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20.過労
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近頃王都では原因不明の病気が蔓延していた。医者や神学者、果ては怪しげな術者まで、使える人材は片っ端から原因を究明したが、確かなことはわからず、とくにこれといった解決策も浮かばないまま、病人は増えてゆく一方だった。そして一人、二人と息を引き取る者が増えていくと、いよいよ王都は軽い混乱状態に陥った。
「ああ、聖女様。どうかお助けて下さい!」
「聖女様、あなただけが頼みなのです!」
もはや彼らが頼りにできるのは、聖女だけであった。誰もが聖女に病人を治すことを望んだ。もちろんナタリーはできるだけ病人を救おうと、休むことなく力を使い続けた。それが義務であり、彼女の役目だったから。寝る間も惜しんで、毎日、毎日、毎日――
「何だって!?」
ナタリーが倒れた。リアンはそれを聞くと、同僚の制止も聞かず、彼女のもとへ走りだしていた。
(馬鹿野郎!)
リアンは自分が何に怒っているのかわからなかった。限界まで彼女を追いつめた周囲の人間にか、何もしてやれなかった自分にか。
「ナタリー!」
彼女のいる部屋へ飛び込むと、寝台の上に横たわる彼女が目に入った。心臓を掴まれたような心地になりながら、彼女を取り囲む人間を跳ね除け、リアンは近寄った。
「ナタリー」
額に汗を浮かべ、眉根を寄せたナタリーは魘されていた。頬は痩せこけ、目の下には隈できている。彼女の方こそ、病人といえる有様だった。
(可哀想に……)
きっと彼女のことだから、休むこともなく働き続けたのだろう。誰も止めず、ただひたすら、自身を酷使し続けた。
(どうして誰も彼女を止めてやらなかった!)
自分はその間何をしていた。
「ナタリーさま!」
部屋の外から声が聞こえる。どうかお救い下さいという悲鳴じみた声が聞こえる。リアンはカッとなり、後にしろと怒鳴り返した。そして何か言いたげな様子である医者や司教たちも鋭く睨みつけた。
「お前たちも出て行け。ナタリーを休ませろ」
「し、しかし、聖女様の力を欲しているものはたくさんいらっしゃるのでございますよ。我が国の重臣もいて、彼らを見捨てるなど――」
「黙れ! ナタリーが死んだら元も子もないだろうがっ。いいから出て行け!」
リアンの剣幕に神官たちは飛び上がらんばかりに驚き、慌てて部屋から出て行った。リアンは舌打ちし、このままではいけないと自身の唇を強く噛んだ。
***
「お願いします。どうか、ナタリーの今の仕事をもう少し軽くしてください。あれではすぐにまた倒れてしまいます」
考えた末、リアンができたことは王と王女に頼むことだけであった。
「それは難しい要求だな、リアン」
けれども国王の返答は冷たい。一緒にいるアリシアの目も、ひどく冷めたものだった。二人ともなぜ自分たちがそんなことをしなければならないという態度を隠そうとしなかった。
「なぜですか、陛下。ナタリーは自身を犠牲にしてまで、民を救おうとしているのですよ。そんな彼女を、少しでも労わってやることくらい、許されるべきではないのですか」
「……聖女が穢れたことで力を失ったのではないかと噂するものがいる」
心当たりがあるのではないか、という疑いの目に、リアンは内心ぎくりとしたが、すぐに馬鹿馬鹿しいと国王を見据えた。
「違います。そもそもナタリーを休ませずに酷使したからでしょう? だから彼女は倒れた。結果、人を治すことができない。それだけです」
「だが、そなたがこっそりとナタリーと会っていたことも事実だ」
「婚約者である彼女に会って何がおかしいのですか!」
怒鳴るように言い返したリアンに、王は疲れた声でなだめた。
「そう大きな声を出すな。私とて、お前たちのことは可哀そうに思っている。だがな、病に苦しみ、大切な家族が奪われる民衆はそうは思わないのだ。最もらしい理由があれば、根拠がなくとも信じるものだ」
だったら訂正すればいいだけのことだ。
「聖女の力は未だよくわかっていない。神学者や教会の者の中にも、お前たちの関係を疑う者がいる。わかっていないからこそ、確かなことは言えないのだ」
「関係ありません」
リアンがきっぱりそう否定しても、国王は黙って首を振った。お前一人が言ったところで、何の意味もないと。
「現状、病を治すのは聖女の力しかない」
「だからといって!」
「リアンよ、諦めなさい。お前たちはもはや、誰にもその仲を認めてもらえないのだ」
リアンは絶句し、縋るように王女を見つめた。だがアリシアは頑なにリアンと目をあわせようとしなかった。自分に黙ってナタリーと会っていたリアンを彼女はひどい裏切りだと許せなかったのだ。
(なんてことだ……)
リアンは項垂れるように俯き、自分の不甲斐なさに腹が立った。重い沈黙が続き、話はこれで終わりだと、王は逃げるようにその場を退席した。
「陛下っ!」
「今、聖女を失うわけにはいかない。だからあまり無理をさせず、丁重に扱うことは賛成だ。できるだけのことはしてやると約束しよう。だが、もはや一緒になる未来は考えるな……それがナタリーのためでもある」
「ああ、聖女様。どうかお助けて下さい!」
「聖女様、あなただけが頼みなのです!」
もはや彼らが頼りにできるのは、聖女だけであった。誰もが聖女に病人を治すことを望んだ。もちろんナタリーはできるだけ病人を救おうと、休むことなく力を使い続けた。それが義務であり、彼女の役目だったから。寝る間も惜しんで、毎日、毎日、毎日――
「何だって!?」
ナタリーが倒れた。リアンはそれを聞くと、同僚の制止も聞かず、彼女のもとへ走りだしていた。
(馬鹿野郎!)
リアンは自分が何に怒っているのかわからなかった。限界まで彼女を追いつめた周囲の人間にか、何もしてやれなかった自分にか。
「ナタリー!」
彼女のいる部屋へ飛び込むと、寝台の上に横たわる彼女が目に入った。心臓を掴まれたような心地になりながら、彼女を取り囲む人間を跳ね除け、リアンは近寄った。
「ナタリー」
額に汗を浮かべ、眉根を寄せたナタリーは魘されていた。頬は痩せこけ、目の下には隈できている。彼女の方こそ、病人といえる有様だった。
(可哀想に……)
きっと彼女のことだから、休むこともなく働き続けたのだろう。誰も止めず、ただひたすら、自身を酷使し続けた。
(どうして誰も彼女を止めてやらなかった!)
自分はその間何をしていた。
「ナタリーさま!」
部屋の外から声が聞こえる。どうかお救い下さいという悲鳴じみた声が聞こえる。リアンはカッとなり、後にしろと怒鳴り返した。そして何か言いたげな様子である医者や司教たちも鋭く睨みつけた。
「お前たちも出て行け。ナタリーを休ませろ」
「し、しかし、聖女様の力を欲しているものはたくさんいらっしゃるのでございますよ。我が国の重臣もいて、彼らを見捨てるなど――」
「黙れ! ナタリーが死んだら元も子もないだろうがっ。いいから出て行け!」
リアンの剣幕に神官たちは飛び上がらんばかりに驚き、慌てて部屋から出て行った。リアンは舌打ちし、このままではいけないと自身の唇を強く噛んだ。
***
「お願いします。どうか、ナタリーの今の仕事をもう少し軽くしてください。あれではすぐにまた倒れてしまいます」
考えた末、リアンができたことは王と王女に頼むことだけであった。
「それは難しい要求だな、リアン」
けれども国王の返答は冷たい。一緒にいるアリシアの目も、ひどく冷めたものだった。二人ともなぜ自分たちがそんなことをしなければならないという態度を隠そうとしなかった。
「なぜですか、陛下。ナタリーは自身を犠牲にしてまで、民を救おうとしているのですよ。そんな彼女を、少しでも労わってやることくらい、許されるべきではないのですか」
「……聖女が穢れたことで力を失ったのではないかと噂するものがいる」
心当たりがあるのではないか、という疑いの目に、リアンは内心ぎくりとしたが、すぐに馬鹿馬鹿しいと国王を見据えた。
「違います。そもそもナタリーを休ませずに酷使したからでしょう? だから彼女は倒れた。結果、人を治すことができない。それだけです」
「だが、そなたがこっそりとナタリーと会っていたことも事実だ」
「婚約者である彼女に会って何がおかしいのですか!」
怒鳴るように言い返したリアンに、王は疲れた声でなだめた。
「そう大きな声を出すな。私とて、お前たちのことは可哀そうに思っている。だがな、病に苦しみ、大切な家族が奪われる民衆はそうは思わないのだ。最もらしい理由があれば、根拠がなくとも信じるものだ」
だったら訂正すればいいだけのことだ。
「聖女の力は未だよくわかっていない。神学者や教会の者の中にも、お前たちの関係を疑う者がいる。わかっていないからこそ、確かなことは言えないのだ」
「関係ありません」
リアンがきっぱりそう否定しても、国王は黙って首を振った。お前一人が言ったところで、何の意味もないと。
「現状、病を治すのは聖女の力しかない」
「だからといって!」
「リアンよ、諦めなさい。お前たちはもはや、誰にもその仲を認めてもらえないのだ」
リアンは絶句し、縋るように王女を見つめた。だがアリシアは頑なにリアンと目をあわせようとしなかった。自分に黙ってナタリーと会っていたリアンを彼女はひどい裏切りだと許せなかったのだ。
(なんてことだ……)
リアンは項垂れるように俯き、自分の不甲斐なさに腹が立った。重い沈黙が続き、話はこれで終わりだと、王は逃げるようにその場を退席した。
「陛下っ!」
「今、聖女を失うわけにはいかない。だからあまり無理をさせず、丁重に扱うことは賛成だ。できるだけのことはしてやると約束しよう。だが、もはや一緒になる未来は考えるな……それがナタリーのためでもある」
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