12 / 12
12、記憶があったから
しおりを挟む
「――何の、話をしていたの」
そっと後ろを振り返りながらニコルが聞いた。アルフレッドを見るニコルの表情はどこか面白くなさそうだった。隠す必要もないので、私は正直に答える。
「よりを戻さないかって言われて、好きな人がいるから無理だって断ったの」
ニコルが急に立ち止まる。
「ドーラ。きみ、好きな人いたの?」
その声は怒っているようにも、泣きそうにも聞こえた。
「ええ、いるわ」
「誰? 僕の知っている人?」
私は馬鹿ね、と笑った。
「あなたに決まっているじゃない」
「へ」
えええええええ、という大声に私は耳を塞いだ。
「ぼ、僕なの!? 嘘、冗談でしょう!?」
「私、その手の冗談死ぬほど嫌いだから」
「ご、ごめん。えっと、じゃあ、本当なんだね!?」
「だから驚きすぎだってば」
周囲の先生や生徒が咎めるように私たちを見ていた。もう行こう、とニコルの手を引っ張る。彼はまだ混乱した様子のまま、口をパクパクさせている。
「ごめん。でも、夢見ているみたいで、あ、もしかして僕、きみの記憶いじったりした?」
「ニコル。いい加減にしないと怒るよ」
というか、記憶をいじるって何だ。
「いや、ドーラが僕のこと好きになったらいいなって。あのアルフレッドの代わりに僕が婚約者だったら絶対に幸せにするのになって…ああっ、僕、何言ってるんだろ!」
「ニコルも、私のこと好きなの?」
かあっとニコルの顔は沸騰したやかんのように湯気を立てて赤く染まった。ニコル、ともう一度彼の名を呼ぶ。
「……うん。好きだよ」
消え入りそうなほど、かぼそい声でニコルは答えた。
「そっか。じゃあ、両思いだね」
よかった、と私は安心する。ニコルは私をまじまじと見つめていたが、やがて恐る恐るといった口調で尋ねた。
「僕で、本当にいいの?」
「ニコルでいいの、じゃなくて、ニコルが、いいの」
信じられない、とニコルは自分の頬をつねっている。そんなに信じられないことだろうか。
「私、ニコルにたくさん救ってもらったよ。好きになるのには十分だよ」
「僕、弱いよ。魔法だって、使おうと思えば本当はもっと早く使えたのに……」
「それは違うよ、ニコル」
あの時、ニコルは躊躇いなく私に靴を差し出してくれた。自分も怖くてたまらなかっただろうに、私を助けようとしてくれた。泣いている私に、ハンカチを渡してくれた。震えている手を引っ張って、優しく微笑んでくれた。大丈夫だよ、と何度も言ってくれた。
「誰が何と言おうと、ニコルは優しくて、強い人だよ」
魔法のことだってそうだ。
「記憶を操る魔法なんて、本当は使いたくなかったんでしょう」
優しいニコルのことだから罪悪感だってあるはず。それに彼は今までずっと自分の魔法のことを隠してきた。
今回のことで、いつか誰かにばれてしまうかもしれない。その危険も承知の上で、ニコルは力を貸してくれた。
「それなら、ドーラだって同じだよ。僕を助けるために大好きな魔法を使おうとしたでしょう?」
「私は、自分のしたことに後悔はないから」
「じゃあ、僕だって同じだよ」
胸を張って答えるニコルに、私はふふっと笑った。ニコルが不思議そうに首をかしげる。
「ほら、やっぱりニコルは優しい」
ニコルは信じられないっていうけれど、彼は十分すてきな男の子だ。というか、彼の方こそ信じられない。
「ニコルは、私なんかでいいの? もっと可愛い子の方がいいんじゃないの」
「そんなことないよ! ドーラはすっごく可愛いよ!」
ぐわっと一歩距離を詰めて、ぎゅっと私の手を握りしめた。
「たしかに一見不愛想に見えるけど、でも、だからこそたまに見せてくれる柔らかい表情とか、笑顔とか、すごくすごく可愛いんだから!」
「わ、わかったから。そんな大声で言わないで」
今までにない勢いに、少しだけ怯んでしまう。あ、ごめんとニコルはそそそと後ろに引き下がった。
「あの、ドーラ」
「なに?」
「その、僕たち両思いなら……とか、しない」
「ごめん。よく聞こえない」
「僕と結婚してくれませんか!」
ニコルは熱でもあるのかと思うほど顔を真っ赤にさせながら、私にプロポーズしたのだった。
「うん。いいよ」
「うん。やっぱりだめだよね……って、へっ、いいのっ!?」
「うん」
あばばばば、とすでにキャパシティーを超えたようにニコルは震えている。
「ド、ドーラさんっ。結婚の意味、きちんと理解している!?」
「知ってるよ」
私は呆れて答えた。ニコルの方こそ、きちんと理解しているのだろうか。
「ニコル。私の家のこと前に話したでしょう?」
父の会社は、いまだ苦しい状況だ。とにかく誰かの後ろ盾が欲しい。
「私と結婚するってことは、ニコル、とニコルの家にも力を借りることになるの。それでも、いいの?」
それまで慌てふためいていたニコルは、スッと落ち着いて様子になった。
「あ、うん。その意味も込めてきみに結婚を申し込んだんだ。僕の家、そこそこお金はあるから、たぶん力になれるよ。目のことを理解してくれたのも、両親は泣いて喜ぶだろうし。いや、一番は僕がきみと一緒になりたいからだけど」
「本当に、いいの?」
不安そうな私に、ニコルはうんと元気よく頷く。安堵やら、嬉しさやらで私は深く息を吐きだした。
「よかった……」
まだまだ問題はこれからだろうけど、とりあえず今はこの幸せを噛みしめたい。
「あはは。僕も」
私たちは互いに顔を見合わせた。照れ臭くて、でも嬉しくて、ぎこちない笑みを浮かべる。
「えっと、お昼、食べようか」
「うん。早くしないと、昼休み終わっちゃうしね」
第三校舎までニコルと手を繋いだ。小さいと思っていたけれど、彼の掌は大きくて、その温もりになんだか泣きそうになってしまった。
「……今更だけど、ニコルってよく前世の話とか信じたよね」
もっと驚くかと思ったけれど、ニコルは意外にもすんなりと受け入れてくれた。彼の記憶を改竄する魔法よりも、こちらの方が私には驚きだった。魔法とか存在する世界だから、そこまで不思議ではないのかな。
「僕、自分の魔法、あんまり好きじゃなかったんだ」
でもさ、とニコルは朗らかに言った。
「前世の記憶があったから、きみはあの時僕を助けようとしてくれた。僕は、自分の魔法できみの復讐に貢献できた。そう思うと、なんだか記憶繋がりで、こう、運命的だなって思って」
「……ニコルってロマンチストだね」
うっ、と一気にニコルの顔が赤くなっていく。可愛いな、と思いながら私はもう一度彼の言葉を噛みしめる。
前世の記憶があったから、か。そっか。そういう捉え方もできるんだな。
「ニコル」
「うん?」
「ありがとう」
どうしたの急に、とニコルの驚いたような声。私は何でもないよ笑った。
「ええ、教えてよ」
「だめ、内緒」
ええ、と不満そうな声に、そっと微笑んだ。私もそうだったらいいな、って思ったんだよ。
そっと後ろを振り返りながらニコルが聞いた。アルフレッドを見るニコルの表情はどこか面白くなさそうだった。隠す必要もないので、私は正直に答える。
「よりを戻さないかって言われて、好きな人がいるから無理だって断ったの」
ニコルが急に立ち止まる。
「ドーラ。きみ、好きな人いたの?」
その声は怒っているようにも、泣きそうにも聞こえた。
「ええ、いるわ」
「誰? 僕の知っている人?」
私は馬鹿ね、と笑った。
「あなたに決まっているじゃない」
「へ」
えええええええ、という大声に私は耳を塞いだ。
「ぼ、僕なの!? 嘘、冗談でしょう!?」
「私、その手の冗談死ぬほど嫌いだから」
「ご、ごめん。えっと、じゃあ、本当なんだね!?」
「だから驚きすぎだってば」
周囲の先生や生徒が咎めるように私たちを見ていた。もう行こう、とニコルの手を引っ張る。彼はまだ混乱した様子のまま、口をパクパクさせている。
「ごめん。でも、夢見ているみたいで、あ、もしかして僕、きみの記憶いじったりした?」
「ニコル。いい加減にしないと怒るよ」
というか、記憶をいじるって何だ。
「いや、ドーラが僕のこと好きになったらいいなって。あのアルフレッドの代わりに僕が婚約者だったら絶対に幸せにするのになって…ああっ、僕、何言ってるんだろ!」
「ニコルも、私のこと好きなの?」
かあっとニコルの顔は沸騰したやかんのように湯気を立てて赤く染まった。ニコル、ともう一度彼の名を呼ぶ。
「……うん。好きだよ」
消え入りそうなほど、かぼそい声でニコルは答えた。
「そっか。じゃあ、両思いだね」
よかった、と私は安心する。ニコルは私をまじまじと見つめていたが、やがて恐る恐るといった口調で尋ねた。
「僕で、本当にいいの?」
「ニコルでいいの、じゃなくて、ニコルが、いいの」
信じられない、とニコルは自分の頬をつねっている。そんなに信じられないことだろうか。
「私、ニコルにたくさん救ってもらったよ。好きになるのには十分だよ」
「僕、弱いよ。魔法だって、使おうと思えば本当はもっと早く使えたのに……」
「それは違うよ、ニコル」
あの時、ニコルは躊躇いなく私に靴を差し出してくれた。自分も怖くてたまらなかっただろうに、私を助けようとしてくれた。泣いている私に、ハンカチを渡してくれた。震えている手を引っ張って、優しく微笑んでくれた。大丈夫だよ、と何度も言ってくれた。
「誰が何と言おうと、ニコルは優しくて、強い人だよ」
魔法のことだってそうだ。
「記憶を操る魔法なんて、本当は使いたくなかったんでしょう」
優しいニコルのことだから罪悪感だってあるはず。それに彼は今までずっと自分の魔法のことを隠してきた。
今回のことで、いつか誰かにばれてしまうかもしれない。その危険も承知の上で、ニコルは力を貸してくれた。
「それなら、ドーラだって同じだよ。僕を助けるために大好きな魔法を使おうとしたでしょう?」
「私は、自分のしたことに後悔はないから」
「じゃあ、僕だって同じだよ」
胸を張って答えるニコルに、私はふふっと笑った。ニコルが不思議そうに首をかしげる。
「ほら、やっぱりニコルは優しい」
ニコルは信じられないっていうけれど、彼は十分すてきな男の子だ。というか、彼の方こそ信じられない。
「ニコルは、私なんかでいいの? もっと可愛い子の方がいいんじゃないの」
「そんなことないよ! ドーラはすっごく可愛いよ!」
ぐわっと一歩距離を詰めて、ぎゅっと私の手を握りしめた。
「たしかに一見不愛想に見えるけど、でも、だからこそたまに見せてくれる柔らかい表情とか、笑顔とか、すごくすごく可愛いんだから!」
「わ、わかったから。そんな大声で言わないで」
今までにない勢いに、少しだけ怯んでしまう。あ、ごめんとニコルはそそそと後ろに引き下がった。
「あの、ドーラ」
「なに?」
「その、僕たち両思いなら……とか、しない」
「ごめん。よく聞こえない」
「僕と結婚してくれませんか!」
ニコルは熱でもあるのかと思うほど顔を真っ赤にさせながら、私にプロポーズしたのだった。
「うん。いいよ」
「うん。やっぱりだめだよね……って、へっ、いいのっ!?」
「うん」
あばばばば、とすでにキャパシティーを超えたようにニコルは震えている。
「ド、ドーラさんっ。結婚の意味、きちんと理解している!?」
「知ってるよ」
私は呆れて答えた。ニコルの方こそ、きちんと理解しているのだろうか。
「ニコル。私の家のこと前に話したでしょう?」
父の会社は、いまだ苦しい状況だ。とにかく誰かの後ろ盾が欲しい。
「私と結婚するってことは、ニコル、とニコルの家にも力を借りることになるの。それでも、いいの?」
それまで慌てふためいていたニコルは、スッと落ち着いて様子になった。
「あ、うん。その意味も込めてきみに結婚を申し込んだんだ。僕の家、そこそこお金はあるから、たぶん力になれるよ。目のことを理解してくれたのも、両親は泣いて喜ぶだろうし。いや、一番は僕がきみと一緒になりたいからだけど」
「本当に、いいの?」
不安そうな私に、ニコルはうんと元気よく頷く。安堵やら、嬉しさやらで私は深く息を吐きだした。
「よかった……」
まだまだ問題はこれからだろうけど、とりあえず今はこの幸せを噛みしめたい。
「あはは。僕も」
私たちは互いに顔を見合わせた。照れ臭くて、でも嬉しくて、ぎこちない笑みを浮かべる。
「えっと、お昼、食べようか」
「うん。早くしないと、昼休み終わっちゃうしね」
第三校舎までニコルと手を繋いだ。小さいと思っていたけれど、彼の掌は大きくて、その温もりになんだか泣きそうになってしまった。
「……今更だけど、ニコルってよく前世の話とか信じたよね」
もっと驚くかと思ったけれど、ニコルは意外にもすんなりと受け入れてくれた。彼の記憶を改竄する魔法よりも、こちらの方が私には驚きだった。魔法とか存在する世界だから、そこまで不思議ではないのかな。
「僕、自分の魔法、あんまり好きじゃなかったんだ」
でもさ、とニコルは朗らかに言った。
「前世の記憶があったから、きみはあの時僕を助けようとしてくれた。僕は、自分の魔法できみの復讐に貢献できた。そう思うと、なんだか記憶繋がりで、こう、運命的だなって思って」
「……ニコルってロマンチストだね」
うっ、と一気にニコルの顔が赤くなっていく。可愛いな、と思いながら私はもう一度彼の言葉を噛みしめる。
前世の記憶があったから、か。そっか。そういう捉え方もできるんだな。
「ニコル」
「うん?」
「ありがとう」
どうしたの急に、とニコルの驚いたような声。私は何でもないよ笑った。
「ええ、教えてよ」
「だめ、内緒」
ええ、と不満そうな声に、そっと微笑んだ。私もそうだったらいいな、って思ったんだよ。
132
お気に入りに追加
544
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~
桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」
ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言?
◆本編◆
婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。
物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。
そして攻略者達の後日談の三部作です。
◆番外編◆
番外編を随時更新しています。
全てタイトルの人物が主役となっています。
ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。
なろう様にも掲載中です。
恋愛に興味がない私は王子に愛人を充てがう。そんな彼は、私に本当の愛を知るべきだと言って婚約破棄を告げてきた
キョウキョウ
恋愛
恋愛が面倒だった。自分よりも、恋愛したいと求める女性を身代わりとして王子の相手に充てがった。
彼は、恋愛上手でモテる人間だと勘違いしたようだった。愛に溺れていた。
そんな彼から婚約破棄を告げられる。
決定事項のようなタイミングで、私に拒否権はないようだ。
仕方がないから、私は面倒の少ない別の相手を探すことにした。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
穏便に婚約解消する予定がざまぁすることになりました
よーこ
恋愛
ずっと好きだった婚約者が、他の人に恋していることに気付いたから、悲しくて辛いけれども婚約解消をすることを決意し、その提案を婚約者に伝えた。
そうしたら、婚約解消するつもりはないって言うんです。
わたくしとは政略結婚をして、恋する人は愛人にして囲うとか、悪びれることなく言うんです。
ちょっと酷くありません?
当然、ざまぁすることになりますわね!
あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる