮切りに、おおいに盛り上がった。
莉音はイベント最大の功労者として冒頭で紹介され、ひろい会場の半分を埋め尽くす職員たちのまえで慣れない挨拶をして、大汗をかくこととなった。
顔馴染みになった職員はもちろん、企画に関わらなかった職員からもやんやの喝采と惜しみない賛辞が送られる。乾杯のあともしばらくは莉音が話題の中心となり、あちこちからさまざまな言葉をかけられ、大賑わいとなった。
決して人見知りやコミュ症というわけではないのだが、社会に出た経験がない莉音には、大人数の年長者との立てつづけのやりとりは骨が折れる。優子がうまい具合にあいだに入って慣れた調子で話をまわし、仲介役を買って出てくれたので大助かりだった。
いろいろな人からイベントの評判やSNSの反響について称讃され、ようやく皆と打ち解けてきたころ、莉音は優子に断って中座し、レストランの外に出た。
店の外にあるトイレの洗面で手を洗い、そのまま施設内を歩いてキッチンスタジオに戻る。すでに施錠されて閉まっているため、外から眺めるだけだったが、なんだか感慨深いものがあった。
たった一週間。だが、充分に濃密な時間を過ごすことができた。
優子に声をかけてもらわなかったら、おそらく自分はいまも、なにも見いだせないまま途方に暮れていただろう。
祖父との関係を修復することもできず、まえに進む勇気も持てなかった。
「莉音くん」
声をかけられて振り返ると、すぐ後ろに達哉が立っていた。
「あ、すみません。勝手に抜け出してきてしまって」
「いや、出ていくんが見えたんで、俺もちょっと息抜きち思って」
おばさんたちの相手は疲れると達哉は笑った。
「一週間、あっちゅう間やったねぇ」
「ほんとに。わき目も振らず、必死で全力疾走しちゃった感じでした」
莉音も笑うと、達哉は横に並んでスタジオを眺めた。
「全然そんな、余裕がない感じには見えんかったよ? 説明もうまかったし、段取りも気配りも行き届いちょって、すごいなっちいつも感心しちょった」
「ほんとですか? それならいいんですけど。自分では、もっとああすればよかったとか、こうしたほうがよかったんじゃないかって、いまになって思ったりもするんですけど。でも、できることは精一杯やったつもりなので悔いはないです」
「うちのおふくろん我儘に付き合うてもろうて、悪かったね」
「いいえ、全然。むしろ自分のこれからについて行きづまってるところだったので、いろいろ考えなおす、いい機会になりました」
「え? けど、調理の専門学校に行くことは決まっちょったんやろ?」
「そうなんですけど、祖父とちょっと揉めてしまって」
「タケ爺、莉音くんが学校行くん、反対やったん?」
「学校にっていうか、東京に戻ることに難色を示してて……」
あ~、そっちか、と達哉は呟いた。
「やっぱタケ爺も、心配なんやろな。たったひとりの大事な孫やし」
「僕がもっと、ちゃんと自立できてたらよかったんですけど」
「いやいや、莉音くんな充分、ようやってるよ。俺なんて料理もでけんし、仕事だってとくにやりてえことも見つからんまま、就活でうまくひっかかったところに入った、みたいな感じやけん」
実家帰ったらなんもやらんし、と笑った。
「けどやっぱ、仮に莉音くんが自立しちょったとしてん、タケ爺たちゃ心配したち思うよ? 親やらじいちゃんばあちゃんって、そげなもんやろ」
「そう、ですね。たぶんそうなんだろうなって僕も思います」
僅かな沈黙がふたりのあいだに下りる。
「……あの、さ」
ややあってから、達哉は思いきったように口を開いた。
「タケ爺と揉めちょったんが東京に戻るかどうかっていう話やったら、俺、すげえ余計なことしたよね?」
「え?」
雑誌の件、と言われて、莉音は「あ!」となった。
莉音はイベント最大の功労者として冒頭で紹介され、ひろい会場の半分を埋め尽くす職員たちのまえで慣れない挨拶をして、大汗をかくこととなった。
顔馴染みになった職員はもちろん、企画に関わらなかった職員からもやんやの喝采と惜しみない賛辞が送られる。乾杯のあともしばらくは莉音が話題の中心となり、あちこちからさまざまな言葉をかけられ、大賑わいとなった。
決して人見知りやコミュ症というわけではないのだが、社会に出た経験がない莉音には、大人数の年長者との立てつづけのやりとりは骨が折れる。優子がうまい具合にあいだに入って慣れた調子で話をまわし、仲介役を買って出てくれたので大助かりだった。
いろいろな人からイベントの評判やSNSの反響について称讃され、ようやく皆と打ち解けてきたころ、莉音は優子に断って中座し、レストランの外に出た。
店の外にあるトイレの洗面で手を洗い、そのまま施設内を歩いてキッチンスタジオに戻る。すでに施錠されて閉まっているため、外から眺めるだけだったが、なんだか感慨深いものがあった。
たった一週間。だが、充分に濃密な時間を過ごすことができた。
優子に声をかけてもらわなかったら、おそらく自分はいまも、なにも見いだせないまま途方に暮れていただろう。
祖父との関係を修復することもできず、まえに進む勇気も持てなかった。
「莉音くん」
声をかけられて振り返ると、すぐ後ろに達哉が立っていた。
「あ、すみません。勝手に抜け出してきてしまって」
「いや、出ていくんが見えたんで、俺もちょっと息抜きち思って」
おばさんたちの相手は疲れると達哉は笑った。
「一週間、あっちゅう間やったねぇ」
「ほんとに。わき目も振らず、必死で全力疾走しちゃった感じでした」
莉音も笑うと、達哉は横に並んでスタジオを眺めた。
「全然そんな、余裕がない感じには見えんかったよ? 説明もうまかったし、段取りも気配りも行き届いちょって、すごいなっちいつも感心しちょった」
「ほんとですか? それならいいんですけど。自分では、もっとああすればよかったとか、こうしたほうがよかったんじゃないかって、いまになって思ったりもするんですけど。でも、できることは精一杯やったつもりなので悔いはないです」
「うちのおふくろん我儘に付き合うてもろうて、悪かったね」
「いいえ、全然。むしろ自分のこれからについて行きづまってるところだったので、いろいろ考えなおす、いい機会になりました」
「え? けど、調理の専門学校に行くことは決まっちょったんやろ?」
「そうなんですけど、祖父とちょっと揉めてしまって」
「タケ爺、莉音くんが学校行くん、反対やったん?」
「学校にっていうか、東京に戻ることに難色を示してて……」
あ~、そっちか、と達哉は呟いた。
「やっぱタケ爺も、心配なんやろな。たったひとりの大事な孫やし」
「僕がもっと、ちゃんと自立できてたらよかったんですけど」
「いやいや、莉音くんな充分、ようやってるよ。俺なんて料理もでけんし、仕事だってとくにやりてえことも見つからんまま、就活でうまくひっかかったところに入った、みたいな感じやけん」
実家帰ったらなんもやらんし、と笑った。
「けどやっぱ、仮に莉音くんが自立しちょったとしてん、タケ爺たちゃ心配したち思うよ? 親やらじいちゃんばあちゃんって、そげなもんやろ」
「そう、ですね。たぶんそうなんだろうなって僕も思います」
僅かな沈黙がふたりのあいだに下りる。
「……あの、さ」
ややあってから、達哉は思いきったように口を開いた。
「タケ爺と揉めちょったんが東京に戻るかどうかっていう話やったら、俺、すげえ余計なことしたよね?」
「え?」
雑誌の件、と言われて、莉音は「あ!」となった。
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