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第1章

ここはどこ、私はだれ(1)

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 すうっと重力に吸いこまれていく不快な感覚を味わった直後、全身が大きく痙攣けいれんしてビクンッと跳ね上がった。思わず息を呑んで目を開ける。そしてその直後、ふたたび大きく息を呑んだ。すぐ目の前に、これまでに見たこともないような、とんでもない綺麗なかおがあったからだ。

「うわっ!」

 咄嗟に声をあげたとしても、やむを得ないだろう。

「よかった。気がついたのだな」
 その反応を見て、心配そうに曇っていた表情が一転、花開くような笑みがひろがった。
 あまりにもあざやかな変容に、目を奪われる。

 透けるような白磁の肌に上半身を覆う豊かな銀糸の髪。いだ湖面を思わせる、どこまでも深く澄んだ青玉の瞳。
 人間の領域を遙かに超越したその姿は、優艶ゆうえんなる美の化身を思わせた。『男』という属性の中にも、極上の美人というのは実在するんだなと妙に感心してしまった。

「本当によかった。このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと不安でたまらなかったのだぞ」
 いまにも泣き出しそうな顔で、その人物は言った。
「あ、はぁ……。あの、えっと……?」
 いったい、なにがどうしてこうなっているのか、まるでわからなかった。

「大丈夫か? どこか痛んだり、苦しいところはないか?」
「あ、はい、まあ……。ええと……」
 とくにどこもなんともないはずなのだが、なにをこんなに心配されているのだろうかと不思議に思った。
「そうか、無事でよかった。そなたになにかあれば、われも生きてはいけぬ」

 ……そなた? ……我?

 なんだかずいぶん癖の強い話しかたをする人だなぁと思ったところで気がついた。いやいや、この人、口調だけじゃなくて、着てる服もなんか変じゃね?と。
 なんというか、自分が見慣れてきたトップスやボトムではない感じ? いや、ザックリ言えば、そう分類されなくもないのだろうが、それにしてもこれまで馴染んできたものとはあまりにも違いすぎる。
 なんだっけ、自分もくわしいことはよくわからんけど、映画とか舞台で見かける衣装のような……そう、あれだ。

「中世ヨーロッパ風!」
「ちゅうせーよおろっぱ?」

 銀糸の髪の佳人かじんは不思議そうに首をかしげた。そんな仕種しぐさすらも絵になるのだから、見てくれのいい人間というのは得である。いや、それ以前に「そなた」と「我」でひっかかってしまったが、なんかもっと、根本的な部分でツッコミどころがあったような……。
 なんていうか、その、一世一代の告白的な?

 えっ、待って。待って。超絶美人なのは間違いないけど、この人、性別、男。そんで俺も、漏れなく男……。

「え、ええっと、ここは……」

 混乱が深まってパニックを起こしそうになるのをなんとか踏みとどまり、とりあえず無難な感じに別の話題を振ってみた。もしかしたら、なにかの拍子に前後の記憶がスポンと抜け落ちているだけで、そこをうまく埋められれば問題が解決するかもしれないと思ったからだ。それでいろんなことに合点がいけば、なぁんだ、そういうことだったのか!的な流れになって一件落着、みたいな?
 そう期待していたのだが。

「エストリーデの森だが」
 あっさり返ってきた答えからは、なんの解決の糸口も見いだせなかった。

「えすとりーで? の森?」

 今度はこちらが首をかしげてしまう。
 はて。そんな名称にまったく心当たりがない気がするのは気のせいだろうか。聞きおぼえがないうえに、やっぱり見事な横文字。っていうか、そもそもがそれを口にした人間自体、まぶしいほどの銀髪碧眼。え、ここ外国? いつのまに? それかたまたま目覚めて最初に目にした人間が外国人で、耳にした単語が横文字だったってだけのこと?
 マジで、なにがどうしてこうなった?

「そなた、ひょっとして自分の身になにが起こったか、理解しておらぬのか?」

 まったくもってそのとおりである。
 あえて口にせずとも、浮かべた愛想笑いで大体の事情を察したのだろう。グロスでも塗っているようにツヤツヤと発色のいい口唇くちびるから細い吐息が漏れた。

「まあ、それも致しかたのないことかもしれぬ。このような状況では、記憶も混乱するであろう」

 このような状況というのがどのような状況なのかはわからんけども、とりあえずいろんなことが不明になっているので、おとなしく説明を受けることにした。
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