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第17章
第2話(6)
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「あの、豊田さん……」
「失礼。麻薬取締官の立花です」
豊田――否、立花と名乗った男は、上着の胸ポケットから警察手帳によく似た身分証を取り出した。群司に向かって中を開いて見せた証明写真の下に、厚生労働省司法警察員、麻薬取締官・立花英明とある。所謂、麻薬取締官証と呼ばれるものだった。そういうことだったのかと、ようやくすべてが腑に落ちた。
如月を搬送できる場所まで案内するという立花に従って、群司はあとにつづいた。坂巻もひと足先に病院に運ばせていると聞いて、いくぶん安堵する。
「坂巻さん、大丈夫でしょうか」
「だいぶ衰弱が激しかったし、実験と称していろいろ投与されていたようだからね。正直なところ大丈夫とは言いきれないけど、きちんと治療を受けて、元気になってほしいと願ってる」
長年、仕事をともにしてきたその言葉には、部下として上司を思う気持ちがこめられていた。
「俺もそう思います。それでまた、飲みに誘ってほしいです」
立花はそうだねと笑った。
「あの、とよ――立花さんは俺のこと、いつからご存じだったんですか?」
「豊田でもいいよ。ずっとそれで馴染んできたから、いきなりだと戸惑うよね」
「あ、いえ。如月さんもそうだったので」
群司が言うと、立花は周囲を警戒しながらも含み笑いを漏らした。怪訝な顔をした群司に、立花はさらに笑いを深くする。
「いや、『氷の女王』相手に、君もよくここまで懐深く入りこんだなと思って」
「氷の、女王……?」
如月は同僚のあいだで、そんなふうに呼ばれているのかと内心で驚きつつ思わず呟くと、立花はごめんねと苦笑を閃かせた。
「感じ悪く聞こえたよね。でも、悪意があったり悪口とかいうわけじゃないから。ただ彼、もともとの性格もあるのかもしれないけど、会社ではとくに厚い壁作って周囲と距離を置いてるところがあったでしょう?」
同意を求められて、群司は頷いた。
「とっつきづらい印象があったうえに、素顔はこれだけの容姿だからね。近寄りがたい相手ってことで、いつのまにかそう呼ばれるようになってたっていう」
ひそかにそう呼ぶ人間の中には、壁を取っ払った付き合いがしてみたいという願望も含まれていたようである。
「まあ、そんな如月くんの懐にあっさり入っちゃうんだから、君もたいしたものだよね。それだけ信頼の置ける相手だと、短期間で如月くんに認めさせたのはさすがというか」
「いえ、それは俺の力じゃないです。如月さんには、もっとずっと信頼してた相手がいて、俺はほとんどそのおこぼれに預かっただけみたいなものなんで」
「そんなことないよ、って僕が言うのも変だけど、如月くんはその辺の線引きはきっちりしてる人だと思うよ。仕事柄、少しでもひっかかる部分があれば絶対に近づけることはしないだろうし。だから君のことは、本当に認めてるんだと思う。それから八神くんの言う如月くんの信頼してた相手っていうのは、君のお兄さんのことだよね? 警視庁公安部の秋川優悟警部で、営業部の伊達さん」
劇場を出たところで立花の部下らしい男たち三名と合流し、彼らに周囲を守られながら敷地の外に出た。そのうちのひとりが手にしていた毛布を如月にかけてくれたため、それで躰をくるみなおす。正門から少し離れた場所に白のセダンが停められていて、群司はそこへ誘導された。
「失礼。麻薬取締官の立花です」
豊田――否、立花と名乗った男は、上着の胸ポケットから警察手帳によく似た身分証を取り出した。群司に向かって中を開いて見せた証明写真の下に、厚生労働省司法警察員、麻薬取締官・立花英明とある。所謂、麻薬取締官証と呼ばれるものだった。そういうことだったのかと、ようやくすべてが腑に落ちた。
如月を搬送できる場所まで案内するという立花に従って、群司はあとにつづいた。坂巻もひと足先に病院に運ばせていると聞いて、いくぶん安堵する。
「坂巻さん、大丈夫でしょうか」
「だいぶ衰弱が激しかったし、実験と称していろいろ投与されていたようだからね。正直なところ大丈夫とは言いきれないけど、きちんと治療を受けて、元気になってほしいと願ってる」
長年、仕事をともにしてきたその言葉には、部下として上司を思う気持ちがこめられていた。
「俺もそう思います。それでまた、飲みに誘ってほしいです」
立花はそうだねと笑った。
「あの、とよ――立花さんは俺のこと、いつからご存じだったんですか?」
「豊田でもいいよ。ずっとそれで馴染んできたから、いきなりだと戸惑うよね」
「あ、いえ。如月さんもそうだったので」
群司が言うと、立花は周囲を警戒しながらも含み笑いを漏らした。怪訝な顔をした群司に、立花はさらに笑いを深くする。
「いや、『氷の女王』相手に、君もよくここまで懐深く入りこんだなと思って」
「氷の、女王……?」
如月は同僚のあいだで、そんなふうに呼ばれているのかと内心で驚きつつ思わず呟くと、立花はごめんねと苦笑を閃かせた。
「感じ悪く聞こえたよね。でも、悪意があったり悪口とかいうわけじゃないから。ただ彼、もともとの性格もあるのかもしれないけど、会社ではとくに厚い壁作って周囲と距離を置いてるところがあったでしょう?」
同意を求められて、群司は頷いた。
「とっつきづらい印象があったうえに、素顔はこれだけの容姿だからね。近寄りがたい相手ってことで、いつのまにかそう呼ばれるようになってたっていう」
ひそかにそう呼ぶ人間の中には、壁を取っ払った付き合いがしてみたいという願望も含まれていたようである。
「まあ、そんな如月くんの懐にあっさり入っちゃうんだから、君もたいしたものだよね。それだけ信頼の置ける相手だと、短期間で如月くんに認めさせたのはさすがというか」
「いえ、それは俺の力じゃないです。如月さんには、もっとずっと信頼してた相手がいて、俺はほとんどそのおこぼれに預かっただけみたいなものなんで」
「そんなことないよ、って僕が言うのも変だけど、如月くんはその辺の線引きはきっちりしてる人だと思うよ。仕事柄、少しでもひっかかる部分があれば絶対に近づけることはしないだろうし。だから君のことは、本当に認めてるんだと思う。それから八神くんの言う如月くんの信頼してた相手っていうのは、君のお兄さんのことだよね? 警視庁公安部の秋川優悟警部で、営業部の伊達さん」
劇場を出たところで立花の部下らしい男たち三名と合流し、彼らに周囲を守られながら敷地の外に出た。そのうちのひとりが手にしていた毛布を如月にかけてくれたため、それで躰をくるみなおす。正門から少し離れた場所に白のセダンが停められていて、群司はそこへ誘導された。
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