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31.もう一人の聖女

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「なに!?」

 一体どういうことだと声を荒げるリアンを静かに、とジョナスは嗜めた。

「この話はまだ確かではないのです。知っている者もごくわずか。誰か他の人間に聞かれでもしたら、混乱を招きます」
「しかし……」

 落ち着けと言われても、無理な話だ。

「ナタリーのような人間が他にいるというのか?」
「彼女と同じ類の人間かどうかは、実際にお会いしたことがないので判断しかねますが……不利な戦況に置かれていた弟のカルロスを救ったのが、その聖女のおかげだと言われているそうです」
「どういうことだ」

 ジョナスが言うには、聖女はカルロスに仕える女騎士だという。名前はディアナ。

「どんな騎士なんだ?」
「どこにでもいる普通の騎士だそうですよ。まぁ、忠義心は他の者より厚かったかもしれませんが」

 兄のアレクシスよりも弟の方が未来の王に相応しいと思ったからか、あるいは忠義以上のものを彼に対して抱いていたからか、真相はわからないにせよ聖女ディアナはカルロスの逃亡を手助けし、追ってくる敵を次々と躱し、見事王都から脱出したそうである。

「にわかには信じられない話だな。本当に彼女のおかげなのか?」
「彼女には、神の声とやらが聞こえるそうです」

 リアンはハッとする。以前まったく同じことを聞いたことがある。

(ナタリー……)

 彼女も言っていた。声が聞こえると。

「ユグリットの聖女、ディアナは呼びかけてくる声に従い、敵と遭遇しない方角へ進むことができた。たまたま運が良かった、とも言えるかもしれませんが……つい先日の戦いでは、味方よりも圧倒的な数のアレクシスの軍に恐れることなく、果敢に挑み、見事敵は尻尾を巻いて逃げ出したそうです」

「立ち向かっただけじゃないか」

 騎士とはいえ、ほんの小娘であろう彼女の行為は無謀ともいえた。

「ええ、そうです。ですが不思議と、聖女は降ってくる矢や槍を避け、常に最前線を走り抜けていた。不利な状況にも関わらず、勝つという絶対的な自信。それが味方をも鼓舞し、敵には恐怖を与え、勝利へと繋がったのではないでしょうか」

 まさに神の加護。カルロスにつく者たちはそう彼女を讃えた。我らの軍には、神の声を聞くことができる聖女がいると。

「考えてみれば、聖女というのは救世主であり、国の英雄ともいえる存在。国の危機にこそ現れると思えば、彼女のような人間がいてもおかしくはありません」
「ナタリーとはまた違う能力というわけか……」

 ラシア国の危機は原因不明の病。だからこそ万能の治癒能力を持つナタリーが現れた。一方ユグリットは内乱による国の危機。戦の勝利を導く聖女を出現させたのは、たしかに理にかなっている。

「だが……そうなると次の王は弟のカルロスの方が相応しいということなのか?」
「そこが問題なのです」

 アレクシスに援軍を、と思っていた考えが聖女ディアナの登場によりひっくり返ったのだ。

「普通ならばカルロスが負けると思いますが、聖女の力を踏まえれば彼が勝つ可能性もある。我々はどちらにつくべきか……」
「陛下は何と言っているのだ」
「私に任せる、とおっしゃっています」
「なんだと?」

 一瞬リアンは言葉を失った。

(なぜそんな大事なことをジョナスに……)

 いくら頼りになるからといって、国の命運を左右する選択ではないか。臣下に委ねてどうする。

「リアン殿。陛下も流行病のことで頭がいっぱいなのです。いくら病人が減ってきているからといって、またいつ流行りだすかもわかりません。他国のことなど、気にかけている余裕がないのです」

「……先ほどと言っていたことが違うぞ。上は隣国ユグリットに貸しを作ってやる絶好の機会だと考えているそうじゃないか」

「それは私がまだユグリットの聖女についてお教えしていないからです。知ればそんな甘いこと言っていられなくなる。他の者たちもみな同じでしょう。だからに、私に任せると言うはずです」

 リアンは頭が痛くなってきた。

「おまえはなぜそこまで陛下たちに信頼されているのだ」
「信頼などされていません。この場合は匙を投げた、と言うべきです。若造で、責任をなすりつけるのにちょうどよい人間がたまたま私だったというだけです。まぁ、まだ仮定の話ですが」

 それだけ国の中枢は腐り切っているのだと、ジョナスは言った。彼の話はまだ未来の話であるが、リアンは恐らくジョナスの言う通りになるだろうなという嫌な確信があった。

(この国は本当に大丈夫なのだろうか……)

「……もういっそ、どちらにも手を貸さない、傍観するというのはどうだ。自分の国のことで精いっぱいだと、言い訳すればいい」
「ええ、リアン殿。私もそう思っておりました」

 そこで、と彼は立ち上がり、リアンの肩を掴んだ。

「あなたに一つ、頼まれて欲しいことがあります」


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