上 下
31 / 77

〈食堂での新たな出会い〉

しおりを挟む
 土浦海軍航空隊での生活はつらい事ばかりと言う訳でもなく、余暇の時間には休憩所を兼ねた酒保……つまり売店のある2階建ての『雄飛館』という場所もあり、1階の大食堂で汁粉などを券と引き換えで食べたり、2階の座敷で本を読んだり蓄音機で音楽を聞いて楽しんだ。
 四人で休養中の余興として許可されていた囲碁や将棋で勝負をしたが……
 将棋での勝負は推理・洞察力がある平井くんの圧勝で、まさに小さな巨人という感じだった。 
 僕達四人はそこで英気を養ったり、厳しい訓練や制裁で心が折れかけた時にはお互いを励まし合っていた。

 3月になって土浦での生活に慣れてきた頃に日曜の外出が許可されたので……坂本くんに誘われて、ある指定食堂に行った。

「ここだ、たしかこの屋根だ……入隊する前に色々近くを散策していた時に、何だか不思議な縁を感じて一度訪れたんだが……貴様たちと行ってみたいと思っていたんだ! あれ、おかしいな? 看板が無くなってる……トミさ~ん? いるかい?」

「いらっしゃい~あら久し振り」

「看板どうしたの? 無くなってるけど」

「看板? ああ、あの看板は古くなったし指定食堂でおかげさまで有名で……みんな無くても分かるから取り外したのよ~さあ、入ってゆっくりしていってね」

 店に入ると入口付近の席で、同じ予備学生と思われる青年が同期らしき人に胸ぐらを掴まれていた。

 その青年は一匹狼のような風貌で……睨まれても動じる事なく、どこか冷めた目をしていた。
 それが気に触ったのか「お前、生意気なんだよ!」と今度は殴られそうになったその時……

「やめろや!」

 間一髪でヒロが止めに入り、その人達は「行こうぜ」と吐き捨てるように去って行ったが……
 一人取り残された青年に一番先に駆け寄ったのは、以外にも平井くんだった。

「もしかして島田くん? 島田先生の息子さんの島田陣平くんだよね? 僕、平井隆之介だよ~覚えてない?」

「お前なんか知らねえ」

「小さい時から島田先生と一緒にウチに来てよく遊んだ仲じゃないか~あっ島田先生ていうのは父の友人で将棋を僕に教えてくれた人で……」

 僕は「だから将棋、強かったんだね」と納得してしまった。

「島田くんも土浦に来てたなんて嬉しいよ! 今の人達は同じ班の仲間かい?」

「仲間じゃねぇ! 同期だが何だか知らねえが、俺は仲間なんていらねえ! 俺は誰も信じないし一人が好きなんだよ……信じても裏切られるだけだしな」

 そのやり取りを見て思い出したように今度は坂本くんが……

「その言葉……もしかして貴様、千葉の中学の時に一緒だった島田か? アダ名が一匹狼の……俺だよ、坂本わたる

「お前は……黒獅子と呼ばれた、あの坂本か?」

 僕は「坂本くんて色黒だけに黒いライオンてアダ名だったのか……」と心の中でツッコんでしまった。

「突然引っ越してしまったから心配してたんだ……どうしていなくなった?」

「親父が借金して酒に溺れて母さんを殴るようになったから、二人で暮らそうと夜逃げしたんだ」

「お袋さんは、お元気か?」

「今は千葉の実家の方に戻って看護婦をしているよ」

 一部始終を聞いていたヒロは「隊と班が違くて今まで気付かんかったとはいえ……お前ら二人の知り合いに出先で会えるなんて、すごない?」と感心していた。

 坂本くんと平井くんと島田くんは……

「俺は決めたぞ! 今日から島田も一緒に余暇を過ごそう!」

「賛成~」

「こ、こら……勝手に決めんな!」

 ……と元知り合いならではのやり取りと坂本くんの強引な勧誘で、島田くんは僕達の仲間になった。

 食堂を切り盛りしている多分うちの母親と同い年位のトミさんは……

「さあ、仲間になった所で、みなさんゆっくりしてって下さいね~そう言えば由香里と和男は? 由香里~和男~みなさんにお水持ってきて注文お伺いして~」

 すると「は~い、お母ちゃん」と暖簾の奥から小学生位の男の子と、純子ちゃんより少し年上位のオカッパ頭の女の子が出てきた。

「いらっしゃいませ! お水をどうぞ」

「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか? それと、あの……さっき店の奥から見てました! とってもカッコよかったです」

 弟らしき子が配り終わった後のお盆を抱えた女の子は、真っ先にヒロの所に行って目を輝かせていた。

「いや、自分は当然の事をしたまでで……」

「私、この店の娘の由香里と申します! あの、あなたのお名前は?」

「篠田弘光です」

 ヒロに続き、みんな順番に由香里ちゃんという子に自己紹介と「よろしく」という挨拶をしたが……
 島田くんも無愛想ながら挨拶をしたというのに、いつもは人当たりがいい平井くんが固まっていた。

「あ、あの……あと平井くんだけだよ?」

「へ? 僕? あ、僕じゃなかった俺……じゃなくてやっぱ僕……の名前は平井でしゅ……じゃなくて平井です、あの平井隆之介でしゅ……じゃなくてです、あのハイ~」

 僕は内心「平井くん動揺し過ぎだよ……」とツッコみつつ、自分が純子ちゃんに初めて会った時の事を思い出していた。
 十中八九、平井くんはこの由香里ちゃんてに一目惚れしたのだろう……

「ゆ、由香里さんて……す、素敵な名前ですね!」

「ああ、珍しい名前ですよね~うちの父が紫が好きで、紫色はある歌に因んで『ゆかりの色』と呼ばれてるらしくて……たしか『紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る』という歌なんですけど……」


「古今和歌集やないですか……たしか意味は、紫草がたった一本ひともと生えているゆかりだけで、武蔵野の草がみな愛おしく感じられる」

「まあ、ご存知ですの?」

「立教の文学部にいたもので……」

「博識なんですね……素敵ですわ」

「篠田さんずるい~」

 多分ヒロの方にはその気がないが……思わぬ三角関係が勃発した気がした。

 坂本くんが言っていた通り、食堂のご飯は美味しくて……僕達は毎週通うことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日日晴朗 ―異性装娘お助け日記―

優木悠
歴史・時代
―男装の助け人、江戸を駈ける!― 栗栖小源太が女であることを隠し、兄の消息を追って江戸に出てきたのは慶安二年の暮れのこと。 それから三カ月、助っ人稼業で糊口をしのぎながら兄をさがす小源太であったが、やがて由井正雪一党の陰謀に巻き込まれてゆく。

つわもの -長連龍-

夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。 裏切り、また裏切り。 大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。 それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...