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第2章

俺は死んじまっただ?(4)

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「おそらくそなたも、冷静に話を聞いて状況を判断することはまだ難しいだろう。かく言う我も、正直なところ、ひどく混乱している。なぜこんなことになっているのかも、まったくわからない。それでも、そなたよりはわかっていることもある。だから、我にわかることを話して、これからどうすべきか、打開策を見つけていきたいと思うのだが」

 真剣な表情で言われて、俺はゆっくりと頷いた。逃げ出したい衝動をこらえるのに、相当な精神力が必要だった。得体の知れない恐怖心に負けて、この場を逃げたとしてもなんの解決にもならない。逃げた先で、どうしたらいいのかもわからない状況だからだ。

「焦らしてもしかたのないことなので、結論から言わせてもらう」
 キッパリとした口調ながらも、銀髪美人もかなり緊張していることがその表情から窺えた。話すほうも聞くほうも、それぞれの事情で緊張してるというのは、はたから見れば奇妙な光景だったかもしれない。

「そなたは、鏡に映った姿を見て、これがエルディラントかと尋ねた。その問いに対する答えは、是だ」

 覚悟していたはずなのに、息が止まった。


「じゃあ、俺の記憶と認識がおかしい……?」
「それもまた、違う」
 ふたたびはっきりと否定されて、ますます謎と混乱が深まった。

「それは、どういう……」
「おかしなことを言うと思うだろう。だが、事実なのだ。森で目覚めたそなたがわけのわからぬことを言っていたのは、我との関係を解消するために、わざとそのように振る舞っているのだと思ったいた。だからとても悲しくて、腹が立った。けれど、その直後にそなたが倒れて、あらためて気がついた。いま目の前にいるのは、我の半身であったエルディラントではないと」
 銀髪美人は悲しげな笑みを浮かべた。

「そなたの外側は、エルディラントで間違いない。だが、肉体に宿っている魂は彼ではなかった。まったくの別人である、そなたに入れ替わっていた。それなのにふとした瞬間、どういうわけかほんのわずかに、エルディラントの気配が漂うこともある」

 完全に禅問答かなにかの様相を呈してきて、もともとの混乱状態がさらなる混迷を極めていった。

 え? なに? 躰はエルディラントだが中身は別人――つまり俺――で、でもほんのちょっと、エルディラントの片鱗を覗かせている?とは?

 一応理解できる範囲で考えてはみたが、肝心の部分で理解が追いつかなかった。
 ようするに、いまこうして思考している『俺』は俺だけども、器はエルディラントという男のものだということで間違いないだろう。

 つまり、俺自身がエルディラントの記憶を失っているわけではなく、自分がぼんやりと認識している『自分像』も、錯乱したエルディラントの妄想や勘違いではないということだ。ここまでは理解できるし、自分とエルディラントが別人であるという部分で、だいぶホッとしたのも事実である。だが、それではなぜ、『俺』がまったくの見ず知らずの人間の躰に入りこんでいるのかということと、この躰の持ち主である『エルディラント』はどこに行ってしまったのか、という部分が問題になってくる。もちろん、『俺』の躰も。

 なにより、いましがた銀髪美人は、エルディラントの気配が漂うこともあると言った。それがどういう意味なのか、きちんと確認しておく必要があると思った。


「え~と、もしかして俺は、あんたの恋人の躰を乗っ取ってることに、なります?」

 なんか、もしそれで、この躰の持ち主の魂が眠りについちゃったんだとしたら、俺、すごい悪者っぽくない? っていうか、むしろ悪霊?
 思ったところでゾッとした。
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