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〈封じ込めた想い〉後編

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 僕にはずっと考えていた作戦があった。
 航空隊員の命は目だ……目が悪かったら飛ぶこともできない。
 つまり目に怪我をすれば、「お前は使い物にならないから仕方ない」と違う部署に異動になるか、ひいては家に帰れるかもしれない。
 ヒロを傷つける事をしたくはないが、背に腹は代えられない。
 眼球を傷つけないように瞼の上に傷をつければ、必然と眼帯をすることになって飛べなくなるだろう……

 隊服の短剣は錆びているので、僕は部屋にあった純子ちゃんに貰ったGペンを先が下を向くようにして持ち……寝ているヒロにそっと近付いた。

「源次? 何しとるんや?」

 ヒロは目を瞑ったままだか何もかもお見通しといった感じで……僕は驚いた。

「何をしとるって聞いてるんや!」
 
「ご、ごめん……僕はただ、ヒロは純子ちゃんの所に帰って欲しくて……」

 目を開けたヒロは今まで見たことがない怒りの表情をしていた。
 僕達は周りに聞こえないように小さな声で大げんかした。

「俺は耳もええから、お前がやろうとした事は大体分かる……けどな? 俺は空が好きなんや……俺から飛ぶことを奪うな!」

「ヒロ、お前……純子ちゃん残して死ねんのかよ! あの坂本くんだって泣いてたんだぞ!」

「俺の覚悟はもう決まっとるんや……こんな事、二度とすんなや? また同じ事したら…………絶交や……俺は、お前を、絶対に許さへん!!」

 初めて聞いた本気で怒った声だった。

「それに、このペンはお前の宝物やないかドアホウ! ペンは、こんな事するためにあるんやない……色んな人に、大切な人に、大事な事を伝えるためにあるんやで?」

 ヒロは僕の頭に手を置いて、優しく諭すように言った。

「ごめん…………ごめんね、ヒロ」

 僕はヒロに泣きついて……そのまま泣き疲れて眠ってしまった。

 5月12日……坂本くんは空に旅立った。
 そして、これをもって『正気隊』としての特攻作戦は……終了することとなった。

 東京では4月13日・14日にも空襲があったが……
 5月24日・25日の「山の手空襲」ではB-29が5月24日未明に558機、5月25日の夜間に498機が襲来し、2日間で落とされた焼夷弾は3月10日に投下された時の4倍に近い量で……
 皇居のほか広い範囲が焼け、赤坂や原宿・表参道などは火の海で4000人以上が亡くなった。
 坂本くんが通っていた三田にある慶應義塾大学もこの空襲で被災し……
 慶應は普通部校舎の全焼など全国最大の空襲罹災大学といわれるようになってしまった。

 5月29日の横浜空襲では死者が8000人~1万人にのぼり、市内人口の約3分の1である31万人が被災した。

 全国で空襲が日常のようになってしまっていた6月10日……
 ヒロがバタバタと部屋に駆け込んできた。

「大変や! さっき上官に聞いたんやけど、土浦の海軍基地が攻撃されて、周辺一体が火の海だそうや!」

「嘘でしょ!?」「嘘だろ!?」

「土浦には平井くんや食堂のみんながいるのに……今すぐ助けに行こう!」

「せやな!」「おうよ!」

 僕達は急いで上官の元に行き、ヒロが代表で訴えた。

「お願いです! 土浦に助けに行かして下さい! 土浦には昔の仲間がおるんです!」

「分かった……人手が必要な今、慣れている者が向かった方が心強いだろう……お前達、行ってこい!」

「「「はい!!」」」

 僕達は急いで土浦海軍航空隊の基地に向かった。

「平井くん……みんな……どうか無事でいて……」

「平井……お前まで死んだら承知しないからな!」

「平井くん! みんな! 死ぬんやないで!」
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