上 下
19 / 33

姉の真意

しおりを挟む
 姉は何を考えているのだろう。

「クロエ」
「……アルベリク様」

 わからないといえば、この男もだ。以前の騒動などまるでなかったように目の前に座っている。また王都で買ったという手土産も一緒にクロエの機嫌をとろうとしている。

「どこか具合でも悪いのか」

(ええ。あなたのおかげでね)

「いいえ、どこも悪くありませんわ」
「クロエ。アルベリク様が心配なさっているのに、その言い方はあんまりよ」

 エリーヌも同席しており、妹の物言いをやんわりと咎める。彼女がここにいるのは、アルベリクとクロエを二人きりにさせないため。いわゆるお目付け役である。ラコスト夫人はエリーヌからのお願いで、今回は席を外してもらっている。

(こんなことしたって……)

 意味ないのに。クロエがアルベリクを好きになることはないのに。

「アルベリク様は士官学校に通っていらっしゃるそうですね」

 気乗りでない妹をよそに、エリーヌが話を進めていく。

「卒業後はやはり軍に所属することになるのかしら」
「ええ、普通はそうですね」
「やはり軍となると、危険が伴ったお仕事もなさるのかしら」
「そうですね。どこの部隊に所属するかにもよりますが、国を守るのが基本的に仕事ですから、多少の危険はあるでしょう」

 姉とアルベリクばかり話している。一人会話に入らないクロエが気になったのか、アルベリクがちらりとこちらを見た。

「クロエ。あなたには何か夢はないのか」
「夢、ですか」

 夢と言われても、クロエには特にない。

「アルベリク様。年頃の少女の夢なんて、一つしかありませんわ」

 なんては言おうかと思っていると、エリーヌが代わりに答えてくれた。

「それは何でしょうか」

 歳が上なせいか、姉に対してアルベリクはいつも丁寧な言葉づかいで話す。対してクロエには幾分砕けた口調である。士官学校に通っているとなると年もそう変わらないのかもしれない。アルベリクの年齢すら、クロエは知らなかった。知りたいと思わなかった。

「ふふ。それはお嫁さんですわ」
「お嫁さん……結婚することですか?」
「ええ。でも誰とでも結婚したいのではなくて、好きな人と結婚するのが夢なんです」

 ね? と姉がクロエの方を向いて、軽く手を重ねてきた。クロエは返答に詰まる。だって自分は結婚に対して特に憧れを抱いているわけではない。

 むしろ母と父のことがあって、愛し合った夫婦というのは幻想のような気がしていた。

「ええ、そうですね……」

 でも違うと答えるのは、姉の夢を否定するようで気が引けた。それにだったら何がおまえの夢なのだと聞かれても、はっきりとした答えはなかった。だから結局姉の返事に同意した。

「ほら、女の子はやっぱり結婚して家庭を築くことが一番の幸せなんですわ」
「そうですか。私はてっきり、違うことかと思いました」

 アルベリクがまたこちらに視線を向けてきたのでぎくりとする。彼の目はいつも自分を見透かそうとする。

「まぁ違うって、何を想像なさったの?」
「そうですね……少なくとも好いた人間と結婚するというのは、私には想像できませんでした」
「そうかしら。確かにクロエはそっけない所がありますけど……でも、この子も女性ですわ」

 それに、と姉は何でもないことのように続けた。

「愛し合った末に生まれた子どもなら、やっぱり子どももそういう運命を辿るのではないかしら」

 クロエは顔を上げる。聞き間違いだろうかと思った。でもエリーヌは、クロエと顔を合わせて「ね?」と微笑んでいる。

「あなたのお母様とお父様は本当に互いを愛し合っていらしたわ。だからあなたも、きっと素敵な方と結婚できるはずよ」

(どうして、そんなこと……)

 両親が愛し合っていた? 素敵な相手と結婚できる?

(そんなの、)

「クロエ。顔色が悪いが」
「……ごめんなさい。少し、気分が悪くなって……失礼しても、構いませんか」
「まぁ、クロエ。大丈夫?」

 真っ青になった妹を、エリーヌがひどく心配した顔で気にかける。部屋まで付き添うことを申し出る姉に、クロエは大丈夫だと首を振った。

「お姉さまはアルベリク様のお相手をしてあげて」

 逃げるように、その場を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

その日がくるまでは

キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。 私は彼の事が好き。 今だけでいい。 彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。 この想いを余す事なく伝えたい。 いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。 わたしは、彼に想いを伝え続ける。 故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。 ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。 確実に訪れる、別れのその日がくるまで。 完全ご都合、ノーリアリティです。 誤字脱字、お許しくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

処理中です...