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第5章
第1話(2)
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「父の名代で、古くからお付き合いのある代議士の先生のお宅に、ご挨拶に伺ったところだったの」
「そう、でしたか」
ただの偶然だとわかって拍子抜けする反面、群司の疑念はなおもすっきりと晴れることはなかった。
あの夜、兄の携帯に電話をかけてきた人物は彼女ではなかったのか。
もしまったくの別人で、天城製薬とも無関係であるとするなら、掴んだと思った手がかりが消えることになる。そもそも、兄がフェリスの件にまったく関わっていなかったのだとしたら……。
自分のしていることが、時折見当違いな方向を向いているような気がして焦りをおぼえることがある。だがそれでも、いまはわずかな可能性を信じてまえに進みつづけるよりほかなかった。
諦めたら、そこで終わる。なにより、群司は兄の潔白を信じていた。
「八神くんはこのあと、どちらかへいらっしゃるご予定はおありになる?」
唐突に訊かれて、群司は目の前の女に意識を向けなおした。
「あ、いえ。これといってとくには」
「よかったら一緒に、ランチでも如何?」
近くに、行きつけのレストランがあるのだという。
「プロヴァンス料理のお店なのだけれど、ブイヤベースがとても美味しいの」
「ありがとうございます。ぜひ」
群司は即答した。できればもう少し、彼女に関して情報が欲しいというのが本音だった。
令嬢にうながされて、運転手がドアを開ける車にともに乗りこみ、駅の反対側へと移動した。連れて行かれたのは閑静な住宅街の一角にあるレストランで、建物の造りはさほど大きくなかったが、瀟洒なデザインの、洋館風の店構えだった。
店に入るとすぐに責任者が現れて、鄭重に出迎えてくれる。通された席は個室になっており、VIP専用であろうことが窺えた。
オーダーはすべて令嬢に任せ、群司はおとなしく向かいの席に座っていた。
「ごめんなさいね、急に食事に誘ったりして」
コース料理に細かな指示を与えてオーダーを終えると、天城瑠唯はにこやかに群司を顧みた。
「すぐに快諾してくれたけれど、本音のところではきっと、断りづらかったわよね」
「いえ、とくに予定はなかったですし、まっすぐ家に帰る気分でもなかったので、誘っていただいて逆にありがたかったです」
「そう? ならよかったわ」
好きなだけ食べてねとおおらかに言う令嬢に、群司はそれじゃあ遠慮なく、と物怖じしない態度で受け応えた。
食前酒が運ばれてきて、ふたりで乾杯をする。
「会議のとき以来でしょう? ちゃんとお話ししてみたいなってずっと思ってたの」
深窓の令嬢は、学生のような華やいだ笑顔を見せた。
あのときは出席者――とりわけ早乙女の反応を見るために、あえてカマをかけるような発言をしたわけだが、それがきっかけでこうして社長令嬢の気を惹くことに成功したのだから、ある意味、目論見はうまく行ったといえる。このなりゆきが吉と出るか凶と出るかは、今後の展開次第となるのだろう。
「気にかけていただいて、ありがとうございます。採用の件も、配慮してもらえるよう人事に話を通していただいたみたいで」
群司は殊勝な態度で相手の反応を窺った。天城瑠唯は、それに対してゆったりと落ち着いた表情を見せた。
「そう、でしたか」
ただの偶然だとわかって拍子抜けする反面、群司の疑念はなおもすっきりと晴れることはなかった。
あの夜、兄の携帯に電話をかけてきた人物は彼女ではなかったのか。
もしまったくの別人で、天城製薬とも無関係であるとするなら、掴んだと思った手がかりが消えることになる。そもそも、兄がフェリスの件にまったく関わっていなかったのだとしたら……。
自分のしていることが、時折見当違いな方向を向いているような気がして焦りをおぼえることがある。だがそれでも、いまはわずかな可能性を信じてまえに進みつづけるよりほかなかった。
諦めたら、そこで終わる。なにより、群司は兄の潔白を信じていた。
「八神くんはこのあと、どちらかへいらっしゃるご予定はおありになる?」
唐突に訊かれて、群司は目の前の女に意識を向けなおした。
「あ、いえ。これといってとくには」
「よかったら一緒に、ランチでも如何?」
近くに、行きつけのレストランがあるのだという。
「プロヴァンス料理のお店なのだけれど、ブイヤベースがとても美味しいの」
「ありがとうございます。ぜひ」
群司は即答した。できればもう少し、彼女に関して情報が欲しいというのが本音だった。
令嬢にうながされて、運転手がドアを開ける車にともに乗りこみ、駅の反対側へと移動した。連れて行かれたのは閑静な住宅街の一角にあるレストランで、建物の造りはさほど大きくなかったが、瀟洒なデザインの、洋館風の店構えだった。
店に入るとすぐに責任者が現れて、鄭重に出迎えてくれる。通された席は個室になっており、VIP専用であろうことが窺えた。
オーダーはすべて令嬢に任せ、群司はおとなしく向かいの席に座っていた。
「ごめんなさいね、急に食事に誘ったりして」
コース料理に細かな指示を与えてオーダーを終えると、天城瑠唯はにこやかに群司を顧みた。
「すぐに快諾してくれたけれど、本音のところではきっと、断りづらかったわよね」
「いえ、とくに予定はなかったですし、まっすぐ家に帰る気分でもなかったので、誘っていただいて逆にありがたかったです」
「そう? ならよかったわ」
好きなだけ食べてねとおおらかに言う令嬢に、群司はそれじゃあ遠慮なく、と物怖じしない態度で受け応えた。
食前酒が運ばれてきて、ふたりで乾杯をする。
「会議のとき以来でしょう? ちゃんとお話ししてみたいなってずっと思ってたの」
深窓の令嬢は、学生のような華やいだ笑顔を見せた。
あのときは出席者――とりわけ早乙女の反応を見るために、あえてカマをかけるような発言をしたわけだが、それがきっかけでこうして社長令嬢の気を惹くことに成功したのだから、ある意味、目論見はうまく行ったといえる。このなりゆきが吉と出るか凶と出るかは、今後の展開次第となるのだろう。
「気にかけていただいて、ありがとうございます。採用の件も、配慮してもらえるよう人事に話を通していただいたみたいで」
群司は殊勝な態度で相手の反応を窺った。天城瑠唯は、それに対してゆったりと落ち着いた表情を見せた。
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