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36.アレクシス殿下

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「それで? わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「はい」

 ユグリット国の王太子、アレクシスは書簡から顔を上げると、詳しい説明をしていたリアンの顔をじっと見つめる。彫の深い、精悍な顔立ちの青年であった。リアンとそう変わらぬ年齢だが、ずいぶんと貫禄があるように見えるのは、置かれた立場ゆえか。

「ふん。原因不明の病、か。それで今そなたたちの国は我が国に援軍を出す余裕がないと?」
「はい。その通りでございます」
「だがもうほとんど病人はいないと、噂では聞いたが?」

 ジョナスが自分の部下にユグリットの内情を調べさせていたように、アレクシスもこちらの情勢に目を光らせている。

「なんでも、どんな病でも治す力を持つ者がいると」
「……」
「どうやらそちらにもいるようだな? 聖女という神から遣わされた存在が」

(ナタリーのことも知っているのか……)

 ここは慎重に答えねば、とリアンは唾を飲み込んだ。

「確かに病を治すことができる者はおります。ですが、病の原因が一体何であったのか、どこから持ち込まれたかまではわかっておりません。援軍を出すことで、原因となった病菌がラシア国からこちらの国に渡ることを、国王陛下はいたく心配しておられるのです」

「心配、ね」

 ただ椅子に座ってこちらを見ているだけなのに威圧感があり、冷や汗が流れる。

「そなたはどう思う」
「どう、とは……」

 鈍いな、というように眉をひそめられた。

「聖女のことだ。そなたの国も、そして俺の国も、聖女という存在で大変な騒ぎになった。俺に関しては、自分の立場まで危うくなりつつある」
「……私の国の者たちは聖女のおかげで命を救われました。ですから、大変ありがたい存在だと思っているはずです」
「それは周りの意見だろう。おまえ自身はどう思っているのだ」

 おまえの意見を言え、と命じられ、リアンは押し黙る。どう答えるべきか、というよりなぜこんなことを聞くのだろうかと不思議に思ったからだ。

(試しておられるのだろうか……)

「どうした。自分の意見すらないのか」
「いえ、失礼しました。……私自身は、聖女という存在をあまり特別には思っておりません」
「なぜそう思う。どんな病でも治してくれるのだろう? 常人とは違う。選ばれた人間ではないか」

 選ばれた人間。たしかにアレクシスの言う通り、ナタリーは神に選ばれた特別な人間かもしれない。

(でも俺は……)

「たしかに特別な力はあるのかもしれません。ですが、それ以外は私たちと変わらぬ、弱い存在です。身体を酷使すれば疲れもするし、苦しいと思う感情だってあります」

 自分たちと何が違うのだ、と思う。

(特別だと思いたいのは、陛下や教会の人間……周りの者たちだろう)

「聖女だと勝手に持ち上げて、国の危機を、たった一人の少女に押し付けて、自分たちができることをやろうともしない。……あまりにも勝手で、見ていて不愉快だ」

 そして自分自身もまた、黙って見ていることしかできない。己の不甲斐なさにリアンは拳を固く握った。だがすぐにハッとする。

(しまった。ついありのままに話してしまった)

「あの、ですから、これはあくまでも私個人の意見で、」
「そなた。名は何と言う」
「私の名ですか? リアン、と申しますが……」

 やはり気に障ることを言ってしまっただろうか、と不安になったが、アレクシスの顔は何を考えているか読めなかった。

「リアン。援軍を出せぬ、というラシアの知らせ、よくわかった。今回は静観するといい」

 王の言葉にリアンは驚き、だがすぐに安堵と喜びが胸に押し寄せてきた。

(よかった。とりあえず、内乱に巻き込まれることはない……)

「しかし、リアンよ。おまえには我が国の運命を見届けてもらう」

 ほっと胸をなで下ろすリアンに、アレクシスはそう無情にも言い放ったのだった。

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