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24. 変わってしまった友人
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謹慎が解けると、リアンはナタリーの休んでいた部屋が移されたことを聞いた。螺旋階段を何段も上った先に、彼女は閉じ込められている。それはまるで幽閉されているようで、当然リアンは文句を言ったが、おまえのせいだと返され、相手にされなかった。
「オーウェン、お前の方から彼女にきちんと休むよう、伝えてくれないか」
そして現在ナタリーの護衛騎士はオーウェンが務めていた。リアンの要求をはねのけたせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。あるいは、馴染みの人間をそばに置くことで、少しでもナタリーの気を休ませるのが狙いか。
どちらにせよ、リアンが頼りにできるのは今やオーウェンしかいなかった。彼ならば、きっとナタリーの力になってくれるはずだ。
「リアン。お前の気持ちもわかるが、こればっかりは仕方がねえよ」
リアンは友人の言葉に一瞬耳を疑った。
「仕方がないだと?」
「だってそうだろう? 死人が増えているんだ。ナタリーが無理をするくらい、当然じゃないのか?」
大勢を救うためには一人の犠牲は仕方がないと、目の前の男は言っている。かつて誰よりもそれを嫌い、か弱い少女を守ろうとした男が。
「おまえ、本気で言っているのか」
呆然としたリアンの表情に、オーウェンは顔を逸らす。彼らしくない暗い陰りに、リアンは果たしてこの男はこんな暗い顔をするやつだったかと違和感を覚えた。
「俺だってナタリーのことは気の毒に思っている。でも、でもな、思っちまうんだよ。もし、あいつが倒れたりしなければ、ハンナだって……」
「病気にならず生きていたかもしれないって? だから代わりにナタリーが極限まで働き続けることを要求するのか? 当たり前だって言いたいのか?」
違うだろ、とリアンは吐き捨てた。
「病が広まったのは、ナタリーのせいじゃない。ナタリーは自分にできる精いっぱいのことをやっている。おまえの妻が亡くなったのは辛いことだが、それをナタリーのせいにするな。行き場のない悲しみを、彼女にぶつけるな」
なぜそんなこともわからない。憤るリアンに、オーウェンは静かに問い返した。
「じゃあ、お前が逆の立場だったらどうだ? ナタリーを救う道があったのに、それをみすみす逃して、もう帰らぬ人間になったら……それでも平静でいられるか? 助ける手段を持っているのに助けなかった相手を変わらず可愛がってやれるか?」
「それは……」
口ごもる友人を、ほら見ろとオーウェンは笑った。
「俺だってナタリーを責めたくはない。でもな、護衛騎士を任されたんだ。顔を見合わせれば、自然と妻の顔が思い浮かぶ。手足を真っ黒にさせて、苦しげに息を引き取っていく妻の姿だ。あんなに美しく、汚れない彼女が……変わってやりたかった。なぜ神は俺ではなく、ハンナを選んだのだろうとずっと、考え続けて、夜もまともに眠れないんだ……」
オーウェンの顔は話すたびにひどく辛そうに歪められ、終いには顔を覆った。嗚咽が漏れる声に、リアンは嫌気がさし、もういいと背を向けた。ひどく疲れた気がした。もうあの頃の優しい彼はいないのだ知り、どうしようもなく寂しかった。
(ナタリーは、いったいどう思うだろうか)
リアンは彼女のことを思うと、可哀想でならなかった。初恋であり、家族のような大切な人間から疎まれるなんて、そんなのあんまりではないか。いったい彼女が何をしたというのだ。
(王女殿下は、ここまで考えて、オーウェンをナタリーの護衛につけたのか)
なんて酷なことを……一体二人が何をしたというのだ。
(やはり俺がどうにかするしかないのか)
だがどうすればいい。
いっそアリシアの馬鹿げた申し出を引き受けようか。だが、そうすればナタリーはどれほど傷つくだろう。彼女が頼れる数少ない自分が今よりもっと遠い存在になったら、彼女は今度こそ一人ぼっちになってしまう。
それに、王女がいつまで自分に執着するかわからない。一度手に入れたら満足し、また退屈しのぎとしてナタリーを苦しめるかもしれない。
またアリシアに進言すると言っても、しょせんはただの国王陛下の娘であり、実質的な決定権は父親にある。要求が通らない可能性だってある。
(くそっ)
やり場のない思いを抱えながらも、リアンはナタリーが囚われている塔をただ眺めることしかできなかった。
「オーウェン、お前の方から彼女にきちんと休むよう、伝えてくれないか」
そして現在ナタリーの護衛騎士はオーウェンが務めていた。リアンの要求をはねのけたせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。あるいは、馴染みの人間をそばに置くことで、少しでもナタリーの気を休ませるのが狙いか。
どちらにせよ、リアンが頼りにできるのは今やオーウェンしかいなかった。彼ならば、きっとナタリーの力になってくれるはずだ。
「リアン。お前の気持ちもわかるが、こればっかりは仕方がねえよ」
リアンは友人の言葉に一瞬耳を疑った。
「仕方がないだと?」
「だってそうだろう? 死人が増えているんだ。ナタリーが無理をするくらい、当然じゃないのか?」
大勢を救うためには一人の犠牲は仕方がないと、目の前の男は言っている。かつて誰よりもそれを嫌い、か弱い少女を守ろうとした男が。
「おまえ、本気で言っているのか」
呆然としたリアンの表情に、オーウェンは顔を逸らす。彼らしくない暗い陰りに、リアンは果たしてこの男はこんな暗い顔をするやつだったかと違和感を覚えた。
「俺だってナタリーのことは気の毒に思っている。でも、でもな、思っちまうんだよ。もし、あいつが倒れたりしなければ、ハンナだって……」
「病気にならず生きていたかもしれないって? だから代わりにナタリーが極限まで働き続けることを要求するのか? 当たり前だって言いたいのか?」
違うだろ、とリアンは吐き捨てた。
「病が広まったのは、ナタリーのせいじゃない。ナタリーは自分にできる精いっぱいのことをやっている。おまえの妻が亡くなったのは辛いことだが、それをナタリーのせいにするな。行き場のない悲しみを、彼女にぶつけるな」
なぜそんなこともわからない。憤るリアンに、オーウェンは静かに問い返した。
「じゃあ、お前が逆の立場だったらどうだ? ナタリーを救う道があったのに、それをみすみす逃して、もう帰らぬ人間になったら……それでも平静でいられるか? 助ける手段を持っているのに助けなかった相手を変わらず可愛がってやれるか?」
「それは……」
口ごもる友人を、ほら見ろとオーウェンは笑った。
「俺だってナタリーを責めたくはない。でもな、護衛騎士を任されたんだ。顔を見合わせれば、自然と妻の顔が思い浮かぶ。手足を真っ黒にさせて、苦しげに息を引き取っていく妻の姿だ。あんなに美しく、汚れない彼女が……変わってやりたかった。なぜ神は俺ではなく、ハンナを選んだのだろうとずっと、考え続けて、夜もまともに眠れないんだ……」
オーウェンの顔は話すたびにひどく辛そうに歪められ、終いには顔を覆った。嗚咽が漏れる声に、リアンは嫌気がさし、もういいと背を向けた。ひどく疲れた気がした。もうあの頃の優しい彼はいないのだ知り、どうしようもなく寂しかった。
(ナタリーは、いったいどう思うだろうか)
リアンは彼女のことを思うと、可哀想でならなかった。初恋であり、家族のような大切な人間から疎まれるなんて、そんなのあんまりではないか。いったい彼女が何をしたというのだ。
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なんて酷なことを……一体二人が何をしたというのだ。
(やはり俺がどうにかするしかないのか)
だがどうすればいい。
いっそアリシアの馬鹿げた申し出を引き受けようか。だが、そうすればナタリーはどれほど傷つくだろう。彼女が頼れる数少ない自分が今よりもっと遠い存在になったら、彼女は今度こそ一人ぼっちになってしまう。
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またアリシアに進言すると言っても、しょせんはただの国王陛下の娘であり、実質的な決定権は父親にある。要求が通らない可能性だってある。
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やり場のない思いを抱えながらも、リアンはナタリーが囚われている塔をただ眺めることしかできなかった。
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