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43.聖女の最期

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 神はユグリットの次の王にカルロスの名をあげた。ディアナは神の命に従った。けれど結果は上手くいかず、王位はアレクシスの手に渡った。もし、カルロスがどこかで王の座を欲し、もっと意欲的に行動していれば、いま玉座に座っていたのはカルロスであったかもしれない。

 そしてディアナは王を救った聖女として歴史に名を刻んだであろう。

(けれど結局そうはならなかった)

 教会はディアナを聖女ではなく魔女と断定した。

『私の選んだ道は間違いではありませんでした』

 死ぬ運命であっても、聖女の顔は穏やかであった。最後に彼女と話がしたい。アレクシスに無理を言って会わせてもらったが、リアンにはかける言葉が見つからなかった。

(そもそも俺は、彼女に会って何をするつもりだったのか)

 助けたかったのか。同情したかっただけなのか。ナタリーと同じ聖女という存在についてもっと詳しく教えて欲しかったのか。カルロスを助けたことを、――神の声に従ったことを後悔しているか。何をたずねたくて、知りたかったのか、ディアナを前にして、リアンは口を噤んでしまった。

 ただ彼女の言葉をアレクシスに伝えると、彼はそうかと感情のこもらぬ声で頷いた。

「リアン。俺はカルロスが王位を簒奪しようとしたことに怒りはない。やつにはやつにしか築けぬものがあったであろうからな」

 だが、と彼の視線は広場の中央、高い柱に身体を括りつけられたディアナに注がれていた。魔女とみなされた彼女の肉体はこの世に留まることを許されず、骨まで焼き尽くさなければならない。

「やつには自分が、という確固たる意志がなかった。それは王として、致命的な欠如だ」

 これから行われる行為を一目見ようと多くの人々が広場に集まっていた。彼らの目に憐みや哀しみはない。ただ、好奇に渦巻いた、お祭りを楽しむ目にリアンはぞっとした。

(彼女はおまえたちと同じ人間なんだぞ)

 なぜそんな顔をしていられる。どうして笑っていられる。

「やつは王宮ここから逃亡した。もし本当に王の座を望むのなら、生まれ育った城から立ち去るべきではなかった。王が住まう場所で俺を討つべきだった。背後からだろうと、食事に毒を盛ろうが、どんな卑怯な手を使おうとも、ここで俺を殺して王にならなければならなかった」

 そうすれば、とアレクシスは目を細める。役人の一人が手をあげた。

「魔女に火を放て!」

 高く積み上げられた薪に火がつけられる。炎がみるみるうちに聖女の足や手を包み込んでゆく。女の呻き声に観衆の盛り上がる声。

(ああ、死んでしまう!)

 リアンはとっさに立ち上がって彼女を助けなくてはと思った。けれどその前に手を掴まれた。アレクシスだった。

「リアン。それは許されぬ」
「ですがっ……!」

 こんな殺され方、あんまりだ。焼かれていく人間に、民衆は悲鳴すらあげない。正当な王の道を邪魔した彼女は――魔女は処罰されて当然だと彼らは思っている。

「ディアナ!」

 堪らずリアンは叫んだ。すると彼の声が聞こえたのか、それとも偶然か、わからないけれど、ディアナの目が自分を捕え、苦悶に満ちた表情を微笑みに変えたのだ。

『私の主君はカルロス殿下のみです』

 息が止まったように彼は固まった。そして次の瞬間には胃からせり上がってくるような吐き気を催し、その場に蹲った。

(違う。あなたの決意は、思いは、何一つ彼に届いていなかった……!)

 カルロスはディアナの責任だと叫んで、死んでいった。後悔や憎しみ、怒りが、ディアナに対してあった。彼女はカルロスのために不名誉な死まで受け入れたというのに。幼い頃からの絆も、身も心も捧げた忠義心もすべて重荷にしかならなかった。

(どうして神はカルロスなんかを選んだのだ)

 アレクシスであればよかった。彼ならば、ディアナを上手く利用した。王になることに何の躊躇いもなかった。きっとユグリット国の聖女として多くの人に歓迎されただろうに!

(どうして……)

 彼女は一体何のために死んでゆくのだろう。その意味を考えれば考えるほど、リアンの胸は締め付けられ、唇を血が出るほど強く噛んだ。

「リアン。ユグリット国の次の王はアレクシスであると、ラシアの者に伝えよ」

 同情など微塵も感じさせぬ声。項垂れていたリアンは顔をあげる。アレクシスの視線はディアナに向けられたままであった。彼は弟の時と同じように彼女の最期を見届けるつもりなのだ。

 リアンには、とてもできなかった。なぜならディアナの死は、自分のとても大切な人を連想させたから。

(ナタリー……)

 彼女も、いつかはこんな最期を迎えなければならないのか。国に尽くしてきた彼女でさえ――


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