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第3章

第1話(3)

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「気持ちはほんと、わかるんですけどね」

 早瀬はそう言って苦笑を滲ませた。

「莉音くんみたいに奥ゆかしい性格だと、戸惑っちゃいますよね」
「いえ、全然。奥ゆかしいとか、そういうんじゃないんですけど」
 ただたんに貧乏性が染みついているのではないかと思うと、気恥ずかしくなってしまった。

「ただ、社長もちょっと過剰なところもありますけど、本気で心配している部分もあるんですよ」
「……え? 心配、ですか?」
「さっき過保護って言いましたけど、自分が一度、襲われてるでしょう? それも莉音くんの家の近くで」
「あ……」

 言われてはじめて、この過剰待遇にはそういう意味もあったのかと驚いた。

「物騒な世の中ですからね。自分みたいに体格がよくて、それなりに鍛えてる人間でさえあんな目に遭ったのだから、莉音くんみたいに可愛らしい子ならば、なおのこと危ないって案じてるんです」
「え、いえ、あの……」

 か、可愛らしい……?

 自分にあまりにそぐわない言葉で形容されて、どう返答していいのか反応に困った。
 たしかに彼より小柄で貧弱であることは認めるが、すでに成人を済ませている、ごく一般的な青年期の男である。女性ならばともかく、そこまで心配してもらうことではないのにと当惑は深まるばかりだった。

「莉音くんみたいな整った貌立ちの子は、女の子でもそうそういないですからね」

 早瀬は軽やかな口調で言った。
「せっかくハウスキーパーとして有能な人材を雇い入れたのに、なにかあったら大変だ、と、そう思っての送迎みたいですよ」
「でも、これはさすがに……。遅い時間に帰るわけでもないですし、そもそも、いまだってみんな、普通に出勤とか通学とか買い物とかで出歩いてる時間帯じゃないですか」
「まあ、そうですね」
 平日の午前九時は、そこまで過剰に気遣われるような物騒な時間ではない。

「ただ、我々も一応、これも仕事の一環なので、どうしても莉音くんのほうで抵抗があるようであれば、直接本人に掛け合ってみてください。今日は家にいますから」
「え?」

 早瀬の言葉に驚いた。ヴィンセント邸に通うようになって今日でちょうど二週間になるが、これまで雇い主であるヴィンセント当人と顔を合わせたことがなかったからだ。

「ここしばらく、休日も返上で出社することも多かったですからね。今日は家で少しのんびりすることにしたそうです。といっても、在宅で仕事をするっていうだけのことなんですけど」
「あ、じゃあ僕、あまりお邪魔にならないように気をつけます。お昼は家で召し上がりますよね。お茶とかも、お持ちしてもいいのかな……」
「会社でも、頃合いを見計らってお出ししてるから、問題ないと思いますよ」
「わかりました」

 頷いたあとで、あれ?と疑問に思った。

「お仕事は家でされるけれども、夜には会食のご予定があって出かけられるってことですか? あ、それともプライベートでってことでしょうか? どちらにしろ、今夜は外で食事されるってことでいいんですよね?」
「そうですね。スケジュールについては、直接ヴィンセントに確認してみてください」

 車はちょうど、目的地であるマンションに到着したので、早瀬との会話はそこで終了となった。
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