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第4章

世界の調和と盟主の役割(10)

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「……っん…っ」

 息苦しさに眉根を寄せ、わずかに口唇が開いた瞬間、思わず隙間から舌を差しこんでいた。
 あ、ヤベッ。ついうっかりっ。

「……ゃっ、エ…ッ……!」

 一度ギュッと閉じられた瞳が、ふたたび大きく見開かれる。強く握った拳を突っ張って俺を押しのけようとするが、こっちも火がついてしまった。たぶん、っていうか確実に、この流れに強く反応したのは、躰の本来の持ち主である『エルディラント』のほう。

 悪い、リュシエル。犬に噛まれたと思って諦めてくれ。

 内心で謝罪しつつ、抵抗しようとする動きを強引に封じた。
 リュシエルとエルディラントでは、そもそも結構な体格差がある。身長差はもちろん、筋肉量ひとつとっても雲泥の差。荒事には向かない華奢な躰を押さえこむのは、そう難しくなかった。だが、下手に暴れられて怪我をされても困る。乱暴にならないよう留意しながら、タイミングを見計らってベッドに押し倒した。そのまま、自分の躰でリュシエルを押さえつけて、なおも裡から湧き上がる本能に任せて舌を絡ませた。

 こんなエロいチュウ、絶対エネルギー中和なわけない。全然止まんなくなっちゃってるし、なんなら躰も、またしても興奮状態に入っちゃってる。

 あ~、これ、さすがにこのまま、なし崩しにセックスにもつれこんじゃうのだけは自分で自分をぶん殴ってでもくい止めなきゃだけど、いまの段階ですでにもう、ほとんど犯罪なんじゃないだろうか? 確実にあとでひっぱたかれる展開。
 なんだろう。ものすごい背徳感――というか、間男感が否めなくて、いたたまれない感じ。

 いやいや、余計なこと考えてないで、とにかくいまは、リュシエルの体調を回復させることに集中しなければ。そうだよ、エネルギーの中和。っていうかこれ、ちゃんとできてんのか? 身体が勝手に暴走するせいで、なんかいろいろ混乱してまともに思考が働かないし、行為に集中できないんだが。
 あ、でも少し、さっきの抱擁のときみたいな感覚が体内にひろがってきたかも。であれば、このままつづけていいってことだな。
 少しずつ気持ちに余裕が出てきて、力を注ぎこむコツもわかってきた気がする。


 気がつくと、組み敷いていたリュシエルもおとなしくなっていた。抵抗をやめて素直に行為を受け容れ、されるままになっている。

 ん? あれ?

 ふとその顔を見て、ギョッとした。
 強引に行為に及んだことで、なんとかエネルギーは中和できている。だが行為を受け容れているリュシエルの表情が、完全にとろけきっていた。

 あ、ヤバ……。これ、治療の効果で心地よくなってるのとちょっと違う気がする。え、間男? 俺、間男確定?

 さすがにマズいかとディープな絡みを解こうとしたのだが、逆にリュシエルにしがみつかれ、もっとと求められてしまった。
 このままではあきらかにマズい反面、たしかにまだ、飽和状態は解消していない。じゃあ、どこで区切ればいいのかというと、いまいちやめどきがわからなかった。半端に中断して、また倒れられても困る。
 しばしの逡巡の末、もう、こうなったらやれるところまでやってみるしかないと腹をくくった。

 余計な雑念を払って、力を注ぐイメージに集中させる。なんかもう、身体のほうは不埒な方向に反応しまくっちゃってるのだが、倒れたリュシエルの姿を思い出すとそれどころではない。
 蒼白い顔。肉付きの薄い躰つき。胸のうちにある憂いを必死に押し隠そうとする頼りなげな表情。
 その様子が、不意に別のだれかと重なった。

 たまに起こる、封印された記憶の片鱗が呼び起こされるような感覚。
 薄い膜の向こう側に見え隠れしている不明瞭なその断片を、この手に掴み取ってこちら側へ引き寄せようと躍起になる。
 すぐそこにあるはずなのに、伸ばした手が、あと少しのところで届かないもどかしさに歯噛みする。

 あとちょっと。もう少し。ほら、伸ばした指先がほんのわずか、そこにあるものに触れる。そうだ、この感じ、なんとなくおぼえがある。俺は知ってる。触れそうで触れない《それ》の正体を。

 そうだ、ちゃんと知ってる。俺は――

 瞬間、腕の中にあったリュシエルの躰がビクッとふるえた。


「あっ、や…っ! エルディラントッ!」

 驚愕に見開かれた瞳。見えないなにかに向かって、懸命に腕が伸ばされた。

「嫌だっ、行かないでっ!」
「おい、リュシエル!? どうしたっ」
「やだっ、エルディラント! エルディラントッ! どうしてっ!」

 肩を掴んで軽く揺さぶるが、恐怖を浮かべた青い瞳は、ここではないどこかを視つめつづけていた。その口から、絶望を音に変換したような叫びが放たれる。



「エルディラント…っ、いやだっ! やぁあぁぁぁ――――――――っっっ!!」



 悲痛な絶叫は、穢れのない真っ白なその心を無惨に切り裂いた。
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