75 / 93
第9章
(10)
しおりを挟む
「あ、どうしよう…っ。あれ、本物? まさかそんな……」
「莉音、どうしたんだ。莉音?」
「アルフさん、そのダイヤって、ひょっとしてものすごく高いものなんですかっ? 普通のダイヤより!?」
「まあ、そうだが」
「高いってどれくらい!? 百万とか二百万とか? ……まさか、一千万円とか、そういう金額じゃない、です…よね……?」
おそるおそる尋ねる莉音の顔をしばらく見ていたヴィンセントは、ややあってから口を開いた。
「正確なところは私にもわからないが、おそらくいまならば、このペントハウスがいくつかまとめて買える程度の価値は」
聞いた途端、莉音は気が遠くなりそうになった。
これだけの立地で最上階まるまるワンフロアー所有しているのだ。その価値が、一億二億程度では済まないことくらい、莉音にでもわかる。ひょっとすると、さらに桁が違うかもしれない。それをいくつか――
「莉音! 莉音、どうしたんだ、いったい。しっかりしなさい」
しばし空を眺めていた莉音は、肩を掴まれてようやくヴィンセントを顧みた。
「ア、ルフさん、どうしよう。僕……」
「うん、どうした? 落ち着いて」
「その指輪、もうないです」
「え?」
怪訝そうに顔を覗きこまれて、莉音はくしゃりと表情を歪ませた。
「母さん、偽物だけどすっごくきれいだからって、ずっと大事にしてて。すごくお気に入りで。だから僕、向こうに――天国に行ってもずっと身につけていられるようにって、母さん亡くなったとき、お棺に入れてあげて……」
「莉音……」
美しい輝きの双眸を瞠って、ヴィンセントは茫然と呟いた。
「どうしよう、アルフさん。僕、そんなに価値のあるものだなんて全然知らなくて」
先程とは違った意味で泣きそうになっている莉音をしばし見つめていたヴィンセントは、しかし不意に、クッと肩を揺らすと笑いはじめた。
「アッ、アルフさんっ! 笑いごとじゃないですってば! 僕、大変なことしちゃったのにっ」
莉音は半ベソをかいて抗議する。だがヴィンセントは、なおもおかしくてしかたがなさそうに笑いつづけた。
取り返しのつかない事態にかつてないほど動転していた莉音は、すぐ横で大笑いするヴィンセントを茫然と見ているうちに少しだけ気分が落ち着いてくる。おかげで、それ以上は取り乱さずに済んだ。
やがて笑いをおさめると、ヴィンセントはやわらかな笑みを浮かべて莉音の頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「すまない、あまりにも想定外のことで。だが、とても莉音らしい」
「そんなこと言ってる場合じゃっ――」
「莉音はお母さんのためにしたことを、後悔しているか?」
真面目に訊かれて、莉音は困惑する。
「わかり、ません。母さんのためだから、そういう意味では後悔はないけど、でも、そんなにすごいものだったなんて知らなかったから……。あの、さっき、この家がいくつか買えるくらいって言ってましたけど、具体的に、何個くらい……?」
莉音の質問に、ヴィンセントは笑みを深くするばかりではぐらかし、なにも答えてはくれなかった。
「知っていても、私は君なら、おなじことをしたと思うのだけれどね」
「そっ、そんなのわかんないじゃないですか! むしろ知ってたら怖くてそんなことできません! アルフさん、僕のこと買いかぶりすぎですっ。っていうか、ほんとにいくらの値打ちが――」
「そんなことはない。私の知っている莉音なら、きっとそうした」
断言されて、莉音は一瞬押し黙った。
「莉音、どうしたんだ。莉音?」
「アルフさん、そのダイヤって、ひょっとしてものすごく高いものなんですかっ? 普通のダイヤより!?」
「まあ、そうだが」
「高いってどれくらい!? 百万とか二百万とか? ……まさか、一千万円とか、そういう金額じゃない、です…よね……?」
おそるおそる尋ねる莉音の顔をしばらく見ていたヴィンセントは、ややあってから口を開いた。
「正確なところは私にもわからないが、おそらくいまならば、このペントハウスがいくつかまとめて買える程度の価値は」
聞いた途端、莉音は気が遠くなりそうになった。
これだけの立地で最上階まるまるワンフロアー所有しているのだ。その価値が、一億二億程度では済まないことくらい、莉音にでもわかる。ひょっとすると、さらに桁が違うかもしれない。それをいくつか――
「莉音! 莉音、どうしたんだ、いったい。しっかりしなさい」
しばし空を眺めていた莉音は、肩を掴まれてようやくヴィンセントを顧みた。
「ア、ルフさん、どうしよう。僕……」
「うん、どうした? 落ち着いて」
「その指輪、もうないです」
「え?」
怪訝そうに顔を覗きこまれて、莉音はくしゃりと表情を歪ませた。
「母さん、偽物だけどすっごくきれいだからって、ずっと大事にしてて。すごくお気に入りで。だから僕、向こうに――天国に行ってもずっと身につけていられるようにって、母さん亡くなったとき、お棺に入れてあげて……」
「莉音……」
美しい輝きの双眸を瞠って、ヴィンセントは茫然と呟いた。
「どうしよう、アルフさん。僕、そんなに価値のあるものだなんて全然知らなくて」
先程とは違った意味で泣きそうになっている莉音をしばし見つめていたヴィンセントは、しかし不意に、クッと肩を揺らすと笑いはじめた。
「アッ、アルフさんっ! 笑いごとじゃないですってば! 僕、大変なことしちゃったのにっ」
莉音は半ベソをかいて抗議する。だがヴィンセントは、なおもおかしくてしかたがなさそうに笑いつづけた。
取り返しのつかない事態にかつてないほど動転していた莉音は、すぐ横で大笑いするヴィンセントを茫然と見ているうちに少しだけ気分が落ち着いてくる。おかげで、それ以上は取り乱さずに済んだ。
やがて笑いをおさめると、ヴィンセントはやわらかな笑みを浮かべて莉音の頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「すまない、あまりにも想定外のことで。だが、とても莉音らしい」
「そんなこと言ってる場合じゃっ――」
「莉音はお母さんのためにしたことを、後悔しているか?」
真面目に訊かれて、莉音は困惑する。
「わかり、ません。母さんのためだから、そういう意味では後悔はないけど、でも、そんなにすごいものだったなんて知らなかったから……。あの、さっき、この家がいくつか買えるくらいって言ってましたけど、具体的に、何個くらい……?」
莉音の質問に、ヴィンセントは笑みを深くするばかりではぐらかし、なにも答えてはくれなかった。
「知っていても、私は君なら、おなじことをしたと思うのだけれどね」
「そっ、そんなのわかんないじゃないですか! むしろ知ってたら怖くてそんなことできません! アルフさん、僕のこと買いかぶりすぎですっ。っていうか、ほんとにいくらの値打ちが――」
「そんなことはない。私の知っている莉音なら、きっとそうした」
断言されて、莉音は一瞬押し黙った。
12
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】どいつもこいつもかかって来やがれ
pino
BL
恋愛経験0の秋山貴哉は、口悪し頭悪しのヤンキーだ。でも幸いにも顔は良く、天然な性格がウケて無自覚に人を魅了していた。そんな普通の男子校に通う貴哉は朝起きるのが苦手でいつも寝坊をして遅刻をしていた。
夏休みを目の前にしたある日、担任から「今学期、あと1日でも遅刻、欠席したら出席日数不足で強制退学だ」と宣告される。
それはまずいと貴哉は周りの協力を得ながら何とか退学を免れようと奮闘するが、友達だと思っていた相手に好きだと告白されて……?
その他にも面倒な事が貴哉を待っている!
ドタバタ青春ラブコメディ。
チャラ男×ヤンキーorヤンキー×チャラ男
表紙は主人公の秋山貴哉です。
BLです。
貴哉視点でのお話です。
※印は貴哉以外の視点になります。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる