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夫婦の約束
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結婚の手続きだけはその日のうちになんとか済ませ、式は改めて挙げたいと言われた。彼の所有する屋敷の一つに着いて、椅子に腰かけた所だった。
「あなたが落ち着くまで、待ってもいい」
ずいぶんな譲歩にクロエは不思議そうにアルベリクを見つめた。
「あなた、もともとわたしと結婚するつもりだったんでしょう? 今さらそんな待ってもいいって、どういうこと?」
アルベリクのことだからすぐにでも結婚式を挙げようと言い出すかと思っていた。
「あの時は……とにかくあなたをあの屋敷から連れ出したかった」
「結婚はしたくなかったということ?」
違う、と即答される。
「結婚も、もちろん今すぐにでもしたい。だがあなたの傷心中につけ込むことは、したくない」
「あなたって……」
強引なんだか律儀なんだか空気が読めないんだか、はっきりして欲しい。
(というより、もう夫婦にはなってしまったのだから)
今さらではないの?
……と思ったけれど、口にするとアルベリクのよくわからない言い訳を聞く羽目になりそうなので、黙っておいた。たぶん彼にとって役所で手続きを済ませることと、神の前で愛を誓い合うことは全く別の意味を持っているのだろう。
(式を挙げて初めて夫婦になれたと思っていそう……)
たぶん、いや絶対そうだ。
「……とりあえず、あなたのご両親に挨拶してもいいかしら?」
口にしてふと思う。彼はどこまで話しているのだろう。うっかり花嫁を攫ってきたとか知ったら、普通の親なら卒倒する出来事だ。
「両親には、俺があなたと一緒になりたいということは以前から伝えてある。兄と弟も知っている」
「家族全員ってこと?」
そんなにいろんな人に伝えていたのかとクロエは驚く。そしてやっぱりこの人と一緒になってよかったのかしらと不安にもなった。
「いや、最初は両親にだけ伝えたんだが……俺の行動に疑問を持った兄と弟にあれこれ聞かれて、答えているうちに知られてしまった」
「なるほど」
まぁ、ほぼ毎週通い詰めていたのだ。詮索せざるを得ないだろう。
(ご家族の方、わたしのことどう思っていらっしゃるかしら……)
大事な息子が悪い女に誑かされたとでも思っていないだろうか。
(兄さん絶対騙されてる! ってご兄弟の方に言われたりしないかしら……お前なんかに息子は渡せないって、どうしても結婚するなら親子の縁を切るって……)
もしそうなっても、アルベリクはクロエを選ぶだろう。クロエもアルベリクしかいないので二人で生きていくしかない。彼の人生を狂わせてしまったのはクロエのせいでもある。こうなってしまったからには最後まで責任は取ろう。
宝石など、少しは持たせてもらったのでまずはそれを売って、住む場所を借りよう。それから働き口を探す。学校で学んだことを少しでも活かせる職業がいいが、贅沢は言わない。
「クロエ」
一人あれこれと考えを整理していると、何やら難しい顔をしたアルベリクが目の前にいる。椅子に座ったクロエに誓うように跪いている姿はあの時のことを思い出させ、落ち着かない気にさせた。
「あの、アルベリクさま、」
「俺はあなたが嫌がることはしない。夫婦の営みをしたくないならしなくていいし、子どもも産みたくないなら二人で楽しく暮らそう。勉強がまたしたいなら、今からでも学校に通っていいし、家庭教師をつけてもいい。それから、」
「ちょ、ちょっと待って」
次から次へと飛び出す言葉にクロエは目を白黒させる。
「何か、不満な点があったか?」
「いえ、そうではなくて……」
不満というか、疑問だらけである。
「わたし、あなたときちんと夫婦になりたいの」
「しかし、」
「あなたが、わたしのために一生懸命考えて、提案してくれたことはわかったわ。……正直戸惑いの方が大きいけれど、その、嬉しいわ」
アルベリクの顔がその言葉通りに輝く。
「でも、あなたもちゃんと幸せになるべきよ。それが夫婦というものでしょう?」
「俺はあなたがそばにいてくれるだけで、すでに幸せなんだが」
「そういうのはいいの」
ぴしゃりと言い返す。
「そういう、自己犠牲はやめて。あなたは幸せかもしれないけれど、わたしはちっとも、」
嬉しくない、と言いかけたところでハッとした。今まで姉に向けていたものと似ていると思ったのだ。
(お姉さまも、傷ついていたのだろうか)
「クロエ?」
大丈夫かと言いたげな視線に、こくりと頷く。
「……わたしはそういうのは望まない。お互いに平等に、幸せを分かち合うべきだわ」
「クロエ……」
自分で言っておきながらなんだか恥ずかしくなってくる。これではまるで教会で神父が新郎新婦に確認する言葉ではないか。なぜそれを自分が彼に説明せねばならないのだ。
「とにかく! あなたもこうしたいという自分の意見をきちんと言って。わたしに、遠慮しないで」
約束して、とアルベリクの手を握りしめる。
「ああ、約束しよう」
本当にわかっているのかしら? とクロエは思ったけれど、すでに疲労で限界だったので話はお終いにして休むことにした。その際彼は律儀に部屋を分けて寝ることを提案したので、やはり式を挙げるまで夫婦になったとは思っていないようである。
「あなたが落ち着くまで、待ってもいい」
ずいぶんな譲歩にクロエは不思議そうにアルベリクを見つめた。
「あなた、もともとわたしと結婚するつもりだったんでしょう? 今さらそんな待ってもいいって、どういうこと?」
アルベリクのことだからすぐにでも結婚式を挙げようと言い出すかと思っていた。
「あの時は……とにかくあなたをあの屋敷から連れ出したかった」
「結婚はしたくなかったということ?」
違う、と即答される。
「結婚も、もちろん今すぐにでもしたい。だがあなたの傷心中につけ込むことは、したくない」
「あなたって……」
強引なんだか律儀なんだか空気が読めないんだか、はっきりして欲しい。
(というより、もう夫婦にはなってしまったのだから)
今さらではないの?
……と思ったけれど、口にするとアルベリクのよくわからない言い訳を聞く羽目になりそうなので、黙っておいた。たぶん彼にとって役所で手続きを済ませることと、神の前で愛を誓い合うことは全く別の意味を持っているのだろう。
(式を挙げて初めて夫婦になれたと思っていそう……)
たぶん、いや絶対そうだ。
「……とりあえず、あなたのご両親に挨拶してもいいかしら?」
口にしてふと思う。彼はどこまで話しているのだろう。うっかり花嫁を攫ってきたとか知ったら、普通の親なら卒倒する出来事だ。
「両親には、俺があなたと一緒になりたいということは以前から伝えてある。兄と弟も知っている」
「家族全員ってこと?」
そんなにいろんな人に伝えていたのかとクロエは驚く。そしてやっぱりこの人と一緒になってよかったのかしらと不安にもなった。
「いや、最初は両親にだけ伝えたんだが……俺の行動に疑問を持った兄と弟にあれこれ聞かれて、答えているうちに知られてしまった」
「なるほど」
まぁ、ほぼ毎週通い詰めていたのだ。詮索せざるを得ないだろう。
(ご家族の方、わたしのことどう思っていらっしゃるかしら……)
大事な息子が悪い女に誑かされたとでも思っていないだろうか。
(兄さん絶対騙されてる! ってご兄弟の方に言われたりしないかしら……お前なんかに息子は渡せないって、どうしても結婚するなら親子の縁を切るって……)
もしそうなっても、アルベリクはクロエを選ぶだろう。クロエもアルベリクしかいないので二人で生きていくしかない。彼の人生を狂わせてしまったのはクロエのせいでもある。こうなってしまったからには最後まで責任は取ろう。
宝石など、少しは持たせてもらったのでまずはそれを売って、住む場所を借りよう。それから働き口を探す。学校で学んだことを少しでも活かせる職業がいいが、贅沢は言わない。
「クロエ」
一人あれこれと考えを整理していると、何やら難しい顔をしたアルベリクが目の前にいる。椅子に座ったクロエに誓うように跪いている姿はあの時のことを思い出させ、落ち着かない気にさせた。
「あの、アルベリクさま、」
「俺はあなたが嫌がることはしない。夫婦の営みをしたくないならしなくていいし、子どもも産みたくないなら二人で楽しく暮らそう。勉強がまたしたいなら、今からでも学校に通っていいし、家庭教師をつけてもいい。それから、」
「ちょ、ちょっと待って」
次から次へと飛び出す言葉にクロエは目を白黒させる。
「何か、不満な点があったか?」
「いえ、そうではなくて……」
不満というか、疑問だらけである。
「わたし、あなたときちんと夫婦になりたいの」
「しかし、」
「あなたが、わたしのために一生懸命考えて、提案してくれたことはわかったわ。……正直戸惑いの方が大きいけれど、その、嬉しいわ」
アルベリクの顔がその言葉通りに輝く。
「でも、あなたもちゃんと幸せになるべきよ。それが夫婦というものでしょう?」
「俺はあなたがそばにいてくれるだけで、すでに幸せなんだが」
「そういうのはいいの」
ぴしゃりと言い返す。
「そういう、自己犠牲はやめて。あなたは幸せかもしれないけれど、わたしはちっとも、」
嬉しくない、と言いかけたところでハッとした。今まで姉に向けていたものと似ていると思ったのだ。
(お姉さまも、傷ついていたのだろうか)
「クロエ?」
大丈夫かと言いたげな視線に、こくりと頷く。
「……わたしはそういうのは望まない。お互いに平等に、幸せを分かち合うべきだわ」
「クロエ……」
自分で言っておきながらなんだか恥ずかしくなってくる。これではまるで教会で神父が新郎新婦に確認する言葉ではないか。なぜそれを自分が彼に説明せねばならないのだ。
「とにかく! あなたもこうしたいという自分の意見をきちんと言って。わたしに、遠慮しないで」
約束して、とアルベリクの手を握りしめる。
「ああ、約束しよう」
本当にわかっているのかしら? とクロエは思ったけれど、すでに疲労で限界だったので話はお終いにして休むことにした。その際彼は律儀に部屋を分けて寝ることを提案したので、やはり式を挙げるまで夫婦になったとは思っていないようである。
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