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第7章
第2話(4)
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「ねえ、莉音くん、私の目には、君もとてもつらそうに見えるのだけれど、気のせいですかね?」
しばらく無言で車を走らせていた早瀬は、やがてふたたび様子を窺うように話しかけてきた。それは、できればこのまま触れずにいてほしかった話題だった。
「少なくともヴィンセントといたときの君は、家に不法侵入者が現れたり、見ず知らずの男に攫われそうになったりといろいろ大変な思いもしたけど、それでも充分、満ち足りているように見えました。ヴィンセントの一方的な片想いではなく、互いに想いが通じ合っているように見えていたんですけどね。それは私の勘違いですか?」
莉音は答えることができずに俯いた。
「以前、財力があって容姿にも恵まれているヴィンセントは、相手に不自由しない人だと言いましたけど、彼が自分から望んで求めた人は、私が知るかぎりだれもいません。莉音くんだけです」
「そんなことは……」
「自分に自信が持てませんか? でも事実ですよ? 莉音くんはいまもまだ、あのマンションの合い鍵を持っているでしょう? 仕事だからだと思うかもしれませんが、彼は簡単に自宅の鍵を他人に預けるような人ではありません。彼にもっとも近しい立場にある私でさえ、それは例外ではないんです。それなのに君は最初から鍵を渡されて、出入りを許された。そしていまも変わらず、その鍵を持ちつづけている」
莉音は無意識のうちに、膝に乗せていたショルダーバッグを自分のほうへ引き寄せた。そのポケットには、彼から預かった鍵が入っていた。
ずっと、返さなければと思っていた。けれど、直接会って返す勇気が持てずにいた。
書留で送り返そうか。それとも早瀬に連絡を取って返してもらうように頼もうか。悩みながらも、行動に移すことができないまま今日まで来てしまった。
「魅力的な人ですからね。彼に言い寄る人間は、男でも女でもあとを絶ちません。男たちは主に、経済的支援や資金援助を目当てに近づいてきますし、女たちは、あわよくば彼のパートナーの座を狙って近づいてくる。なんの打算も損得感情もなく、彼が何者かも知らない状態で手を差し伸べたのは君だけです」
「でもそれは……」
「彼にとって君は、特別な存在なんです。彼の心が、信じられませんか?」
切るような鋭さで問われて、莉音は泣きたくなった。
「そんなこと、ないです。疑ったことなんて、一度もない……」
「それなのに君は、彼の許を去ろうとしてるんですね。なぜなんでしょう。それでいいんですか?」
さらに問いかけられて、莉音は両手を握りしめた。
しばらく無言で車を走らせていた早瀬は、やがてふたたび様子を窺うように話しかけてきた。それは、できればこのまま触れずにいてほしかった話題だった。
「少なくともヴィンセントといたときの君は、家に不法侵入者が現れたり、見ず知らずの男に攫われそうになったりといろいろ大変な思いもしたけど、それでも充分、満ち足りているように見えました。ヴィンセントの一方的な片想いではなく、互いに想いが通じ合っているように見えていたんですけどね。それは私の勘違いですか?」
莉音は答えることができずに俯いた。
「以前、財力があって容姿にも恵まれているヴィンセントは、相手に不自由しない人だと言いましたけど、彼が自分から望んで求めた人は、私が知るかぎりだれもいません。莉音くんだけです」
「そんなことは……」
「自分に自信が持てませんか? でも事実ですよ? 莉音くんはいまもまだ、あのマンションの合い鍵を持っているでしょう? 仕事だからだと思うかもしれませんが、彼は簡単に自宅の鍵を他人に預けるような人ではありません。彼にもっとも近しい立場にある私でさえ、それは例外ではないんです。それなのに君は最初から鍵を渡されて、出入りを許された。そしていまも変わらず、その鍵を持ちつづけている」
莉音は無意識のうちに、膝に乗せていたショルダーバッグを自分のほうへ引き寄せた。そのポケットには、彼から預かった鍵が入っていた。
ずっと、返さなければと思っていた。けれど、直接会って返す勇気が持てずにいた。
書留で送り返そうか。それとも早瀬に連絡を取って返してもらうように頼もうか。悩みながらも、行動に移すことができないまま今日まで来てしまった。
「魅力的な人ですからね。彼に言い寄る人間は、男でも女でもあとを絶ちません。男たちは主に、経済的支援や資金援助を目当てに近づいてきますし、女たちは、あわよくば彼のパートナーの座を狙って近づいてくる。なんの打算も損得感情もなく、彼が何者かも知らない状態で手を差し伸べたのは君だけです」
「でもそれは……」
「彼にとって君は、特別な存在なんです。彼の心が、信じられませんか?」
切るような鋭さで問われて、莉音は泣きたくなった。
「そんなこと、ないです。疑ったことなんて、一度もない……」
「それなのに君は、彼の許を去ろうとしてるんですね。なぜなんでしょう。それでいいんですか?」
さらに問いかけられて、莉音は両手を握りしめた。
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