158 / 192
第17章
第2話(5)
しおりを挟む
群司は如月をしっかり抱きかかえると、来た道をとって返した。このまま地上に上がれば本邸のどこかに出られるのだろうが、ルートを知らないうえに、おそらくはセキュリティに阻まれる可能性が高い。仮にすんなり出られたとしても、本邸内部といえば敵地の真っ只中である。遠回りであっても、いったん劇場まで戻るべきだと考えた。そのうえで建物の外へ出て如月の安全を確保し、それから坂巻を――
頭の中でこのあとの段取りをシミュレーションしながら移動していた群司は、秘密扉の手前まで来たところで不意に足を止めた。扉の向こう側に、人の気配があった。それどころか、鍵穴をいじっている音まで聞こえる。
とって返そうにも、通路は監禁部屋までの一本道で退路はないに等しい。
一度如月を通路の端に下ろして、自分だけで扉の向こう側にいる相手と対峙すべきか。考えはしたものの、腕の中にいる如月の意識はいつのまにかなくなっていた。
やむなく踵を返そうとしたとのとき、扉の鍵がカチリと開く音がする。如月を抱きかかえたまま、群司は身構えた。だが次の瞬間、
「ああ、よかった。無事だったね」
ドアの向こうから顔を覗かせた人物を見るなり、群司の躰から力が抜けた。現れたのは、先程パーティー会場で顔を合わせた取材陣のカメラマンだった。
「豊田さん」
群司の呼びかけに、カメラマン――否、坂巻班の副主任である豊田は小さく頷いた。
「ごめんね、驚かせちゃったよね」
「まあ、いろんな意味で」
緊張をゆるめた群司は苦笑した。
思いがけない人物が報道陣に扮してパーティー会場にいたことも、一研究員に過ぎないと認識していた相手がプロ顔負けのピッキング技術で秘密扉の鍵を開けたことも、ただただ驚くばかりだった。
「ところで彼は……」
群司の腕の中でぐったりとしている如月に、豊田は気遣わしげな視線を向けた。その理由を察して、群司はたぶん大丈夫だと思うと答えた。
「劇場で飲まされた薬が原因ですが、おそらくフェリスとは別の、催淫作用をもたらす類いのものだったんじゃないかと思います」
その答えを聞いて、豊田は大きく胸を撫で下ろした。
「そうか、それならよかった」
「あくまで素人判断なので、完全に安心はできないですけど」
「それでも確実に飲まされてるよりいいよ」
豊田の言葉に、群司はそうですねと頷いた。
「あの、豊田さん、管理室に坂巻さんが」
「大丈夫。ついさっき保護したから。発信器、主任に預けてくれたでしょう? そのおかげですぐに場所を特定できたからね」
あれはやはり、そういう用途で間違いなかったのだと安堵した。
「それから盗聴機能もつけてあったから、八神くんを通じて、重要な会話のすべてを録音することもできた」
それらがすべて証拠になると聞いて、役に立てたことを喜ばしく思う反面、別の意味で冷や汗が出た。坂巻に預けず自分で携行していたら、如月とのいましがたのやりとりも、すべて聞かれていた可能性があったことに気づいたからだ。
天城嘉文との会話を聞いていたからこそ、豊田は如月の飲まされた薬がフェリスではなかったことに安堵したのだろう。思うと同時に、豊田に対して疑念が生じる。その途端、
「飲まされた薬の種類に関係なく、如月くんも早く病院に搬送したほうがよさそうだね」
豊田のひと言に、群司は息を呑んだ。天城製薬の社員でありながら、豊田は如月を『早乙女』ではなく本名で呼んだ。
頭の中でこのあとの段取りをシミュレーションしながら移動していた群司は、秘密扉の手前まで来たところで不意に足を止めた。扉の向こう側に、人の気配があった。それどころか、鍵穴をいじっている音まで聞こえる。
とって返そうにも、通路は監禁部屋までの一本道で退路はないに等しい。
一度如月を通路の端に下ろして、自分だけで扉の向こう側にいる相手と対峙すべきか。考えはしたものの、腕の中にいる如月の意識はいつのまにかなくなっていた。
やむなく踵を返そうとしたとのとき、扉の鍵がカチリと開く音がする。如月を抱きかかえたまま、群司は身構えた。だが次の瞬間、
「ああ、よかった。無事だったね」
ドアの向こうから顔を覗かせた人物を見るなり、群司の躰から力が抜けた。現れたのは、先程パーティー会場で顔を合わせた取材陣のカメラマンだった。
「豊田さん」
群司の呼びかけに、カメラマン――否、坂巻班の副主任である豊田は小さく頷いた。
「ごめんね、驚かせちゃったよね」
「まあ、いろんな意味で」
緊張をゆるめた群司は苦笑した。
思いがけない人物が報道陣に扮してパーティー会場にいたことも、一研究員に過ぎないと認識していた相手がプロ顔負けのピッキング技術で秘密扉の鍵を開けたことも、ただただ驚くばかりだった。
「ところで彼は……」
群司の腕の中でぐったりとしている如月に、豊田は気遣わしげな視線を向けた。その理由を察して、群司はたぶん大丈夫だと思うと答えた。
「劇場で飲まされた薬が原因ですが、おそらくフェリスとは別の、催淫作用をもたらす類いのものだったんじゃないかと思います」
その答えを聞いて、豊田は大きく胸を撫で下ろした。
「そうか、それならよかった」
「あくまで素人判断なので、完全に安心はできないですけど」
「それでも確実に飲まされてるよりいいよ」
豊田の言葉に、群司はそうですねと頷いた。
「あの、豊田さん、管理室に坂巻さんが」
「大丈夫。ついさっき保護したから。発信器、主任に預けてくれたでしょう? そのおかげですぐに場所を特定できたからね」
あれはやはり、そういう用途で間違いなかったのだと安堵した。
「それから盗聴機能もつけてあったから、八神くんを通じて、重要な会話のすべてを録音することもできた」
それらがすべて証拠になると聞いて、役に立てたことを喜ばしく思う反面、別の意味で冷や汗が出た。坂巻に預けず自分で携行していたら、如月とのいましがたのやりとりも、すべて聞かれていた可能性があったことに気づいたからだ。
天城嘉文との会話を聞いていたからこそ、豊田は如月の飲まされた薬がフェリスではなかったことに安堵したのだろう。思うと同時に、豊田に対して疑念が生じる。その途端、
「飲まされた薬の種類に関係なく、如月くんも早く病院に搬送したほうがよさそうだね」
豊田のひと言に、群司は息を呑んだ。天城製薬の社員でありながら、豊田は如月を『早乙女』ではなく本名で呼んだ。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
けだものだもの
渡辺 佐倉
BL
オメガバース設定の世界観です
番いになるはずだった人を寝取られたアルファ×元ベータの不完全オメガ
苦学生の佐々木はバイト先のクラブで容姿の整ったアルファ、安藤と出会う。
元々ベータだった佐々木はアルファの匂いを匂いとしては感じづらい。
けれどその時はとても強いフェロモンの香りがした。
それは運命の番だからだと言われるけれど、元ベータの佐々木にはそれは信じられない事で……。
不器用な二人が番いになるまでのお話です。
明けの明星宵の明星で脇役だった安藤のお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/389891500/730549595
完全に独立した別の話ではありますがよろしければこちらもどうぞ。
短編予定で後半ちょっとだけそういうシーンを入れる予定なのでR18としています。
エブリスタでも公開中です
寡黙な剣道部の幼馴染
Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる