上 下
40 / 52
第4章

世界の調和と盟主の役割(9)

しおりを挟む
「ひとりでなにもかも抱えこむな。つらかったら俺を頼れ。まあ、エルディラントほど頼りにはならないだろうが、それでもけ口ぐらいにはなってやれる。あんたは俺の大事な運命共同体だしな」
「エル……」
「ただでさえ生まれたときからとんでもない運命背負わされてるってのに、こんなことになったら不安にもなるし、いろいろ怖いよな。でも、あんたはひとりじゃない。俺じゃあんま役に立たないってことは、もちろんわかってる。それどころか逆に、いちばん大きな不安要素になってる自覚もある。けどさ、それでも俺は、あんたのそばにいるから。だからつらくなったら俺にぶちまけろ。我慢するな。ほかのだれにも言えないことでも、俺にだったら吐き出せるだろ? 泣いたっていい。一緒に悩んで解決策を見つけられるかもしれないし、胸の中に溜めこんでたものを吐き出してすっきりしたら、それまで見えなかったものが見えてくることだってあるかもしれない」

 青い瞳が、ただまっすぐにこちらを見ていた。けがれのない、美しい輝き。その輝きを、曇らせたくないと思った。

「だいたいさ、あんたが具合悪いの我慢してるから悪いんだぞ? だから余計、気持ちも引っ張られてよくないことばっか考えるんだよ」
「それは……、でも」
「よし! だからもう、グダグダ言ってないで、やることやってすっきりしようぜ!」
「エッ、エルッ、その言いようは、なにやら品性を疑う行為を連想させるのだがっ!?」

 咄嗟に離れようとするその躰を、強引に引き寄せて抱きこんだ。

「ちょっと待て、エルッ! そなたなにをっ」
「はぁい、問答無用! リュシエルちゃんだって俺が寝てるあいだに、あ~んなことやそ~んなことをしてたんだから、つべこべ言う資格はありませぇん!」
「ひ、人聞きの悪いことを申すなっ! あっ、あんなことやそんなことって、我はべつに、そなたに不埒ふらちな振る舞いをしたわけではなっ――」
「はぁい、時間切れ~。強制治療に入りまぁす!」

 言うなり、頭の後ろに手を添えて動きを封じ、そのまま覆いかぶさった。あわてふためきながら、なおもなにかを言い募ろうとしていた口唇を強引に塞ぐ。青い瞳が、限界まで見開かれた。

 あ、しまった。俺のほうの準備がまだ整ってなかった。

 無理やり行動に移してしまってから気がついた。
 えっと、なんだっけ。力を注ぎこむ感じって、具体的にどうすりゃいいんだ? 口移しなんだから、やりかたはこれで間違ってないとして、口くっつけたままじっとしてるのも変だよな。

 とりあえず強引に行動に移してしまえば、あとはリュシエルが誘導してくれるだろうと期待したのだが、全然そんなことはなかった。もう完全に、腕の中で固まってしまっている。
 あ、駄目だこれ。もともと初心そうだなってのはうすうす感じてたけど、見事なまでに頭真っ白って顔してる。おいおい、それでよく寝てる俺にアレコレできたな。いや、逆にそうじゃないと無理だったってことなのかもしれないけど。

 どっちにしろ、このままでは埒が明かない。具合が悪いのを治してやるっつって、勢いに任せてアクション起こしたくせに、なにもできずに終わるのもさすがにカッコが悪すぎる。

 頭の中であれこれ考えたのが一瞬だったのか、それとも結構な長さの時間だったのかはわからないが、こうなったら自力でなんとかするしかないという結論に達した。たぶん、このタイミングで口唇を離して、あらためてエネルギーの中和のさせかたについて尋ねれば、リュシエルが逃げ出すことは想像にかたくない。ということで、どうあっても逃がさないためにリュシエルをさらに抱き寄せた。
 腕の中にある躰が、途端にビクッとふるえる。抱擁から逃れようとする抵抗を押さえこんで、口づけを深くした。
しおりを挟む

処理中です...