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第2章
第1話(3)
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受話器越しに、重い空気が伝わってくる。
『具合が悪いとこ、すまん。とにかくそういうわけだから、母さんが帰ってきたら、折り返し電話をくれるよう必ず伝えてほしい』
「え? いや、だから俺、いまちゃんと聞こえてなくて」
『聞き間違えてない。おまえが聞いたとおりで合ってる』
「合って……って、まさかそんな……」
群司は困惑をまぎらすように失笑を漏らし、だがその直後、急速に体温が奪われていく錯覚に陥った。頬の筋肉がかつて経験したおぼえがないほど強く引き攣れて、顔の表面が膜におおわれたように硬張っていく。
「……え、まさかほんとに?」
『そうだ』
「兄貴が?」
『そうだ』
そんな、と呟いた声は、自分が発したものとは思えない、ひどく遠い場所で聞こえた。
「え、待って! 待ってっ。冗談じゃなくてほんとにっ!? なんでっ。いつっ!?」
『今朝だそうだ』
「今朝? どこで? っていうか、事件? 事故? 仕事で? まさか病気? いや、でも俺、ついこないだ会ったけど、そんな話は全然……」
『とにかくそういうことだから、母さんに伝言、頼んだぞ』
「いや、ちょっ、待って! 父さっ――親父っ!」
これ以上話したくないのか、父は一方的に通話を終わらせようとする。群司は必死でくいさがった。
「ごめん。俺全然、状況理解できてない。頭パンクしそう。せめて死因くらい聞かせて。父さんから連絡来たってことは、仕事がらみ?」
群司の質問に、低く、沈痛な声がわからんと答えた。
「今朝、路上で倒れているところを発見されたそうだ。通行人の通報で救急車が到着したときには、すでに死後数時間が経過している状態だったそうだ」
「なんでそんな……」
説明されても、どうしても納得がいかない。兄はいま、どんな案件を扱っていたのだろう。暴力団か、あるいは国際犯罪組織といった類いか。
筋のよくない連中を相手にして、生命を奪われるはめになってしまったのではないかと思った。だが。
「仕事がらみかどうかは俺にもわからん。」
父は苦い声で呟いた。
「だが少なくとも、うちの会社の案件じゃないことはたしかだ。優悟は半年ほどまえに、警察を辞めている」
父が突如落とした爆弾に、群司の思考は追いつかなかった。
「………………は?」
やっとのことで呟いたとき、電話はすでに切れていた。
通話を終わらせる際に、父は自分になにかを言っていたことだけはうっすらとわかる。おそらく体調を気遣う言葉と、母への伝言を念押しするものだっただろう。だが、具体的にどういう言葉だったのかは、まるで思い出せなかった。父から知らされた事実は、それほどまでに衝撃だった。
兄が警察を辞めていた?
そんな話は、一度も聞いたことがなかった。
『具合が悪いとこ、すまん。とにかくそういうわけだから、母さんが帰ってきたら、折り返し電話をくれるよう必ず伝えてほしい』
「え? いや、だから俺、いまちゃんと聞こえてなくて」
『聞き間違えてない。おまえが聞いたとおりで合ってる』
「合って……って、まさかそんな……」
群司は困惑をまぎらすように失笑を漏らし、だがその直後、急速に体温が奪われていく錯覚に陥った。頬の筋肉がかつて経験したおぼえがないほど強く引き攣れて、顔の表面が膜におおわれたように硬張っていく。
「……え、まさかほんとに?」
『そうだ』
「兄貴が?」
『そうだ』
そんな、と呟いた声は、自分が発したものとは思えない、ひどく遠い場所で聞こえた。
「え、待って! 待ってっ。冗談じゃなくてほんとにっ!? なんでっ。いつっ!?」
『今朝だそうだ』
「今朝? どこで? っていうか、事件? 事故? 仕事で? まさか病気? いや、でも俺、ついこないだ会ったけど、そんな話は全然……」
『とにかくそういうことだから、母さんに伝言、頼んだぞ』
「いや、ちょっ、待って! 父さっ――親父っ!」
これ以上話したくないのか、父は一方的に通話を終わらせようとする。群司は必死でくいさがった。
「ごめん。俺全然、状況理解できてない。頭パンクしそう。せめて死因くらい聞かせて。父さんから連絡来たってことは、仕事がらみ?」
群司の質問に、低く、沈痛な声がわからんと答えた。
「今朝、路上で倒れているところを発見されたそうだ。通行人の通報で救急車が到着したときには、すでに死後数時間が経過している状態だったそうだ」
「なんでそんな……」
説明されても、どうしても納得がいかない。兄はいま、どんな案件を扱っていたのだろう。暴力団か、あるいは国際犯罪組織といった類いか。
筋のよくない連中を相手にして、生命を奪われるはめになってしまったのではないかと思った。だが。
「仕事がらみかどうかは俺にもわからん。」
父は苦い声で呟いた。
「だが少なくとも、うちの会社の案件じゃないことはたしかだ。優悟は半年ほどまえに、警察を辞めている」
父が突如落とした爆弾に、群司の思考は追いつかなかった。
「………………は?」
やっとのことで呟いたとき、電話はすでに切れていた。
通話を終わらせる際に、父は自分になにかを言っていたことだけはうっすらとわかる。おそらく体調を気遣う言葉と、母への伝言を念押しするものだっただろう。だが、具体的にどういう言葉だったのかは、まるで思い出せなかった。父から知らされた事実は、それほどまでに衝撃だった。
兄が警察を辞めていた?
そんな話は、一度も聞いたことがなかった。
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