上 下
21 / 74

20.過労

しおりを挟む
 近頃王都では原因不明の病気が蔓延していた。医者や神学者、果ては怪しげな術者まで、使える人材は片っ端から原因を究明したが、確かなことはわからず、とくにこれといった解決策も浮かばないまま、病人は増えてゆく一方だった。そして一人、二人と息を引き取る者が増えていくと、いよいよ王都は軽い混乱状態に陥った。

「ああ、聖女様。どうかお助けて下さい!」
「聖女様、あなただけが頼みなのです!」

 もはや彼らが頼りにできるのは、聖女ナタリーだけであった。誰もが聖女に病人を治すことを望んだ。もちろんナタリーはできるだけ病人を救おうと、休むことなく力を使い続けた。それが義務であり、彼女の役目だったから。寝る間も惜しんで、毎日、毎日、毎日――

「何だって!?」

 ナタリーが倒れた。リアンはそれを聞くと、同僚の制止も聞かず、彼女のもとへ走りだしていた。

(馬鹿野郎!)

 リアンは自分が何に怒っているのかわからなかった。限界まで彼女を追いつめた周囲の人間にか、何もしてやれなかった自分にか。

「ナタリー!」

 彼女のいる部屋へ飛び込むと、寝台の上に横たわる彼女が目に入った。心臓を掴まれたような心地になりながら、彼女を取り囲む人間を跳ね除け、リアンは近寄った。

「ナタリー」

 額に汗を浮かべ、眉根を寄せたナタリーは魘されていた。頬は痩せこけ、目の下には隈できている。彼女の方こそ、病人といえる有様だった。

(可哀想に……)

 きっと彼女のことだから、休むこともなく働き続けたのだろう。誰も止めず、ただひたすら、自身を酷使し続けた。

(どうして誰も彼女を止めてやらなかった!)

 自分はその間何をしていた。

「ナタリーさま!」

 部屋の外から声が聞こえる。どうかお救い下さいという悲鳴じみた声が聞こえる。リアンはカッとなり、後にしろと怒鳴り返した。そして何か言いたげな様子である医者や司教たちも鋭く睨みつけた。

「お前たちも出て行け。ナタリーを休ませろ」
「し、しかし、聖女様の力を欲しているものはたくさんいらっしゃるのでございますよ。我が国の重臣もいて、彼らを見捨てるなど――」
「黙れ! ナタリーが死んだら元も子もないだろうがっ。いいから出て行け!」

 リアンの剣幕に神官たちは飛び上がらんばかりに驚き、慌てて部屋から出て行った。リアンは舌打ちし、このままではいけないと自身の唇を強く噛んだ。

***

「お願いします。どうか、ナタリーの今の仕事をもう少し軽くしてください。あれではすぐにまた倒れてしまいます」

 考えた末、リアンができたことは王と王女に頼むことだけであった。

「それは難しい要求だな、リアン」

 けれども国王の返答は冷たい。一緒にいるアリシアの目も、ひどく冷めたものだった。二人ともなぜ自分たちがそんなことをしなければならないという態度を隠そうとしなかった。

「なぜですか、陛下。ナタリーは自身を犠牲にしてまで、民を救おうとしているのですよ。そんな彼女を、少しでも労わってやることくらい、許されるべきではないのですか」
「……聖女が穢れたことで力を失ったのではないかと噂するものがいる」

 心当たりがあるのではないか、という疑いの目に、リアンは内心ぎくりとしたが、すぐに馬鹿馬鹿しいと国王を見据えた。

「違います。そもそもナタリーを休ませずに酷使したからでしょう? だから彼女は倒れた。結果、人を治すことができない。それだけです」
「だが、そなたがこっそりとナタリーと会っていたことも事実だ」
「婚約者である彼女に会って何がおかしいのですか!」

 怒鳴るように言い返したリアンに、王は疲れた声でなだめた。

「そう大きな声を出すな。私とて、お前たちのことは可哀そうに思っている。だがな、病に苦しみ、大切な家族が奪われる民衆はそうは思わないのだ。最もらしい理由があれば、根拠がなくとも信じるものだ」

 だったら訂正すればいいだけのことだ。

「聖女の力は未だよくわかっていない。神学者や教会の者の中にも、お前たちの関係を疑う者がいる。わかっていないからこそ、確かなことは言えないのだ」
「関係ありません」

 リアンがきっぱりそう否定しても、国王は黙って首を振った。お前一人が言ったところで、何の意味もないと。

「現状、病を治すのは聖女の力しかない」
「だからといって!」
「リアンよ、諦めなさい。お前たちはもはや、誰にもその仲を認めてもらえないのだ」

 リアンは絶句し、縋るように王女を見つめた。だがアリシアは頑なにリアンと目をあわせようとしなかった。自分に黙ってナタリーと会っていたリアンを彼女はひどい裏切りだと許せなかったのだ。

(なんてことだ……)

 リアンは項垂れるように俯き、自分の不甲斐なさに腹が立った。重い沈黙が続き、話はこれで終わりだと、王は逃げるようにその場を退席した。

「陛下っ!」
「今、聖女を失うわけにはいかない。だからあまり無理をさせず、丁重に扱うことは賛成だ。できるだけのことはしてやると約束しよう。だが、もはや一緒になる未来は考えるな……それがナタリーのためでもある」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...