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求婚
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クロエはぼんやりと椅子に腰かけていた。昼間だというのに分厚いカーテンが敷かれ、外の風景を見るなと命じられている。鍵が外からかけられ、中で使用人が見張りについているのはクロエが二度度勝手な真似をしないようにするためであった。
(あの人、また来たんだ)
あれだけ無礼な口を叩いたというのに……。
もしかするとクロエの激昂に思う所があって、真面目に姉と接するようになって、エリーヌに惚れたのかもしれない……そんなことを考えていると、何やら部屋の外が騒がしいことに気づいた。誰かと誰かが言い争う声。メイドが戸惑った顔をして扉へ近づくと、外側から開いた。
「クロエ」
「モラン様……」
今まさに考えていた人物が室内に飛び込んできて、さすがのクロエも呆気にとられる。
「クロエ。アルベリク様があなたとぜひお話したいそうよ」
苦々しい顔つきをした夫人がアルベリクの後ろからそう付け加えた。
「クロエ。元気だったか」
客間にクロエも移動し、アルベリクは以前のことなど何もなかったかのように話している。
「クロエ?」
「あ……ええ、元気、でしたわ……」
「アルベリク様。クロエは恥ずかしがり屋なんです」
いまだ状況を飲み込めないクロエを置き去りにしたまま、エリーヌもアルベリクとの会話に入ってゆく。
(どうしてそんな嬉しそうにしているの?)
いっそ一人しかめっ面を貫き通しているラコスト夫人の方がよっぽど理解できるというものだ。
「クロエ。王都で有名な菓子を買ってきたんだ。よかったら一口食べてみてくれないか」
「まぁ、クロエ。アルベリク様がわざわざあなたのために買ってきて下さったんですって。食べてごらんなさいよ」
勧められるまま口にしても、味などいまいちわからない。のんきに「美味しいか?」とたずねてくるアルベリクにクロエはとうとう切り出した。
「……モラン様、今日は一体何のご用で家にいらっしゃったのですか」
「あなたと会うためだ」
照れもせず、きっぱりとアルベリクは答えた。ガシャンという音が鳴った。ラコスト夫人がカップをソーサーに叩きつけるようにして置いた音である。
「モラン様。何かの聞き間違いでしょうか? 今エリーヌではなくクロエと聞こえましたが」
「いいえ、言い間違いではありません。この際だからはっきりと申し上げますが、俺はクロエに会うためにこの屋敷に通っていました。そして、」
怒りでわなわなと震える夫人に少しも躊躇せず、アルベリクは「クロエに結婚を申し込むつもりです」と言い切った。
「何ですって!?」
驚いたのはラコスト夫人だけではない。クロエもまた男のとんでもない発言に仰天した。
(何を言っているのこの人!?)
「そんなこと許せるわけないでしょう!?」
悲鳴じみた声で夫人は叫ぶ。
「許してもらうまで、こちらに通わせてもらうつもりです」
アルベリクは夫人からクロエに視線を向ける。唖然としていた彼女はびくりと肩を震わせた。
「クロエ。俺と結婚して欲しい」
「そんなの許しません!!」
答えたのはクロエではなくラコスト夫人であった。彼女は立ち上がり、かつてクロエの母を罵倒した時と同じ顔でアルベリクに怒鳴った。
「こんな卑しい娘と結婚したいだなんて……いいですか。あなたはご存知ないでしょうが、この娘はラコスト家の正式な子どもではないんですのよ? 貴族でも何でもない血が流れていますのよ? あなた、それでもこの娘と結婚するというのですか?」
「はい。私は血筋は気にしません」
アルベリクは即答する。
「私の家は兄が継ぐ予定ですし、両親もおまえの好きにすればいいと言ってくれています。何も問題はありません」
彼がどこまでも冷静な態度で返事をすればするほど、義母の顔は恐ろしくなっていく。クロエは夫人の激怒に幼い頃を思い出し、一歩も動けずにいた。声も出なかった。
「お母様。そんなに怒らないで」
場を諌めたのはエリーヌであった。
(お姉さま……)
「こうなってしまったからには、どうしようもないわ」
「エリーヌ!?」
「クロエ。あなたはアルベリク様のことどう思っているの?」
「わたしは……」
姉にひたと見つめられ、クロエは何とか掠れた声を絞り出す。アルベリクの期待するような眼差し。絶対に断れという夫人の圧力。
そして何を考えているかわからない姉の静かな眼差し。
「結婚は、できません」
「クロエ……」
落胆したアルベリクに、ほらみろと夫人は鼻で笑った。
「クロエ。私のことは気にしないでいいのよ」
どうして姉はこんな時でも微笑んでいられるのだろう。
(アルベリク様のこと、好きではないの?)
それとも無理矢理平気な振りを装っているの? だとしたらやはりクロエは応えるわけにはいかない。そもそも自分は……
「わたしはアルベリク様のこと、特に何とも思っておりません。結婚もいつかしなければならないと思っていますが、誰かの反対を招いてまでするつもりはありません」
どうか諦めて下さいとクロエはアルベリクに対して頭を下げた。
「クロエ。望みがあるのならば俺は諦めない」
今日のところは失礼する、とアルベリクは帰って行った。
(あの人、また来たんだ)
あれだけ無礼な口を叩いたというのに……。
もしかするとクロエの激昂に思う所があって、真面目に姉と接するようになって、エリーヌに惚れたのかもしれない……そんなことを考えていると、何やら部屋の外が騒がしいことに気づいた。誰かと誰かが言い争う声。メイドが戸惑った顔をして扉へ近づくと、外側から開いた。
「クロエ」
「モラン様……」
今まさに考えていた人物が室内に飛び込んできて、さすがのクロエも呆気にとられる。
「クロエ。アルベリク様があなたとぜひお話したいそうよ」
苦々しい顔つきをした夫人がアルベリクの後ろからそう付け加えた。
「クロエ。元気だったか」
客間にクロエも移動し、アルベリクは以前のことなど何もなかったかのように話している。
「クロエ?」
「あ……ええ、元気、でしたわ……」
「アルベリク様。クロエは恥ずかしがり屋なんです」
いまだ状況を飲み込めないクロエを置き去りにしたまま、エリーヌもアルベリクとの会話に入ってゆく。
(どうしてそんな嬉しそうにしているの?)
いっそ一人しかめっ面を貫き通しているラコスト夫人の方がよっぽど理解できるというものだ。
「クロエ。王都で有名な菓子を買ってきたんだ。よかったら一口食べてみてくれないか」
「まぁ、クロエ。アルベリク様がわざわざあなたのために買ってきて下さったんですって。食べてごらんなさいよ」
勧められるまま口にしても、味などいまいちわからない。のんきに「美味しいか?」とたずねてくるアルベリクにクロエはとうとう切り出した。
「……モラン様、今日は一体何のご用で家にいらっしゃったのですか」
「あなたと会うためだ」
照れもせず、きっぱりとアルベリクは答えた。ガシャンという音が鳴った。ラコスト夫人がカップをソーサーに叩きつけるようにして置いた音である。
「モラン様。何かの聞き間違いでしょうか? 今エリーヌではなくクロエと聞こえましたが」
「いいえ、言い間違いではありません。この際だからはっきりと申し上げますが、俺はクロエに会うためにこの屋敷に通っていました。そして、」
怒りでわなわなと震える夫人に少しも躊躇せず、アルベリクは「クロエに結婚を申し込むつもりです」と言い切った。
「何ですって!?」
驚いたのはラコスト夫人だけではない。クロエもまた男のとんでもない発言に仰天した。
(何を言っているのこの人!?)
「そんなこと許せるわけないでしょう!?」
悲鳴じみた声で夫人は叫ぶ。
「許してもらうまで、こちらに通わせてもらうつもりです」
アルベリクは夫人からクロエに視線を向ける。唖然としていた彼女はびくりと肩を震わせた。
「クロエ。俺と結婚して欲しい」
「そんなの許しません!!」
答えたのはクロエではなくラコスト夫人であった。彼女は立ち上がり、かつてクロエの母を罵倒した時と同じ顔でアルベリクに怒鳴った。
「こんな卑しい娘と結婚したいだなんて……いいですか。あなたはご存知ないでしょうが、この娘はラコスト家の正式な子どもではないんですのよ? 貴族でも何でもない血が流れていますのよ? あなた、それでもこの娘と結婚するというのですか?」
「はい。私は血筋は気にしません」
アルベリクは即答する。
「私の家は兄が継ぐ予定ですし、両親もおまえの好きにすればいいと言ってくれています。何も問題はありません」
彼がどこまでも冷静な態度で返事をすればするほど、義母の顔は恐ろしくなっていく。クロエは夫人の激怒に幼い頃を思い出し、一歩も動けずにいた。声も出なかった。
「お母様。そんなに怒らないで」
場を諌めたのはエリーヌであった。
(お姉さま……)
「こうなってしまったからには、どうしようもないわ」
「エリーヌ!?」
「クロエ。あなたはアルベリク様のことどう思っているの?」
「わたしは……」
姉にひたと見つめられ、クロエは何とか掠れた声を絞り出す。アルベリクの期待するような眼差し。絶対に断れという夫人の圧力。
そして何を考えているかわからない姉の静かな眼差し。
「結婚は、できません」
「クロエ……」
落胆したアルベリクに、ほらみろと夫人は鼻で笑った。
「クロエ。私のことは気にしないでいいのよ」
どうして姉はこんな時でも微笑んでいられるのだろう。
(アルベリク様のこと、好きではないの?)
それとも無理矢理平気な振りを装っているの? だとしたらやはりクロエは応えるわけにはいかない。そもそも自分は……
「わたしはアルベリク様のこと、特に何とも思っておりません。結婚もいつかしなければならないと思っていますが、誰かの反対を招いてまでするつもりはありません」
どうか諦めて下さいとクロエはアルベリクに対して頭を下げた。
「クロエ。望みがあるのならば俺は諦めない」
今日のところは失礼する、とアルベリクは帰って行った。
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