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番外編~ある幸せな休日~
第1話(1)
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約束した時刻に自宅マンションのインターフォンが鳴って、如月琉生はいそいそと玄関先に向かった。
二月十三日。バレンタイン直前の週末である。
ドアを開けた向こうには長身のイケメンが立っていて、穏やかな笑みを浮かべていた。その顔を見て、如月の表情も自然とほころぶ。八神群司。大学卒業を間近に控えた学生で、四ヶ月ほどまえから付き合っている如月の恋人だった。
「ちょっと早いけど、琉生さん、お誕生日おめでとう」
開口一番に言われて、気恥ずかしさに頬が熱くなった。
「合い鍵持ってるんだから、そのまま入ってくればいいのに」
「うん。でもやっぱり、琉生さんに出迎えてほしいから」
八歳年下の恋人は、嬉しそうに笑った。
「これ、お祝いのケーキ。一緒に食べようと思って」
たいしたものじゃないけどとチョコレート色の紙袋を差し出されて、如月は礼を言って受け取りつつ恋人を見上げた。
「学生なんだから、余計なお金、遣わなくていいのに……」
「え~、これぐらいさせてよ。琉生さんのはじめての誕生日、一緒に祝うの楽しみにしてたんですから」
でも、と言いかけた如月を遮って、群司は大丈夫と意味深に口の端を上げた。
「それ、買ってきたものじゃないんで」
玄関からまっすぐに伸びた廊下の突き当たりにあるリビングダイニングに移動したところで告げられて、如月は思わず振り返った。
「え……?」
手もとの紙袋と、後ろからついてきた恋人とを見比べる。
「あの、これ……」
「たいしたものじゃないって言ったけど、じつは結構、自信作なんですよね。プロ並みとまではいかないけど、そこはたっぷりこめた愛情でカバーってことで」
言われて、二重のくっきりとした薄茶の双眸をますます大きく見開いた。
「……え、まさかこれ、群司が?」
「できたてほやほやですよ?」
楽しげなその言葉に、如月は手に提げていた紙袋を胸のまえで抱えこんだ。
「開けても、いい?」
「もちろんどうぞ」
言いながら、群司は手前のキッチンスペースを通って奥のリビングに移動した。如月は、カウンターキッチンのまえにあるダイニングテーブルに抱えていた袋を置く。年甲斐もなく、期待で胸が高鳴っていた。
「明日、バレンタインでしょ? 琉生さんの誕生日はその三日後の十七日。それでふと思いついて、お菓子教室の募集をあたってみたんです」
「お菓子教室……」
「さすがに初心者の自分ひとりで挑戦するにはハードルが高いですからね」
母親のいる自宅でやるわけにもいかないし、と着ていたコートを脱ぎながら群司は笑った。
「思いついたのが急だったから、ちょっと厳しいかなとも思ったんですけど、検索かけたら運良く近場でキャンセルの空きが出たとこがあって、ギリギリで潜りこめました」
「それで、これを?」
「男は俺ひとり。OLや主婦のお姉さんたちに交じって浮きまくりでしたけど、『恋人の誕生日ケーキを作りたいんです!』って言ったら、みんなすごい協力してくれて」
脱いだコートと首にかけていたマフラーをソファーの背に掛けて楽しげに言う。如月はあらためて紙袋を覗きこむと、保冷剤に挟まれるように中に収まっていた直方体の白い箱を取り出した。
軽く息を整えてから上蓋に手をかけ、そっと持ち上げる。カカオの芳醇な香りとともに、箱よりひとまわりほど小さなスクエア型のチョコレートケーキが現れた。チョコレートでできたスポンジとクリームが五層になっており、右端に飾られた三つの薔薇もチョコレートでできている。そして中央には、『Happy Birthday 琉生さん』と書かれたホワイトチョコのプレートが据えられていた。
二月十三日。バレンタイン直前の週末である。
ドアを開けた向こうには長身のイケメンが立っていて、穏やかな笑みを浮かべていた。その顔を見て、如月の表情も自然とほころぶ。八神群司。大学卒業を間近に控えた学生で、四ヶ月ほどまえから付き合っている如月の恋人だった。
「ちょっと早いけど、琉生さん、お誕生日おめでとう」
開口一番に言われて、気恥ずかしさに頬が熱くなった。
「合い鍵持ってるんだから、そのまま入ってくればいいのに」
「うん。でもやっぱり、琉生さんに出迎えてほしいから」
八歳年下の恋人は、嬉しそうに笑った。
「これ、お祝いのケーキ。一緒に食べようと思って」
たいしたものじゃないけどとチョコレート色の紙袋を差し出されて、如月は礼を言って受け取りつつ恋人を見上げた。
「学生なんだから、余計なお金、遣わなくていいのに……」
「え~、これぐらいさせてよ。琉生さんのはじめての誕生日、一緒に祝うの楽しみにしてたんですから」
でも、と言いかけた如月を遮って、群司は大丈夫と意味深に口の端を上げた。
「それ、買ってきたものじゃないんで」
玄関からまっすぐに伸びた廊下の突き当たりにあるリビングダイニングに移動したところで告げられて、如月は思わず振り返った。
「え……?」
手もとの紙袋と、後ろからついてきた恋人とを見比べる。
「あの、これ……」
「たいしたものじゃないって言ったけど、じつは結構、自信作なんですよね。プロ並みとまではいかないけど、そこはたっぷりこめた愛情でカバーってことで」
言われて、二重のくっきりとした薄茶の双眸をますます大きく見開いた。
「……え、まさかこれ、群司が?」
「できたてほやほやですよ?」
楽しげなその言葉に、如月は手に提げていた紙袋を胸のまえで抱えこんだ。
「開けても、いい?」
「もちろんどうぞ」
言いながら、群司は手前のキッチンスペースを通って奥のリビングに移動した。如月は、カウンターキッチンのまえにあるダイニングテーブルに抱えていた袋を置く。年甲斐もなく、期待で胸が高鳴っていた。
「明日、バレンタインでしょ? 琉生さんの誕生日はその三日後の十七日。それでふと思いついて、お菓子教室の募集をあたってみたんです」
「お菓子教室……」
「さすがに初心者の自分ひとりで挑戦するにはハードルが高いですからね」
母親のいる自宅でやるわけにもいかないし、と着ていたコートを脱ぎながら群司は笑った。
「思いついたのが急だったから、ちょっと厳しいかなとも思ったんですけど、検索かけたら運良く近場でキャンセルの空きが出たとこがあって、ギリギリで潜りこめました」
「それで、これを?」
「男は俺ひとり。OLや主婦のお姉さんたちに交じって浮きまくりでしたけど、『恋人の誕生日ケーキを作りたいんです!』って言ったら、みんなすごい協力してくれて」
脱いだコートと首にかけていたマフラーをソファーの背に掛けて楽しげに言う。如月はあらためて紙袋を覗きこむと、保冷剤に挟まれるように中に収まっていた直方体の白い箱を取り出した。
軽く息を整えてから上蓋に手をかけ、そっと持ち上げる。カカオの芳醇な香りとともに、箱よりひとまわりほど小さなスクエア型のチョコレートケーキが現れた。チョコレートでできたスポンジとクリームが五層になっており、右端に飾られた三つの薔薇もチョコレートでできている。そして中央には、『Happy Birthday 琉生さん』と書かれたホワイトチョコのプレートが据えられていた。
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