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不愉快な問いかけ
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「は?」
なぜそんなことを? とクロエは困惑する。そんな彼女の顔をアルベリクは見逃さないようじっと見つめて、理由を明かす。
「俺がせっかくだからあなたも呼んでみんなで話しましょうと言っても、夫人もエリーヌ嬢もクロエはいいんですと呼ばないんだ」
(お姉さまも?)
ラコスト夫人はわかる。彼女は自分のことを毛嫌いしているから。でもエリーヌは何だかんだ言って呼んでくれると思っていたので、クロエは内心ショックを隠せなかった。
(いいえ、お姉さまはきっと恋しているから、不安なんだわ)
なるべくアルベリクに自分だけを見て欲しいのだ。独占欲。嫉妬。恋する人間らしい行動じゃないか。
「俺がどうしてかとたずねれば、夫人はあなたが病気がちだと答えた」
……なるほど。それで先ほどの質問というわけか。
「どうなんだ、教えてくれ」
クロエは少し考えた末、しおらしく頷いた。
「……ええ、本当です。昔から身体が弱いんです」
「身体が弱いのに遠く離れた学校に通っていたのか?」
「わたしが通いたいと、無理に頼んだんです。でも結局やめる羽目になって、あの日あなたに助けてもらった日は、最後に街の風景を楽しみたいと思ったからです」
スラスラとそれっぽい言い訳を口にすれば、アルベリクは黙り込む。嘘をついてしまったことは心苦しいが、現状を見れば一番納得できる説明な気がした。
けれどアルベリクは「おかしい」と異議を唱えた。
「ならばお見舞いとして、せめてあなたに会わせてくれと俺は夫人に申し出た」
「大切なお客様ですもの。移してはいけないと思ったのでしょう」
移る病気とはどんなものか。だったら今こうして会っているのは大丈夫なのか、という話になるわけだが、クロエは平静を装って、さも当然でしょうというように答えた。アルベリクも今度は否定しなかった。
「ああ、夫人も同じことを俺に言った。だがそれでも構わないと俺は答えたんだ」
「……」
「すると夫人は、実は娘は今王都で療養中なのですと答えた。何でも名医がいるそうで、診てもらえれば良くなるのではないかと思っての行動らしい」
「……そうです。だから今、こうして外に出ていても平気なんです」
「そうか。だが俺はその後王都へ行き、名医と言われる名医を片っ端から訪ねて、クロエ・ラコストという患者がいないかどうか聞いた。だがそんな患者は知らないと、誰もが答えた」
当然だ。クロエは病人などではないのだから。
「あなたは病人ではないのだろう?」
答えられないのは、肯定しているようなものだ。
「どうして夫人はそんな嘘をついてまで、あなたを俺に会わせようとしなかったのだろうか」
なんて執念深い人なんだろう。クロエはなんだか気味が悪くなってきた。気のいい青年だと思っていたが、思い違いをしていたかもしれない。
「モラン様。そんなたいそうな理由はありませんわ。お義母さまは、あなたとお姉さまに結ばれて欲しいから、第三者の人間を間に挟まないように考慮したのです」
そもそも少し考えればわかることじゃないか。若い娘に、その母親。まだ許嫁でもない男を喜んで家に招き入れれば、もしかしたらと思うものじゃないのか。
それなのにアルベリクは少しもその可能性がないと言いたげな顔である。
「そうか」
そしてこの回答である。あまりにも淡々としていて、クロエは言葉を失う。
「そうか、って……本当にわかりましたの?」
「ああ。俺はエリーヌ嬢と結婚することを、夫人に期待されているのだろう?」
(お姉さまもあなたのことが好きなのよ!)
そう言いたいけれど、本人より先に告げるのはいろいろまずい気がしてグッと我慢する。
「……とにかく、あなたの質問にはお答えしました。状況も理解されて、これ以上わたしがあなたに付き合う必要はありません」
「疑問はまだある。病人ではないのならば、どうしてあなたは閉じ込められている」
「だからそれは、」
「学校をやめたのはどうしてだ」
「それは、」
「先ほどはなぜあんなにも急いでいた。少しうたた寝していたくらいで、なぜまずいことになったという顔をしたんだ?」
じりじりと追いつめるような話し方は止まらない。相手が納得できる言い訳を考える暇も与えられない。
「勝手だがあなたのことを少し調べさせてもらった。あなたは本当の母親が亡くなって、伯爵も亡くなって……それでひょっとしたら学校を無理矢理やめさせられて、今夫人に自由を奪われているんじゃないかと、」
「いい加減にして下さい」
自分でも聞いたことのない冷たい口調。アルベリクは大きく目を見開いて、クロエを見つめた。まさか彼女がこんな態度をとるなんて――そんな心情がありありと伝わってくる。
不愉快極まりなかった。
「事情を知ったからどうというのです。あなたの目には、わたしはさぞ可哀想な境遇の女の子で、庇護欲をかきたてる存在に映ったのですか? 自分が助けなくてはならないとご立派な正義感が働いたのですか?」
余計なお世話だとクロエは冷たく笑った。
「わたしは自分を可哀想だなんて思っていませんし、夫人に酷いこともされていません。学校をやめたのは、勉強するのが面倒だと思ったからです。わたしの我儘です」
こんなふうに殿方を言い負かす――というより、一方的に捲し立てるのは初めてだった。考えてみれば異性と会う機会はほぼ皆無であり、アルベリクとの出会いは偶然が重なった奇跡に近いものなのかもしれない。エリーヌならば、運命だと思っただろう。
だがクロエは特に何も思わなかった。むしろ今になっては厄介な人と遭遇してしまったという気すらしてくる。
「あなたの憶測で我が家に入り込むのはおやめください。姉に何の感情もないのなら、もうこの家に訪れるのはよして下さい」
なぜそんなことを? とクロエは困惑する。そんな彼女の顔をアルベリクは見逃さないようじっと見つめて、理由を明かす。
「俺がせっかくだからあなたも呼んでみんなで話しましょうと言っても、夫人もエリーヌ嬢もクロエはいいんですと呼ばないんだ」
(お姉さまも?)
ラコスト夫人はわかる。彼女は自分のことを毛嫌いしているから。でもエリーヌは何だかんだ言って呼んでくれると思っていたので、クロエは内心ショックを隠せなかった。
(いいえ、お姉さまはきっと恋しているから、不安なんだわ)
なるべくアルベリクに自分だけを見て欲しいのだ。独占欲。嫉妬。恋する人間らしい行動じゃないか。
「俺がどうしてかとたずねれば、夫人はあなたが病気がちだと答えた」
……なるほど。それで先ほどの質問というわけか。
「どうなんだ、教えてくれ」
クロエは少し考えた末、しおらしく頷いた。
「……ええ、本当です。昔から身体が弱いんです」
「身体が弱いのに遠く離れた学校に通っていたのか?」
「わたしが通いたいと、無理に頼んだんです。でも結局やめる羽目になって、あの日あなたに助けてもらった日は、最後に街の風景を楽しみたいと思ったからです」
スラスラとそれっぽい言い訳を口にすれば、アルベリクは黙り込む。嘘をついてしまったことは心苦しいが、現状を見れば一番納得できる説明な気がした。
けれどアルベリクは「おかしい」と異議を唱えた。
「ならばお見舞いとして、せめてあなたに会わせてくれと俺は夫人に申し出た」
「大切なお客様ですもの。移してはいけないと思ったのでしょう」
移る病気とはどんなものか。だったら今こうして会っているのは大丈夫なのか、という話になるわけだが、クロエは平静を装って、さも当然でしょうというように答えた。アルベリクも今度は否定しなかった。
「ああ、夫人も同じことを俺に言った。だがそれでも構わないと俺は答えたんだ」
「……」
「すると夫人は、実は娘は今王都で療養中なのですと答えた。何でも名医がいるそうで、診てもらえれば良くなるのではないかと思っての行動らしい」
「……そうです。だから今、こうして外に出ていても平気なんです」
「そうか。だが俺はその後王都へ行き、名医と言われる名医を片っ端から訪ねて、クロエ・ラコストという患者がいないかどうか聞いた。だがそんな患者は知らないと、誰もが答えた」
当然だ。クロエは病人などではないのだから。
「あなたは病人ではないのだろう?」
答えられないのは、肯定しているようなものだ。
「どうして夫人はそんな嘘をついてまで、あなたを俺に会わせようとしなかったのだろうか」
なんて執念深い人なんだろう。クロエはなんだか気味が悪くなってきた。気のいい青年だと思っていたが、思い違いをしていたかもしれない。
「モラン様。そんなたいそうな理由はありませんわ。お義母さまは、あなたとお姉さまに結ばれて欲しいから、第三者の人間を間に挟まないように考慮したのです」
そもそも少し考えればわかることじゃないか。若い娘に、その母親。まだ許嫁でもない男を喜んで家に招き入れれば、もしかしたらと思うものじゃないのか。
それなのにアルベリクは少しもその可能性がないと言いたげな顔である。
「そうか」
そしてこの回答である。あまりにも淡々としていて、クロエは言葉を失う。
「そうか、って……本当にわかりましたの?」
「ああ。俺はエリーヌ嬢と結婚することを、夫人に期待されているのだろう?」
(お姉さまもあなたのことが好きなのよ!)
そう言いたいけれど、本人より先に告げるのはいろいろまずい気がしてグッと我慢する。
「……とにかく、あなたの質問にはお答えしました。状況も理解されて、これ以上わたしがあなたに付き合う必要はありません」
「疑問はまだある。病人ではないのならば、どうしてあなたは閉じ込められている」
「だからそれは、」
「学校をやめたのはどうしてだ」
「それは、」
「先ほどはなぜあんなにも急いでいた。少しうたた寝していたくらいで、なぜまずいことになったという顔をしたんだ?」
じりじりと追いつめるような話し方は止まらない。相手が納得できる言い訳を考える暇も与えられない。
「勝手だがあなたのことを少し調べさせてもらった。あなたは本当の母親が亡くなって、伯爵も亡くなって……それでひょっとしたら学校を無理矢理やめさせられて、今夫人に自由を奪われているんじゃないかと、」
「いい加減にして下さい」
自分でも聞いたことのない冷たい口調。アルベリクは大きく目を見開いて、クロエを見つめた。まさか彼女がこんな態度をとるなんて――そんな心情がありありと伝わってくる。
不愉快極まりなかった。
「事情を知ったからどうというのです。あなたの目には、わたしはさぞ可哀想な境遇の女の子で、庇護欲をかきたてる存在に映ったのですか? 自分が助けなくてはならないとご立派な正義感が働いたのですか?」
余計なお世話だとクロエは冷たく笑った。
「わたしは自分を可哀想だなんて思っていませんし、夫人に酷いこともされていません。学校をやめたのは、勉強するのが面倒だと思ったからです。わたしの我儘です」
こんなふうに殿方を言い負かす――というより、一方的に捲し立てるのは初めてだった。考えてみれば異性と会う機会はほぼ皆無であり、アルベリクとの出会いは偶然が重なった奇跡に近いものなのかもしれない。エリーヌならば、運命だと思っただろう。
だがクロエは特に何も思わなかった。むしろ今になっては厄介な人と遭遇してしまったという気すらしてくる。
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