上 下
3 / 74

2. 暖かな日々

しおりを挟む
 ナタリーと過ごすようになって気づいたのは、彼女は人と会話する時あまり目を合わせてくれず、聞き取りづらい小さな声で話すということ。大勢の子と遊ぶとたいてい損な役回りを引き受けてしまうこと。一人でいると、いつもぼうっと何かを考えていること。あと――

「ナタリー、何しているんだ?」

 オーウェンが話しかけた時だけ、ほんの少し顔を赤くすること。彼女は必死に今しがた読んでいた本の内容をオーウェンに伝えている。二人の姿を目にして、リアンは立ち上がった。

「ナタリー、俺にも教えてくれ」

 ナタリーの隣に座り込み、なるべく優しい声で彼女に話しかける。だが結果は思い通りに行かず、彼女はびくりとリアンを怖がる目をした。それに挫けそうになったリアンだが、必死に己を鼓舞し、優しい笑顔を作った。

「俺も、きみが何を読んでいたか、知りたいんだ」

 ナタリーは人の反応に敏感だ。相手が自分に悪意を持っていれば刺激しないように身を竦めるし、好意であるならばそれに応えるよう懸命に相手と向き合う。

 臆病ではあるけれど、とても優しい子だ。

「う、うん。あのね、」

 つっかえながらも話始めたナタリーにリアンはやったと内心ガッツポーズした。ようやく子猫が逃げなくなったような気持ちだった。そんなリアンの心情を知ってか知らずか、オーウェンがナタリーの頭を撫でた。孤児院に来たばかりの頃とは違い、今や彼女の髪は綺麗に整えられていた。

「ナタリーはこんなに物事を知って、偉いなあ」
「そんなことないよ」

 また顔を赤くして微笑むナタリーに、リアンはまだまだオーウェンには敵わないなと内心肩を落とした。


 それでも孤児院に来た時と比べ、ナタリーはずいぶんとよく笑うようになった。オーウェンやリアンの前だと特にそれがはっきりと感じられ、リアンは誇らしかった。ただ、やはり時折何かに怯えたように周囲を見渡すのが気がかりで、リアンは焦燥感に駆られることが多くなった。

 ――彼女には笑っていて欲しい。

 そう思うのは自分よりも年下の、小さな存在ゆえの庇護欲からか。きっとそうだろうとリアンは思った。
 

 ナタリーはよく暇があると、一人で森の泉へと足を運ぶ。特に何をするわけでもなく、じっと泉の水面を眺めるのだ。その表情がどこか寂しそうで、今にも帰りたいと叫んでいるようで……その日偶然一緒に来ていたリアンは思わず彼女の手を引いた。

「リアン?」
「もう帰ろう、ナタリー」

 リアンの真剣な表情に彼女は素直にうなずいた。彼女が離れぬよう手を繋ぎ、もと来た道を戻り始める。考えてみれば、ここは彼女が拾われた場所でもある。泣いている彼女は連れて行かれ、結果的に屋敷の主人に酷い目に遭わされた。

 それがもう一度起こらないとは限らない。今日だってたまたま彼女と出会えたからよかったものの、一人だったら無理矢理誰かに連れ去られていたかもしれない。今度はもっと酷い残忍なやつに――

「ナタリー、もうあの泉には行くなよ」
「どうして?」
「それは……」

 ナタリーがどこか遠くに行ってしまいそうだったから。自分の隣から忽然と消えてしまいそうに感じたから。そんなのとても耐えられないから。

「……危ないだろ。こんな森の中。だからもう行くな」

 リアンは本当の気持ちを素直に言えず、誤魔化すように言った。今言ったことも嘘じゃないと自分に言い聞かせながら。ナタリーは不思議そうにリアンを見つめていたが、やがてわかったと頷いた。

「心配させてごめんね」

 別に謝ってほしい訳ではない。ただ彼女がここではないどこか別の場所へとある日ふらりと行ってしまいそうで怖いのだ。

「なあ、ナタリー」
「なあに、リアン」

 草木の香り。かさりと踏まれた葉っぱの音に、小鳥のさえずる美しい歌声。暖かな日差しが木々の間から差し込み、昼の森は光であふれていた。ナタリーにはずっとこんな場所にいて欲しいと、漠然とリアンは思った。

「まだ、怖いか?」

 何が、とは確かな言葉で伝えることができずに、ひどく曖昧な問いとなってしまった。ナタリーも意味を測りかねたのか、きょとんとした表情でリアンを見上げる。

「リアンは平気だよ」

 えっ、と彼は思わずその場に立ち止まる。自然と彼女もリアンと向き合うようにして恥ずかしそうに微笑んだ。その笑みに自然とリアンは何かを期待してしまう。

「だって、女の子みたいに綺麗だもの」
「……それは、あんまり嬉しくないな」

 ふふ、とナタリーは微笑んだ。まあ、彼女に怖がられるよりましかとリアンは思い、よしとすることにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】淑女の顔も二度目まで

凛蓮月
恋愛
 カリバー公爵夫人リリミアが、執務室のバルコニーから身投げした。  彼女の夫マクルドは公爵邸の離れに愛人メイを囲い、彼には婚前からの子どもであるエクスもいた。  リリミアの友人は彼女を責め、夫の親は婚前子を庇った。  娘のマキナも異母兄を慕い、リリミアは孤立し、ーーとある事件から耐え切れなくなったリリミアは身投げした。  マクルドはリリミアを愛していた。  だから、友人の手を借りて時を戻す事にした。  再びリリミアと幸せになるために。 【ホットランキング上位ありがとうございます(゚Д゚;≡;゚Д゚)  恐縮しておりますm(_ _)m】 ※最終的なタグを追加しました。 ※作品傾向はダーク、シリアスです。 ※読者様それぞれの受け取り方により変わるので「ざまぁ」タグは付けていません。 ※作者比で一回目の人生は胸糞展開、矛盾行動してます。自分で書きながら鼻息荒くしてます。すみません。皆様は落ち着いてお読み下さい。 ※甘い恋愛成分は薄めです。 ※時戻りをしても、そんなにほいほいと上手く行くかな? というお話です。 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※他サイト様でも公開しています。

処理中です...