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本編(ノーマルエンド)
4、悪魔には逆らえない
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「やあ、遅かったね。お腹が空き過ぎて、先に食べてしまっていたよ」
ロースト・ビーフとプディングを半分ほど平らげていたメルヴィンが心底すまなそうな声と表情で言った。実にわざとらしい。だがその様子を見ていた周囲の女生徒は、きゃあと黄色い声をあげていた。意味がわからない。
(だいたいいつも待たずに食べていたじゃない)
過去のことを思い出しながらリディアは苦々しくつぶやいた。
メルヴィン・シトリーは顔だけはいい。加えてリディア以外の女子生徒には猫を被っているのか、紳士的で優しい。なのでリディアには心底理解できないことだが、女性にはモテているらしい。本当に理解できないことだが。
「さ。そんな所に突っ立っていないでリディアも座りなよ」
拒否権はない。パンと野菜スープを選んだリディアはメルヴィンの斜め前に座り、なるべく視線を合わせないようにして昼食をとりはじめた。
「悪りいな。リディアの教室でいろいろ話してたら遅くなっちまった」
リディアの隣に遅れてやってきたグレンが腰かける。彼の選んだ学食メニューは、羊の挽肉を炒め、マッシュポテトを焼いてかぶせたパイだった。美味しそうと思いつつ、今のリディアの胃ではきっと受け付けないだろう。原因は不安と吐き気。そして目の前の男たちにあった。
「それは、ずるいね。僕もリディアと話したかったよ」
しなくていい。リディアは心を無にして、パンを咀嚼することに専念した。
「リディアと話すっつうよりも、コイツの話を周囲としてたんだけどな」
「何の話をしていたの?」
グレンがニヤリと唇を吊り上げた。
「そりゃあ、留年しちゃった話だよ」
「ああ。なるほど」
ニコニコと微笑むメルヴィン。本当に嫌な奴らだ。リディアは無心で野菜スープを胃に流し込んだ。
「でもよかったよね。退学じゃなくて留年になって」
「そうそ。感謝しろよー。俺の親父に」
「僕の叔父上にもね」
ぐっ、とリディアは喉を詰まらせた。
そう。本来単位を落とした生徒は退学処分となるのが原則だ。貴族ならば寄付という名の賄賂が贈られることで進級できる場合もある。だがリディアはただの平民だ。問答無用で学園を追い出される運命一択であった。――本来ならば。
(まさかこの二人の血縁者に救われるなんて!)
グレン・グラシアの父親は学園をまとめる学園長。メルヴィン・シトリーの叔父は学校の経営方針を決定づける理事会のトップ、理事長である。
「俺たちが口利いてやったこと、忘れてねえだろうな」
「いくらきみでも、退学を免れた恩は忘れないよね」
うっ、うっ、とリディアの心に二人の言葉がグサグサと突き刺さってくる。
そう。そうなのだ。本来退学になるはずだった運命を留年に変えてくれたのが、この二人の父親と叔父のおかげであった。そしてその二人に口添えしてくれたのは、他ならぬグレンとメルヴィン。
(この二人に助けられた。認めたくないけど、紛れもない事実。でも、でも!)
「留年したのもあなたたちのせいじゃないですか!!」
バンと立ち上がってリディアは心の叫びをぶちまけた。
「わたしだって単位落としたくて落としたんじゃない! あんたたちが毎日、毎日、突っかかって授業の邪魔するから授業に集中できなくて、落とさざるを得なかったんでしょう!!」
黙って聞いていればさっきからなんだ。何様のつもりだ。貴族さま? そんなの知るか!
「わたしはねえ、今年は絶対に留年しないって決めているの。あんたたちとも二度と関わらない。顔も見たくないし、声も聞きたくない!! どこかわたしのいない世界で永遠に笑ってろ!!!」
言ってしまった。でも後悔はない。今までずーっと溜め込んでいた不満をぶちまけることができて非常にスッキリした。でもシーンとした沈黙が自分たち周辺にも流れていることに気づき、少しヤバいかもしれないとリディアはじわじわ思い始めた。
「……そうか。それが本音だな」
「酷いなぁ。そんなふうに思われていたなんて。飼い犬に手を噛まれた気持ちだよ……」
ひっ、とリディアは身を引いた。二人の顔は笑っていた。これ以上ないくらい笑顔だ。だからこそ怖い。これは怒っている。確実に怒っている。
「安心しろよ、リディア。俺たちは絶対にお前から離れないから」
「わ、わたしは……」
「そうそ。きみが泣いて許して下さいって懇願しても、地の果てまで逃げようとも、どこまでも追いかけて、きみで遊んであげるから」
血の気が引いて行くリディアの肩をポンと叩きながら、グレンが耳元で囁く。
「お前の隣で一生笑ってやるからな」
楽しみだな、と微笑む二人の姿がリディアには間違いなく悪魔に見えたのだった。
ロースト・ビーフとプディングを半分ほど平らげていたメルヴィンが心底すまなそうな声と表情で言った。実にわざとらしい。だがその様子を見ていた周囲の女生徒は、きゃあと黄色い声をあげていた。意味がわからない。
(だいたいいつも待たずに食べていたじゃない)
過去のことを思い出しながらリディアは苦々しくつぶやいた。
メルヴィン・シトリーは顔だけはいい。加えてリディア以外の女子生徒には猫を被っているのか、紳士的で優しい。なのでリディアには心底理解できないことだが、女性にはモテているらしい。本当に理解できないことだが。
「さ。そんな所に突っ立っていないでリディアも座りなよ」
拒否権はない。パンと野菜スープを選んだリディアはメルヴィンの斜め前に座り、なるべく視線を合わせないようにして昼食をとりはじめた。
「悪りいな。リディアの教室でいろいろ話してたら遅くなっちまった」
リディアの隣に遅れてやってきたグレンが腰かける。彼の選んだ学食メニューは、羊の挽肉を炒め、マッシュポテトを焼いてかぶせたパイだった。美味しそうと思いつつ、今のリディアの胃ではきっと受け付けないだろう。原因は不安と吐き気。そして目の前の男たちにあった。
「それは、ずるいね。僕もリディアと話したかったよ」
しなくていい。リディアは心を無にして、パンを咀嚼することに専念した。
「リディアと話すっつうよりも、コイツの話を周囲としてたんだけどな」
「何の話をしていたの?」
グレンがニヤリと唇を吊り上げた。
「そりゃあ、留年しちゃった話だよ」
「ああ。なるほど」
ニコニコと微笑むメルヴィン。本当に嫌な奴らだ。リディアは無心で野菜スープを胃に流し込んだ。
「でもよかったよね。退学じゃなくて留年になって」
「そうそ。感謝しろよー。俺の親父に」
「僕の叔父上にもね」
ぐっ、とリディアは喉を詰まらせた。
そう。本来単位を落とした生徒は退学処分となるのが原則だ。貴族ならば寄付という名の賄賂が贈られることで進級できる場合もある。だがリディアはただの平民だ。問答無用で学園を追い出される運命一択であった。――本来ならば。
(まさかこの二人の血縁者に救われるなんて!)
グレン・グラシアの父親は学園をまとめる学園長。メルヴィン・シトリーの叔父は学校の経営方針を決定づける理事会のトップ、理事長である。
「俺たちが口利いてやったこと、忘れてねえだろうな」
「いくらきみでも、退学を免れた恩は忘れないよね」
うっ、うっ、とリディアの心に二人の言葉がグサグサと突き刺さってくる。
そう。そうなのだ。本来退学になるはずだった運命を留年に変えてくれたのが、この二人の父親と叔父のおかげであった。そしてその二人に口添えしてくれたのは、他ならぬグレンとメルヴィン。
(この二人に助けられた。認めたくないけど、紛れもない事実。でも、でも!)
「留年したのもあなたたちのせいじゃないですか!!」
バンと立ち上がってリディアは心の叫びをぶちまけた。
「わたしだって単位落としたくて落としたんじゃない! あんたたちが毎日、毎日、突っかかって授業の邪魔するから授業に集中できなくて、落とさざるを得なかったんでしょう!!」
黙って聞いていればさっきからなんだ。何様のつもりだ。貴族さま? そんなの知るか!
「わたしはねえ、今年は絶対に留年しないって決めているの。あんたたちとも二度と関わらない。顔も見たくないし、声も聞きたくない!! どこかわたしのいない世界で永遠に笑ってろ!!!」
言ってしまった。でも後悔はない。今までずーっと溜め込んでいた不満をぶちまけることができて非常にスッキリした。でもシーンとした沈黙が自分たち周辺にも流れていることに気づき、少しヤバいかもしれないとリディアはじわじわ思い始めた。
「……そうか。それが本音だな」
「酷いなぁ。そんなふうに思われていたなんて。飼い犬に手を噛まれた気持ちだよ……」
ひっ、とリディアは身を引いた。二人の顔は笑っていた。これ以上ないくらい笑顔だ。だからこそ怖い。これは怒っている。確実に怒っている。
「安心しろよ、リディア。俺たちは絶対にお前から離れないから」
「わ、わたしは……」
「そうそ。きみが泣いて許して下さいって懇願しても、地の果てまで逃げようとも、どこまでも追いかけて、きみで遊んであげるから」
血の気が引いて行くリディアの肩をポンと叩きながら、グレンが耳元で囁く。
「お前の隣で一生笑ってやるからな」
楽しみだな、と微笑む二人の姿がリディアには間違いなく悪魔に見えたのだった。
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