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本編(ノーマルエンド)

10、噂のご令嬢

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 昼休みになった。グレンとメルヴィンが迎えにきても、リディアは今度は逃げはしなかった。

「お、今日はちゃんといるじゃん」
「昨日僕たちと昼休みが過ごせなくて、寂しかったのかい?」
「はい。だからさっさと食堂に行きましょう」

 リディアが否定もせずそう言えば、二人は驚いたように目を瞠った。だがすぐに顔を緩ませる。

「そうか。そうか。それは可哀想なことをしたな」
「ふふ。きみがそんなこと言うなんて。ついに僕たちの思いが伝わったのかな」

 ちっとも可哀想ではないし、思いは微塵も伝わっていない。

 リディアは心の中で即答し、だが顔には笑顔を浮かべた。引き攣っていたかもしれないが、二人は気にせずご機嫌な様子でリディアと食堂へ向かった。

 昼休みは一緒に食事をとり、放課後も誘われればそれに付き合う。グレンたちの要求に逆らわず、ただ素直に従った。レナードに指示されたからでもあるが、こうして言うことを聞いていれば、きっといつか彼らは飽きるだろうとリディアは心のどこかで思っていた。反抗的な態度をとるから彼らは面白がって自分にかまうのだと。

(なのに、なのに……)

「なんで変わらないの!!」

 食事中にもかかわらず、リディアは思わず叫んでしまった。周囲の生徒が何事かと振り返ったが、またお前らかと慣れた様子で食事を再開していく。

「もしかしてリディアってば、大人しく付き合っていれば僕たちが飽きるとでも思ってたの?」

 目の前に座っていたメルヴィンが呆れを含んだ声で言った。

「うっ」

 まさに考えていた通りのことを指摘され、リディアは言葉を詰まらせた。隣でチキン・キエフを食べていたグレンも鼻で笑った。

「お前の考えていることなんか、最初から全部お見通しなんだよ」
「そ、そんなあ……」

 やはりそんなに甘くはなかったかとがっくり肩を落とす。

「今のリディアの反応って去年と同じなんだよね」
「えっ」
「そうだな。俺たちがちょっかいかけ始めて、最初はキャンキャン吠えていたのが、ある日突然掌返したかのように従順になったもんな。こうすれば飽きるだろうって魂胆みえみえだったけど」

 な、なんてこった。自分はまったく同じ策を繰り返していたというのか。おそらく二人と関わった事実を抹消したくて記憶が欠落していたのだろう。

「でもきみが心から僕たちに素直になって、何でも言うことを聞いてくれたら、それはそれで楽しいよね」
「そうかあ?」

 メルヴィンのもしもにグレンはあまり乗り気ではないのか、眉間に皺を寄せた。

「人形みたいでつまんなくね?」
「そんなことないさ。考えても見てごらんよ。グレンのことだって、大好きですって心から言ってくれるかもしれないよ?」

 言わない。絶対に死んでも言わない。

「僕のことも、好きだって言ってくれるよね」

 メルヴィンはにっこりとリディアに微笑んだ。言ってくれると信じて疑わない笑みだ。逆にどうしてそんな自信満々なんだろうか。

「……わたしなんかが好きだと言わずとも、お二人とも女性に大変好かれているでしょう」

 今もうっとりと二人を眺める女子生徒の姿。そして自分に向けられる敵意ある嫉妬の眼差し。まさに針の筵に座らされている気分だ。本人たちはまるで興味なしという態度が心底解せない。

「別にどうでもいい。女なんて面倒なだけだしな」
「まぁ、そうだね。見ているぶんには可愛いんだけどね」

(じゃあわたしは一体何なんだよ……!)

 別に彼らに女性として見られたいわけじゃない。それは断じて違う。可愛いと思ってくれなくてもいい。むしろそう思われても気持ち悪い。けれど自分が彼女たちと同じ女という性別をしていながら彼らの日頃の接し方を考えるとなぜだと文句の一つも言いたくなる。

(ほんっと、こんなやつらのどこがいいんだろう……)

 彼女たちも二人の悪行について全く知らないというはずはないのだが、先生たちが隠蔽しているのか、それともちょっと(ではないが)悪いところがあった方が惹かれるというやつだろうか。

(お嬢様の考えは庶民とはやっぱり違うのかな……)

 いっそお金目当て、と言われた方がリディアにはまだ納得できる。それか単純に顔目当てか。うん。たぶんこれだろう。

「そう言えば、二年生のあの子、可愛いって他の生徒が騒いでいたよね」
「ああ……なんか、一年の時はほとんど学園に来ていなかった生徒だろ?」
「そうそう。僕たちが一年生の時は顔すら見たことなかったよね」

 リディアが悶々と考えている間、グレンとメルヴィンはのんきに世間話をしていた。その内容にぴくりとリディアも反応した。一年の時、というとリディアがグレンたちのせいでひぃひぃ言いながら学園生活を送っていた時だ。休みたくても、授業料がもったいないなくて、必死に通っていた自分。それなのに噂の彼女は――

(出席日数足りなくても進級できたんだ……)

 やっぱり貴族だと違うのだろうか。しょせんは金の力か。留年した自分の立場からすれば、顔も見たこともない女子生徒に対して反感めいた気持ちを抱いてしまう。

「でもなんで休んでたんだ?」
「何でもある日突然倒れて、そのまま高熱にうなされて生死の境を彷徨ったらしいよ」

(生死の境……)

 それは大変だったろうな、とリディアは素直にその少女に同情した。そして先ほどまでの自分を反省した。別に彼女だって好きで学校に来なかったわけではない。病気で苦しみ、それどころではなかった。まだ若いのにどんなに辛かったことだろう。

(親御さんも苦しかっただろうな……)

 リディアの頭には幼い頃の母親が思い浮かんだ。父の代わりに一生懸命働いていた母は、日頃の無理がたたって倒れてしまった。そして弱っている時に病気にかかってしまい、死ぬ間際まで苦しそうに顔を歪めていた。

 幼い自分は何もできなくて、とても歯痒かった。そばで見守ることしかできず、ただ頑張ってと励ます無責任さ。あの時使える手段があれば、リディアはどんな手も使っただろう。

 我が子を思う親ならなおさら――

(今までたくさん苦しい思いをしたなら、これからは思う存分学園生活を楽しんでほしいな)

「美人なら、お前のところにいずれは寄ってくるんじゃねえの?」
「うーん。それはそれで困るなぁ」

(こんなクズとは無縁な穏やかな学園生活が送れますように!)

 リディアは名も知らぬ少女の安寧を必死で願うのだった。

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