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取り残された花嫁

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 床までつく白いドレス。オレンジの花飾りで髪を彩り、薄いヴェールを被った花嫁の顔は困ったように微笑んでいた。

「どういうこと?」

 クロエは震える声で姉に問いかけた。

「部屋に書き置きが残してあったそうなの。他に好きな人がいて、どうしてもその人と結婚したいから家を出ていきます、って……」

 花婿に逃げられた花嫁は落ち着いた様子で事実を説明する。クロエの方が発狂しそうであった。

「なに、それ……他の女と駆け落ちしたってこと?」
「ええ。私の他に愛する人がいたみたい」

 他人事のように話す姉にクロエはとうとうどうしてと怒鳴った。

「そんなの、そんなのあんまりじゃない! 好きな人がいるなら前もって伝えればいいわ! 婚約を解消して欲しいと頼めばよかったのに! なのにこんなっ……!」

 よりにもよって式の当日に別れを突きつけるなんて。

(あんまりだわ……!)

 残された姉がどんな気持ちになるのか彼は想像できなかったのだろうか……。

「それだけ、私のことが嫌いだったのかしらね……」

 姉の言葉にどきりとする。顔を上げれば彼女はこちらを見ており、ますます心臓の鼓動が早まった。

「どういう、こと?」

「だって別れを切り出そうと思えばいつでも切り出せたはずよ。彼は言うべきことはきちんと言う人だったもの。それをあえてせずこうして式の当日に実行したってことは、私を傷つけたかったってことでしょう?」

 あるいはそれは姉ではなく――

『きみは酷い人だね』

 学校に入学する前、今思えば最後になった顔合わせでディオンがクロエに言い放った言葉。あの時の彼は一体何を考えていたのだろう。軽薄な男だと思っていた。クロエのことも揶揄っているだけで、決して本心で言っているわけではない。

 でもそれは本当だったのだろうか。

「クロエ?」

 黙り込んでしまったクロエにエリーヌが顔を覗き込んでくる。思わずびくりと体を震わせ、大げさに驚いてしまった。そんな妹の様子を見て、エリーヌは初めて悲しみに顔を曇らせた。

「ごめんなさいね、クロエ。あんなに応援してくれていのに、こんなことになってしまって……」

 姉の謝罪にクロエはくしゃりと顔を歪ませた。どうしてこの人はこんな時まで相手の心配をするのだろう。

「わたしのことなんか気にしないで」
「でも……」

 いいの、とクロエは姉を抱きしめた。今誰よりも傷つき、悲しんでいるのはクロエではなく姉である。一緒に苦しみを受け止めてやることが自分にできる唯一のことであった。

「お姉さま。あんな男、こっちから願い下げよ。結婚しなくて正解だったわ」

 姉にはもっと相応しい人がいる。もっと幸せにしてくれる人がいる。だからディオンなんかもう忘れてしまえばいい。

「そうね、ありがとう、クロエ」

 姉が泣くことはなかった。代わりにクロエが涙を流した。

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