53 / 116
53、軋む心*
しおりを挟む
イレーネはディートハルトの瞳を見つめながら、今自分の置かれている状況を、行き場のない思いをぶつけた。
「わたしはただ、あの子と静かに暮らしたいだけなのに……もう会えないあの人を想って、悲しみに浸りたいだけのに……なのにどうしてあなたたちは、それすら許してくれないの……どうしていつも、無理矢理奪って、自分のものにしようとするの……」
イレーネの人生なのに、彼らは勝手に自分たちの人生にして書き換えていく。こんな理不尽な仕打ちが他にあるだろうか。
「それはきみが弱いからだ」
ディートハルトはイレーネにそう答えた。
「弱い者は、誰かの力を得なくては生きていけない。きみが駆け落ちできたのは女王陛下の後ろ盾があったから。結婚して子どもを無事に育てることができたのも、働く夫がいて、他の男にとられないよう牽制していてくれたからだ。それがなくなったから、きみはまた他の者に狙われ始めた」
弱者は強者に食われるだけ。
この世界の真理を教えられ、イレーネの心はますます打ちのめされた。
「弱い人は、死ぬしかないの? ずっと誰かに、支配され続けるしかないの? 安寧は、もう一生得られないの?」
「死にたくないから、人も動物も強さを得ようとする。自分が思い描く自由を得るために、自分にはないものを身につけようとする。肉体的な強さだけでなく、金や名誉、相手の弱点を握ることも、それらのために必要な賢さだ」
「じゃあ、これからはそうする……強くなるわ……だから、わたしを解放して……あの子ためなら、何でもできるから……」
だめだ、とディートハルトはまたあの深淵を感じさせる瞳でイレーネを見つめた。
「きみはすでに俺のものになった。どこかへ行くことも、誰か別の男のものになることも、もう許されない」
「いや、そんなのいや、わたしは、んっ――」
それ以上言わせないというように口を塞がれる。体重をかけられ、胸の飾りや溶けきった花芯を刺激され、途切れ途切れに甘い声が漏れ出る。布地の上からぐりぐりと男の象徴を押しつけられているのがわかった。途中でもどかしげに服を脱ぎ、直接、肌へと触れてくる感触はあまりにも生々しく、イレーネを狂わせた。
「うっ、ぁっ、はあ、ぅ、ひっ……」
蜜口を滑るように挿入を避けていたかと思えば、いきなり吸いつき、ずぶりと中へ押し込まれて、彼女はまた我に返った。
「あっ、いやっ、やめて……!」
「はぁ、だめだっ」
二人は互いに肌をぶつけ、荒い息を吐きながら一つに繋がった。その痛みと圧倒的な存在を自分の中に感じたイレーネは、目を瞑って涙を流した。
(ごめんなさい、ハインツ様……)
彼との約束を破った。裏切ってしまった。
絶望するイレーネをおいて、ディートハルトは隘路をこじ開けて、イレーネの身体を揺さぶり始める。熱くて硬い肉棒はまさに健康な男の証であり、彼が生きていることを実感させた。
「ぁっ、んっ、ふ、う……あっ、あんっ……」
ディートハルトはイレーネの初めての相手だ。蕾が花開くように快楽を教えられ、肉欲に耽る行為の素晴らしさを――抗えない罪深さを刻みつけられた。死んでもいいほどの気持ち良さは時に地獄のような苦しみと表裏一体なのだとイレーネはディートハルトに思い知らされた。
「はぁ、すごく、きついな……子どもを産んだとは、思えないっ」
「んっ、ぁっ、あぅ……だめっ、おく、つかないでっ……」
男の圧倒的な力でねじ伏せられ、イレーネはただ憐れを請うように啼くしかない。せめてこれ以上ひどいことをしないでくれと下手に回って、相手の機嫌をとろうとする。
でもそれはかえって逆効果にもなる。ディートハルトもその一人だった。決して嫌だと言ったところをそっとしておいてくれない。執拗に攻め、さらに服従させようとする。それは雄としての本能かもしれない。
「あっ、あんっ、やぁっ、だめっ、もう、もう、んっ、んんっ――」
ずちゅっ、ぶちゅっ、と水音を立てて、イレーネは喉元を晒し、背中を弓なりに反らした。
「はっ、はぁっ、イレーネ……!」
痙攣するイレーネにディートハルトも後を追うように腰を激しく動かし、射精した。
(あぁ……)
流れ込んでくる。ハインツのではなく、ディートハルトに貫かれて最後まで抱かれてしまった。達した快感の微睡みに包まれながら、やがて熱が引いて待っている現実にイレーネは途方に暮れそうになった。
イレーネの心中をよそに、隣に倒れ込んでいたディートハルトはイレーネを抱き寄せ、うなじに唇を押し当て、乱れている呼吸を整えようと何度も熱い息を吐いた。掌が胸の前へと伸ばされ、忙しなく愛撫してくる。まだ物足りないような感じに、イレーネは身じろぎして振り解くと、起き上がった。
「今日はもう、これで終わりにしてください」
「――わかった」
だがディートハルトはイレーネの腕を引き、再び寝台へ引きずり込むと、自分の腕の中に閉じ込めようとしてくる。彼女はいや、というようにもがいた。
「もう、帰してください……」
「抱かれた身体でエミールのところへ戻るのか」
「それは……」
「ここで眠ればいい」
イレーネがどう答えるかわかっているディートハルトはそう言った。イレーネは諦めて、明日早く起きて部屋へ戻ろうと決めた。ディートハルトは逃げ出さないように手足を絡めてくる。もう抗う気力も残っていなかった。
(つかれた……)
これからずっと、抱かれ続けるのだろうか……。
「ディートハルトさま」
「なんだ」
「毎晩は、おやめください……いつかあの子に、ばれてしまうかもしれないので……」
「わかった」
ディートハルトが了承してくれたことでイレーネはほっとする。だがすぐに、自分が譲歩するかたちで彼の要求に承諾してしまったことに気づく。どうあってもディートハルトに逆らえない自分の運命にイレーネは目を固く瞑って現実から逃げ出した。
「わたしはただ、あの子と静かに暮らしたいだけなのに……もう会えないあの人を想って、悲しみに浸りたいだけのに……なのにどうしてあなたたちは、それすら許してくれないの……どうしていつも、無理矢理奪って、自分のものにしようとするの……」
イレーネの人生なのに、彼らは勝手に自分たちの人生にして書き換えていく。こんな理不尽な仕打ちが他にあるだろうか。
「それはきみが弱いからだ」
ディートハルトはイレーネにそう答えた。
「弱い者は、誰かの力を得なくては生きていけない。きみが駆け落ちできたのは女王陛下の後ろ盾があったから。結婚して子どもを無事に育てることができたのも、働く夫がいて、他の男にとられないよう牽制していてくれたからだ。それがなくなったから、きみはまた他の者に狙われ始めた」
弱者は強者に食われるだけ。
この世界の真理を教えられ、イレーネの心はますます打ちのめされた。
「弱い人は、死ぬしかないの? ずっと誰かに、支配され続けるしかないの? 安寧は、もう一生得られないの?」
「死にたくないから、人も動物も強さを得ようとする。自分が思い描く自由を得るために、自分にはないものを身につけようとする。肉体的な強さだけでなく、金や名誉、相手の弱点を握ることも、それらのために必要な賢さだ」
「じゃあ、これからはそうする……強くなるわ……だから、わたしを解放して……あの子ためなら、何でもできるから……」
だめだ、とディートハルトはまたあの深淵を感じさせる瞳でイレーネを見つめた。
「きみはすでに俺のものになった。どこかへ行くことも、誰か別の男のものになることも、もう許されない」
「いや、そんなのいや、わたしは、んっ――」
それ以上言わせないというように口を塞がれる。体重をかけられ、胸の飾りや溶けきった花芯を刺激され、途切れ途切れに甘い声が漏れ出る。布地の上からぐりぐりと男の象徴を押しつけられているのがわかった。途中でもどかしげに服を脱ぎ、直接、肌へと触れてくる感触はあまりにも生々しく、イレーネを狂わせた。
「うっ、ぁっ、はあ、ぅ、ひっ……」
蜜口を滑るように挿入を避けていたかと思えば、いきなり吸いつき、ずぶりと中へ押し込まれて、彼女はまた我に返った。
「あっ、いやっ、やめて……!」
「はぁ、だめだっ」
二人は互いに肌をぶつけ、荒い息を吐きながら一つに繋がった。その痛みと圧倒的な存在を自分の中に感じたイレーネは、目を瞑って涙を流した。
(ごめんなさい、ハインツ様……)
彼との約束を破った。裏切ってしまった。
絶望するイレーネをおいて、ディートハルトは隘路をこじ開けて、イレーネの身体を揺さぶり始める。熱くて硬い肉棒はまさに健康な男の証であり、彼が生きていることを実感させた。
「ぁっ、んっ、ふ、う……あっ、あんっ……」
ディートハルトはイレーネの初めての相手だ。蕾が花開くように快楽を教えられ、肉欲に耽る行為の素晴らしさを――抗えない罪深さを刻みつけられた。死んでもいいほどの気持ち良さは時に地獄のような苦しみと表裏一体なのだとイレーネはディートハルトに思い知らされた。
「はぁ、すごく、きついな……子どもを産んだとは、思えないっ」
「んっ、ぁっ、あぅ……だめっ、おく、つかないでっ……」
男の圧倒的な力でねじ伏せられ、イレーネはただ憐れを請うように啼くしかない。せめてこれ以上ひどいことをしないでくれと下手に回って、相手の機嫌をとろうとする。
でもそれはかえって逆効果にもなる。ディートハルトもその一人だった。決して嫌だと言ったところをそっとしておいてくれない。執拗に攻め、さらに服従させようとする。それは雄としての本能かもしれない。
「あっ、あんっ、やぁっ、だめっ、もう、もう、んっ、んんっ――」
ずちゅっ、ぶちゅっ、と水音を立てて、イレーネは喉元を晒し、背中を弓なりに反らした。
「はっ、はぁっ、イレーネ……!」
痙攣するイレーネにディートハルトも後を追うように腰を激しく動かし、射精した。
(あぁ……)
流れ込んでくる。ハインツのではなく、ディートハルトに貫かれて最後まで抱かれてしまった。達した快感の微睡みに包まれながら、やがて熱が引いて待っている現実にイレーネは途方に暮れそうになった。
イレーネの心中をよそに、隣に倒れ込んでいたディートハルトはイレーネを抱き寄せ、うなじに唇を押し当て、乱れている呼吸を整えようと何度も熱い息を吐いた。掌が胸の前へと伸ばされ、忙しなく愛撫してくる。まだ物足りないような感じに、イレーネは身じろぎして振り解くと、起き上がった。
「今日はもう、これで終わりにしてください」
「――わかった」
だがディートハルトはイレーネの腕を引き、再び寝台へ引きずり込むと、自分の腕の中に閉じ込めようとしてくる。彼女はいや、というようにもがいた。
「もう、帰してください……」
「抱かれた身体でエミールのところへ戻るのか」
「それは……」
「ここで眠ればいい」
イレーネがどう答えるかわかっているディートハルトはそう言った。イレーネは諦めて、明日早く起きて部屋へ戻ろうと決めた。ディートハルトは逃げ出さないように手足を絡めてくる。もう抗う気力も残っていなかった。
(つかれた……)
これからずっと、抱かれ続けるのだろうか……。
「ディートハルトさま」
「なんだ」
「毎晩は、おやめください……いつかあの子に、ばれてしまうかもしれないので……」
「わかった」
ディートハルトが了承してくれたことでイレーネはほっとする。だがすぐに、自分が譲歩するかたちで彼の要求に承諾してしまったことに気づく。どうあってもディートハルトに逆らえない自分の運命にイレーネは目を固く瞑って現実から逃げ出した。
255
お気に入りに追加
4,869
あなたにおすすめの小説
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる