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第3章
第2話(1)
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ものの一〇分で昼食を終えた群司は、結局そのままバイオ医薬研究部に戻った。
もう少しゆっくりしてもよかったのだが、外に食べに出たわけではないので、これといってすることもない。悪天候の中、暇潰しのためにわざわざ外に出る気にもなれず、各フロアに設置されている自販機でコーヒーを購入して自席に戻ることにした。
まもなく午後の就業開始時間とあって、すでにほとんどの人間が仕事の準備をはじめている。だが、いつにも増して空気がざわついているような、不自然な感じがした。
離席しているあいだにデスクに置かれていた書類とメモのチェックをし、昼休憩まえに雑務を引き受けてくれた男性社員の許へ挨拶に行く。
「ああ、なんだ。もう帰ってきたんだ。もっとゆっくりしててよかったのに」
「いえ、もう充分休ませてもらいましたんで。ありがとうございました」
礼を言いつつ、ところで、と切り出した。
「なんかやけに、賑わってません? いつもと雰囲気が違う気がするんですけど」
午後からの会議のせいですか?と尋ねた群司に、そうそう、それねと相手は応えた。
「まあ、会議自体はいつものことだから、べつにめずらしくはないんだけどさ。なんか今日は、急遽飛び入りのゲストが加わることになったみたいだから」
「飛び入りのゲスト?」
首をかしげた群司に、思わせぶりな口調の答えが返ってきた。
「なんと、うちの会社の社長令嬢」
「社長令嬢?」
「そう。社長が溺愛されてるひとり娘の天城瑠唯さん」
その名前に、群司は思わず息を呑んだ。
天城、瑠唯……。
「お、なんだ八神くん、顔色変わったな。ひょっとして逆玉狙いか?」
ニヤニヤとからかうように言われて、我に返る。
「あ、いや、そういうんじゃ……」
「深窓の姫君って感じで、いままであんまりおもてに出てこなかったんだけどね。ずっと病弱だったらしくてさ」
群司の様子を気にするふうもなく、世間話のようなノリで話はつづいた。
「それがここに来て体調が落ち着いたんだか、病気が回復したんだかで気まぐれに会社に顔を出すようになったってわけ。まあ、次期社長だからね。自分の目で会社の様子を確認したいってのもあるんじゃないかな」
年上いけるなら狙い目だよ、という言葉は適当にスルーして、もう少し情報を引き出せないかと思案を巡らせはじめたとき、
「群ちゃん!」
コピー機のほうから呼ばれ、顧みたその先で坂巻が手を振っていた。
男性社員に軽く挨拶をして、すぐに坂巻の許へ向かう。その手に、ポンと書類の束が渡された。
「悪い。さっきのいまで、また扱き使うようで申し訳ないんだけどさ、これ、第一会議室に持ってってくれない? 会議用の資料とレジュメの追加分なんだけど。急遽人数増えたから」
「ああ、なんか社長令嬢が見えたそうですね。いま聞きました」
坂巻は途端に、「そうなんだよ~」と大仰に訴えた。
もう少しゆっくりしてもよかったのだが、外に食べに出たわけではないので、これといってすることもない。悪天候の中、暇潰しのためにわざわざ外に出る気にもなれず、各フロアに設置されている自販機でコーヒーを購入して自席に戻ることにした。
まもなく午後の就業開始時間とあって、すでにほとんどの人間が仕事の準備をはじめている。だが、いつにも増して空気がざわついているような、不自然な感じがした。
離席しているあいだにデスクに置かれていた書類とメモのチェックをし、昼休憩まえに雑務を引き受けてくれた男性社員の許へ挨拶に行く。
「ああ、なんだ。もう帰ってきたんだ。もっとゆっくりしててよかったのに」
「いえ、もう充分休ませてもらいましたんで。ありがとうございました」
礼を言いつつ、ところで、と切り出した。
「なんかやけに、賑わってません? いつもと雰囲気が違う気がするんですけど」
午後からの会議のせいですか?と尋ねた群司に、そうそう、それねと相手は応えた。
「まあ、会議自体はいつものことだから、べつにめずらしくはないんだけどさ。なんか今日は、急遽飛び入りのゲストが加わることになったみたいだから」
「飛び入りのゲスト?」
首をかしげた群司に、思わせぶりな口調の答えが返ってきた。
「なんと、うちの会社の社長令嬢」
「社長令嬢?」
「そう。社長が溺愛されてるひとり娘の天城瑠唯さん」
その名前に、群司は思わず息を呑んだ。
天城、瑠唯……。
「お、なんだ八神くん、顔色変わったな。ひょっとして逆玉狙いか?」
ニヤニヤとからかうように言われて、我に返る。
「あ、いや、そういうんじゃ……」
「深窓の姫君って感じで、いままであんまりおもてに出てこなかったんだけどね。ずっと病弱だったらしくてさ」
群司の様子を気にするふうもなく、世間話のようなノリで話はつづいた。
「それがここに来て体調が落ち着いたんだか、病気が回復したんだかで気まぐれに会社に顔を出すようになったってわけ。まあ、次期社長だからね。自分の目で会社の様子を確認したいってのもあるんじゃないかな」
年上いけるなら狙い目だよ、という言葉は適当にスルーして、もう少し情報を引き出せないかと思案を巡らせはじめたとき、
「群ちゃん!」
コピー機のほうから呼ばれ、顧みたその先で坂巻が手を振っていた。
男性社員に軽く挨拶をして、すぐに坂巻の許へ向かう。その手に、ポンと書類の束が渡された。
「悪い。さっきのいまで、また扱き使うようで申し訳ないんだけどさ、これ、第一会議室に持ってってくれない? 会議用の資料とレジュメの追加分なんだけど。急遽人数増えたから」
「ああ、なんか社長令嬢が見えたそうですね。いま聞きました」
坂巻は途端に、「そうなんだよ~」と大仰に訴えた。
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