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9.謁見と承諾
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「あなたがナタリー?」
「はい。王女殿下」
顔を上げて、と命じられナタリーは言われた通りにした。ラシア国の第一王女は真っ直ぐとナタリーを見つめていた。上から下へまじまじと、まるで値踏みするような鋭い視線にナタリーは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
王宮からの使者が突然自分を迎えに来た時はとても驚いた。丁寧な態度であったが、逆らうことは許せない雰囲気の中、ナタリーは王女に謁見することとなった。
「リアンがあなたと結婚したいと申し出ているのです」
幼馴染の名前に、ナタリーはどきりとする。王女の護衛を任されているという彼は、今この場にはいない。いるのは数名の若い騎士。そして黒いローブを身にまとった背の高い男。どれもみな顔立ちが整っていた。
「あなたも、そうしたい?」
「……はい」
震える声で、けれどナタリーは肯定した。リアンの眩しい笑顔。おまえが好きなんだとはにかむようにして伝えられた自分への気持ち。嬉しかった。叶うのなら、自分も彼と一緒の人生を歩みたい。
「そう。リアンが好きなの?」
王女の言葉は、どこか咎めるような響きがあった。もしかすると、このお姫様もまたリアンに対して特別な気持ちを抱いているのかもしれない。彼は優しく、強い人だから。
ナタリーは一瞬、自分の気持ちを伝えることにためらいを覚えた。けれどリアンの顔を思い浮かべ、今度は真っすぐとアリシアの目を見つめた。
「はい。お慕いしております」
そう、と王女は呟くように言った。
「あなたの気持ちはよくわかったわ。もう下がっていいわ」
言われた通り、ナタリーは立ち上がり、側近の騎士たちに退出を促される。
「でもね、ナタリー」
出口まであと少し、というところで唐突に王女が言った。彼女は思わず立ち止まり、そちらを振り返る。
「リアンはわたくしの騎士でもあるの。もし、わたくしに何かあった時、彼はあなたではなく、わたくしのことを優先することになるわ。それでもあなたはいいの?」
猫のように細められるアリシアの美しい緑の瞳。王女の言葉、姿は、ただの孤児院出身であるナタリーを圧倒するには十分かのように思えた。
けれどナタリーは、穏やかに微笑み返した。
「はい。承知しております」
ナタリーの答えに王女は面食らったようで、口をかすかに開け、目を瞠った。だがすぐに苛立ったように眉を寄せ、顔を背けた。
「そう。もう、行っていいわ」
ナタリーはぺこりと頭を下げた。顔を上げると、王女のすぐそばにいるローブを身にまとった男と目があった気がした。
***
その数日後、リアンとナタリーは結婚することが認められた。ただし一年の婚約期間を経てという条件付きであるが。
それでも二人はたいそう喜び、とくにリアンは何度もアリシアにお礼を述べた。彼のそんな浮かれた表情を見たのは、彼と出会って初めてのことだった。
「よかったのですか。認められて」
ジョナスの言葉に、アリシアはいいのよと答えた。
彼女とて、最初はリアンたちの婚約を認めないつもりだった。だが、どうあっても自分とリアンの仲が認められることもない。リアンを狙う人間は他にも大勢いる。うかうかしていれば、他の女に彼を奪われてしまうかもしれない。
ならばいっそのこと、ナタリーと婚約させた方がよいと判断したのだ。
(あの子の見た目では、いつまでリアンの心が持つかわかりませんもの)
自分と同等か、それ以上の美しさをもつ女性ならばきっとアリシアは嫉妬にかられ、なんとしてでもリアンとの結婚に反対しただろう。だが実際にナタリーと出会い、その必要はないという結論を出した。彼女は自分に勝る存在ではないと。
「おまえの言う通り、野暮ったい、地味な娘だったわ」
アリシアは幼い頃から美しいものに囲まれてきた。整った顔立ちの父と国随一の美女と謳われた母。豪華絢爛のドレスや眩いばかりの宝石たち。洗練された侍女と家臣。美しいものは何よりも価値あるものであり、醜いものは捨てられて当然であるという歪んだ価値観がアリシアには形成されていた。
ナタリーは決して醜くはないが、とりたてて美人でもない。自分と比べれば、その差は圧倒的だ。
(可哀そうな子)
「あの娘はリアンが婚約者の自分よりわたくしを守ることを承知していると言っていたわね」
「はい」
「でも、本当にそうなった時、あの娘は耐えられるのかしら?」
ねえ? とアリシアはナタリーのきれいな青い瞳を思い浮かべた。彼女の自分を見つめる瞳だけは澄んでいて、きれいだった。けれど、それだけだった。
(リアンもそのうち彼女に飽きて、本当に愛する人を思い出すはずです)
その愛する人が自分である、というところまで想像してアリシアは可憐に微笑んだ。
「はい。王女殿下」
顔を上げて、と命じられナタリーは言われた通りにした。ラシア国の第一王女は真っ直ぐとナタリーを見つめていた。上から下へまじまじと、まるで値踏みするような鋭い視線にナタリーは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
王宮からの使者が突然自分を迎えに来た時はとても驚いた。丁寧な態度であったが、逆らうことは許せない雰囲気の中、ナタリーは王女に謁見することとなった。
「リアンがあなたと結婚したいと申し出ているのです」
幼馴染の名前に、ナタリーはどきりとする。王女の護衛を任されているという彼は、今この場にはいない。いるのは数名の若い騎士。そして黒いローブを身にまとった背の高い男。どれもみな顔立ちが整っていた。
「あなたも、そうしたい?」
「……はい」
震える声で、けれどナタリーは肯定した。リアンの眩しい笑顔。おまえが好きなんだとはにかむようにして伝えられた自分への気持ち。嬉しかった。叶うのなら、自分も彼と一緒の人生を歩みたい。
「そう。リアンが好きなの?」
王女の言葉は、どこか咎めるような響きがあった。もしかすると、このお姫様もまたリアンに対して特別な気持ちを抱いているのかもしれない。彼は優しく、強い人だから。
ナタリーは一瞬、自分の気持ちを伝えることにためらいを覚えた。けれどリアンの顔を思い浮かべ、今度は真っすぐとアリシアの目を見つめた。
「はい。お慕いしております」
そう、と王女は呟くように言った。
「あなたの気持ちはよくわかったわ。もう下がっていいわ」
言われた通り、ナタリーは立ち上がり、側近の騎士たちに退出を促される。
「でもね、ナタリー」
出口まであと少し、というところで唐突に王女が言った。彼女は思わず立ち止まり、そちらを振り返る。
「リアンはわたくしの騎士でもあるの。もし、わたくしに何かあった時、彼はあなたではなく、わたくしのことを優先することになるわ。それでもあなたはいいの?」
猫のように細められるアリシアの美しい緑の瞳。王女の言葉、姿は、ただの孤児院出身であるナタリーを圧倒するには十分かのように思えた。
けれどナタリーは、穏やかに微笑み返した。
「はい。承知しております」
ナタリーの答えに王女は面食らったようで、口をかすかに開け、目を瞠った。だがすぐに苛立ったように眉を寄せ、顔を背けた。
「そう。もう、行っていいわ」
ナタリーはぺこりと頭を下げた。顔を上げると、王女のすぐそばにいるローブを身にまとった男と目があった気がした。
***
その数日後、リアンとナタリーは結婚することが認められた。ただし一年の婚約期間を経てという条件付きであるが。
それでも二人はたいそう喜び、とくにリアンは何度もアリシアにお礼を述べた。彼のそんな浮かれた表情を見たのは、彼と出会って初めてのことだった。
「よかったのですか。認められて」
ジョナスの言葉に、アリシアはいいのよと答えた。
彼女とて、最初はリアンたちの婚約を認めないつもりだった。だが、どうあっても自分とリアンの仲が認められることもない。リアンを狙う人間は他にも大勢いる。うかうかしていれば、他の女に彼を奪われてしまうかもしれない。
ならばいっそのこと、ナタリーと婚約させた方がよいと判断したのだ。
(あの子の見た目では、いつまでリアンの心が持つかわかりませんもの)
自分と同等か、それ以上の美しさをもつ女性ならばきっとアリシアは嫉妬にかられ、なんとしてでもリアンとの結婚に反対しただろう。だが実際にナタリーと出会い、その必要はないという結論を出した。彼女は自分に勝る存在ではないと。
「おまえの言う通り、野暮ったい、地味な娘だったわ」
アリシアは幼い頃から美しいものに囲まれてきた。整った顔立ちの父と国随一の美女と謳われた母。豪華絢爛のドレスや眩いばかりの宝石たち。洗練された侍女と家臣。美しいものは何よりも価値あるものであり、醜いものは捨てられて当然であるという歪んだ価値観がアリシアには形成されていた。
ナタリーは決して醜くはないが、とりたてて美人でもない。自分と比べれば、その差は圧倒的だ。
(可哀そうな子)
「あの娘はリアンが婚約者の自分よりわたくしを守ることを承知していると言っていたわね」
「はい」
「でも、本当にそうなった時、あの娘は耐えられるのかしら?」
ねえ? とアリシアはナタリーのきれいな青い瞳を思い浮かべた。彼女の自分を見つめる瞳だけは澄んでいて、きれいだった。けれど、それだけだった。
(リアンもそのうち彼女に飽きて、本当に愛する人を思い出すはずです)
その愛する人が自分である、というところまで想像してアリシアは可憐に微笑んだ。
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