上 下
76 / 93
第9章

(11)

しおりを挟む
「……でも、あのダイヤがあったら、アルフさん、PSグループの経営権も手に入れられたかもしれないのに……」
「莉音」

 注意を引くようにヴィンセントに手首を掴まれて、莉音はハッとした。

「私はそんなものに、はじめから興味はない」
 ヴィンセントは莉音に淡々と説いて聞かせた。

「自分でち上げた会社があって、その事業もおかげさまでいまのところとてもうまくいっている。私はね、莉音、自分と社員とその家族が充分満足な暮らしを得られるのなら、それ以上を望むつもりはない。といっても、やはり自分の手で会社を大きくして、成功をおさめることはそれなりにやりがいがあるからね。今後もさまざまな挑戦はしていきたいと思っている。だが、他人の築き上げた権力には、なんの興味も関心もない。そこに関心があるのなら、私はとうの昔にシャーロットと結婚している」
「アルフさん……」
「私は莉音が莉音だから好きになった。レナードの孫だからだとか、PSグループの筆頭株主に次ぐ権威を継承する可能性があるからだとか、そんなことはどうだっていい。莉音が贅沢な暮らしを望んで、王子様のようにかしずかれたいと願うなら、私がその願いをすべて、この手で叶えよう」
「そんなこと、僕は……」

 莉音は力なく首を横に振る。

「莉音、私は今回、アメリカでPSグループの現CEO、ダニエル・スペンサーに面会を求めて直談判してきた」

 莉音はその言葉に息を呑んだ。

「レナードとのあいだにあった約束ごとをすべてあきらかにしたうえで、シャーロットと結婚する意思はないことを明確にし、一族の何者かが遺言書にある株式譲渡の権利を得るために影で根回しをしていることも伝えた。そのうえで私の莉音にこれ以上手を出すようなら、こちらも容赦するつもりはないとも明言してきた」
 直談判というより宣戦布告が正しいんだが、とヴィンセントは笑った。

「アルフさん、でも僕……」
「そういった諸々の話をつけたうえで、今回、あらためてダニエル本人から莉音の意思を確認するよう託されてきた」
「僕、の……?」

 そうだとヴィンセントは頷いた。

「莉音は間違いなくレナードの血を受け継いでいる。それを踏まえたうえで、莉音がレナードの株式を引き継ぎたいと希望するのであれば、そのように手続きを進めるし、それに伴う諸般の権利や一族内で担う責任の所在についても、きちんと立場を確立させるようにする。そうでない場合も、グループ総裁であるダニエルの責任下で、莉音の希望に添う取り計らいをする。そういうことになった」

 突然そんなことを言われても、莉音にはどうしたらいいのかわからない。

「あの、でもそんな……」
「レナードが亡くなってすでにそれなりの日数が経っているからね。彼の持ち株は現在、ダニエルの預かりとなっている。だが、莉音に引き継ぐ意思があるというのなら、すぐにも名義変更の手続きを進めることができる。手続きそのものに関しては、専門の弁護士に任せることができるので、莉音はなにも心配しなくていい」
「でも、僕……」
「それで莉音は、ひとりで生きていくのに充分な資産を得ることができる。もちろん、お母さんとの夢だった、店を開くことも」

 あまりにも思いがけない言葉に、莉音はわずかに目を瞠った。

 どうする?と目顔で尋ねるヴィンセントをじっと見返し、それから視線を落とした。
 流れる沈黙。
 やがて息をついた莉音は、小さく、けれどもはっきりと首を横に振った。

「僕、いりません」

 莉音は迷いなく言いきった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんだって甘えたい!!

こじらせた処女
BL
 大江家は、大家族で兄弟が多い。次男である彩葉(いろは)は、県外の大学に進学していて居ない兄に変わって、小さい弟達の世話に追われていた。  そんな日々を送って居た、とある夏休み。彩葉は下宿している兄の家にオープンキャンパスも兼ねて遊びに行くこととなった。  もちろん、出発の朝。彩葉は弟達から自分も連れて行け、とごねられる。お土産を買ってくるから、また旅行行こう、と宥め、落ち着いた時には出発時間をゆうに超えていた。  急いで兄が迎えにきてくれている場所に行くと、乗るバスが出発ギリギリで、流れのまま乗り込む。クーラーの効いた車内に座って思い出す、家を出る前にトイレに行こうとして居たこと。ずっと焦っていて忘れていた尿意は、無視できないくらいにひっ迫していて…?

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

黒い春 本編完結 (BL)

Oj
BL
幼馴染BLです。 ハッピーエンドですがそこまでがとても暗いです。受けが不憫です。 DVやネグレクトなど出てきますので、苦手な方はご注意下さい。 幼い頃からずっと一緒の二人が社会人になるまでをそれぞれの視点で追っていきます。 ※暴力表現がありますが攻めから受けへの暴力はないです。攻めから他者への暴力や、ややグロテスクなシーンがあります。 執着攻め✕臆病受け 藤野佳奈多…フジノカナタ。 受け。 怖がりで臆病な性格。大人しくて自己主張が少ない。 学校でいじめられないよう、幼い頃から仲の良い大翔を頼り、そのせいで大翔からの好意を強く拒否できないでいる。 母が父からDV受けている。 松本(佐藤)大翔…マツモト(サトウ)ヒロト。 攻め。 母子家庭だったが幼い頃に母を亡くす。身寄りがなくなり銀行頭取の父に引き取られる。しかし母は愛人であったため、住居と金銭を与えられて愛情を受けずに育つ。 母を失った恐怖から、大切な人を失いたくないと佳奈多に執着している。 追記 誕生日と身長はこんなイメージです。 高校生時点で 佳奈多 誕生日4/12  身長158センチ  大翔  誕生日9/22 身長185センチ  佳奈多は小学生の頃から平均−10センチ、大翔は平均+5〜10センチくらいの身長で推移しています。 社会人になったら+2〜3センチです。 幼稚園児時代は佳奈多のほうが少し身長が高いです。

処理中です...