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第9章

第2話(5)

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「これ、もしかして脅しのつもりでした?」

 ベルトをはずしてもらいながら尋ねると、早乙女はあっさりそうだと認めた。

「会社でずっと俺に当たりがきつかったのも、俺を遠ざけるため?」
「できれば研究アシスタントなんて早くやめて、普通の日常を取り戻してくれればいいと思ってた。それなのに、来年から正社員になることが決まって、それどころか、いちばん踏みこんでほしくなかった領域にまで……」
「すみません」
 群司は苦笑しながら謝罪を口にした。

「だけど俺にも、どうしても引けない事情があったんです」
「わかってる。だから少し怖い思いをしてもらおうと思った。それで引くような性格じゃないのはわかってたけど、それでも、ほんの少しでも思いとどまってくれたら、と」
「それで俺が、最後まで引かなかったらどうするつもりだったんです?」
「このままここに、拘束しておくつもりだった」
「えっ? もしかしてこれって、結構マジな監禁だったんですか?」
 思わず本気で驚いた群司に、早乙女はどこまでも真面目にそうだと頷いた。

「君が私を疑っているのはわかってたから、それを逆手にとって、野心に目が眩んだ末の凶行とでも思ってくれればいいと考えていた」
「騙しとおせると思ってたんですか?」
「ビタミン剤でも飲ませて、試験薬の効果を試すふりでもしておこうかと」

 フェリスの完成を目指すための人体実験。そう思わせることで、群司の目を、自分のほうに向けさせておこうとしたのだという。

「え、それじゃあ最初に置いていった錠剤もビタミン剤?」
「あれは市販の解熱剤」

 真相を明かされて、しばし絶句した群司は額に手を当てて天を仰いだ。

「ムチャクチャだ……」

 呟いたあとに、不意に笑いがこみあげてきた。
 神経質で生真面目で、ひどく繊細そうなのに想定外に大胆な真似をする。いっそ型破りと言ってもいい。
 理知的で、ともすると人形のように温度を感じられない、感情の欠落した人間だと思っていただけに、そのギャップの大きさに振りまわされっぱなしだった。

「笑いごとじゃない」

 早乙女は不満そうに言うと、足枷から解放された群司をうながした。
 群司がいたのはベッドルームで、その隣はダイニングキッチンとひと繋がりのリビングになっていた。そのリビングを抜けた先の廊下にトイレがあり、おなじ並びに洗面所とバスルームがある。
 いずれの部屋も清潔で落ち着いた雰囲気の、シンプルなインテリアで統一されていた。

 案内をした早乙女は、洗面所でフェイスタオルとバスタオルを用意すると、群司に差し出した。

「着替えは用意しておくから、脱いだ衣類は洗濯機の中へ」
「ありがとうございます」

 礼を言って受け取る際に、うっすらと赤くなっている手首が目に留まる。群司が、力任せに押さえこんだ痕だった。

「すみませんでした。俺、加減できなくて。痛みますよね」
 群司が詫びると、早乙女は大丈夫だとかぶりを振った。
「気にしなくていい。先に煽ったのはこちらだから」
「けど」
「大丈夫、ギリギリのところでちゃんと加減してくれてた」

 穏やかに言うと、早乙女は群司を残して洗面所を出て行った。
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