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27.忍び寄る危機

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 ナタリーに拒絶されてもなお、リアンは彼女がいる塔へ足を運んだ。だが結果は同じだった。監視下に置かれている状況と、なによりナタリー自身がリアンを拒んでいる。彼にはもはや打つ手がなかった。

(くそっ、なんでだよ、ナタリー……!)

 ナタリーが自分のために別れを告げたのもリアンは見抜いていた。だからなおさら、悔しかった。いつだって彼女は他者のことを考えている。今一番辛いのはナタリーの方なのだから、こんな時くらい自分の本当の気持ちを曝け出せばいいのに。

(何か、何か方法はないのか……)

「リアン、いつまでそうして引きこもっているつもりですか」
「ジョナス」

 いつの間に、とリアンは眉をひそめた。

「部屋に勝手に入ってくるのはやめていただきたい」
「呼びかけましたが、返答がなかったので死んでいるのではないかと思ったのです」

 ちっともそう思っていない様子でジョナスは言った。

(どうもこの男は苦手だ)

 ジョナスはかつてリアンと同じ騎士であったが、さりげない助言が国王や王女に気に入られ、いつしかアリシア専属の相談相手のような仕事を担っていた。頭がきれることは確かだが、何を考えているか読み取れない端正な顔は、不気味でもあった。

「アリシア殿下があなたのことをお待ちですよ」
「……」
「ナタリー殿は、覚悟を決めましたよ。あなたもいつまでも未練がましく彼女を想うことはおやめなさい」
「お前に何がわかる!」

 襟元を掴むリアンにも、ジョナスはぴくりとも表情を動かさない。

「真正面からやりあってどうするのですか」
「なに?」
「あなたがそうやって反抗的な態度をとればとるほど、王女殿下はますますあなたに執着なさろうとするでしょう。時間をおきなさい。従順な振りをしなさい」

 リアンは思わず閉口する。今の台詞ではまるで、いつかリアンが反旗を翻すことを許しているように聞こえた。

「ジョナス、お前は、王女の臣下だろう?」
「私が? まさか」

 ジョナスの薄っすらとした笑みに、掴んでいた手をリアンはぱっと離した。得体の知れない相手に遭遇してしまった感じがして、一二歩後ろへ下がる。

「お前は、王女殿下に仕えているのだろう?」
「私が仕えているのはあくまでも国であり、あのような小娘ではありません」

 吐き捨てるように答えたジョナスの顔は、今までリアンが見たことのない荒々しさが現れていた。初めて見せる感情。それは――

「王女殿下を、憎んでいるのか」

 リアンの指摘に、ジョナスはさぁというように微笑んだ。

「そこまでの個人的な恨みは彼女に対して抱いておりません。ただ……」
「ただ?」
「自分の役目を果たそうとしない姿勢に、苛立ちを覚えるのかもしれません」

 自分の役目。

「ナタリーも、自分の役目を果たすと言っていた。王女殿下にも、それがあると?」

「当たり前です。なぜあれほどの贅沢な生活が許されると思っているのですか。なぜ美しい宝石やドレスが彼女に与えられるとお思いですか。その身を我がラシア国に捧げ、役立たせるために決まっているでしょう」

 つまりアリシアは結婚して、何かしらの益をこの国にもたらすことが求められている。

「近々、この国に争いがもたらされるはずです」
「何? ユグリットが攻めてくるのか!?」

 隣国のユグリット国。互いの国境付近で数十年に渡る争いを続けてきた。後継者争いでリアンたちのラシア国は一時の平和を保っていたが……ついに新国王が決まり、手始めに我が国の領土を侵略するのか。

「いえ、代替わりの当初はまず自国の統制にかかり、他国まで気にかける余裕はないでしょう」

 まだ確証はありませんが、と前置きしてジョナスは続けた。

「後継者争いで国は真っ二つに割れているようです。兄である王子が王都を占領したようですが、処刑するはずだった弟が逃亡し、国境付近で態勢を立て直した後、王都の奪還を狙っているようです」
「……もし、弟がこちらに救援でもしてきたら面倒なことになるな」
「ええ。ただ、兄の方が正式な王として即位し、その証を我が国に求めれば……そして我が国がそれを受け入れれば、弟は反逆者として捕える必要があります」

 証、というのがアリシア殿下とユグリット国の新たな王との結婚である。

「だが……あの王女殿下が素直に聞き入れるとも思わない」

(そうなれば……ユグリットはどうするだろうか)

 自国の危機に陥るかもしれぬというのに、ジョナスは落ち着いている。いっそその時が訪れるのが楽しみだというようにも見え、リアンは底知れぬ恐怖を目の前の男に対して抱いたのだった。

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