上 下
21 / 41

21、アナベルの意見

しおりを挟む
「アナベルさん。辛辣だわ……」
「あら、思ったことをはっきり言ってあげるのが、友人というものではなくて?」
「こういう時に友人って言葉を使うのはずるいわ」

 ふん、とアナベルがまたそっぽを向く。

「あんな顔のいい婚約者がすでにいるのに、貴女がいつまでたってもうじうじ考えているのが悪いのよ」
「……うじうじ考えているかしら、わたし」
「考えているわよ。ついでに茶会の帰りに、馬車の前でみっともなく喧嘩している姿を晒した所も、わたくしどうかと思うわ」
「えっ、アナベルさん昨日の見ていたの!?」
「ええ。偶然ね。わたくし以外にも見ている方はいらしたんじゃないかしら」

(うそ……)

 恥ずかしい、とイリスは顔を両手で覆って呻いた。

「……アナベルさん」
「なぁに?」
「わたし、ラファエルと喧嘩してしまったの」
「見ればわかるわよ」

 うん、とイリスは手をどけて、困ったようにアナベルを見つめた。

「わたしたち、ずっと幼い頃から結婚するって約束していたんだけれど」
「惚気なの?」
「わたしがこちらへ帰ってきてから、お母さまたちはラファエル以外の男性にも目を向けなさいって言って……王宮ではラファエルが氷の騎士って呼ばれていて、王女殿下やご令嬢たちにも人気らしくて……でも、ラファエルはそのことにちっとも自覚がないようで……」
「だから?」
「不安になってしまったの。本当にラファエルと結婚できるか、お母さまたちをきちんと説得できるかどうか、ラファエルが他の女性と何かあったらどうしようとか……そんな、どうしようもない、些細なことばかり考えてしまって……」

 アナベルがはぁと深いため意をついた。イリスはびくっと肩を震わせ、「ごめんね」と謝った。

「こんなこと、アナベルさんに言っても困るだけだよね」
「本当よ」
「うっ、本当にごめんなさい……」
「わたくしに言ってどうするのよ。そういうことは貴女の婚約者に伝えなさいよ」

 いいこと? とアナベルが言う。

「貴女たちはいずれ夫婦になるんだから。当人同士の問題は当人同士で解決するしかないでしょ。不満や不安も言えない夫婦の仲なんて、すれ違いの始まりで、取り返しのつかないほど拗れてしまって、最後には破綻するだけよ」
「……アナベルさんの言葉、なんだか説得力あるね」
「当然よ。わたくしのお母様とお父様たちの自論なんですから」

 たしか彼女の母親は男爵令嬢で、父親は平民である。いくら商人で、お金持ちだからといって、決して平坦な道とは言えなかっただろう。

「言っておきますけど、二人ともとっても仲睦まじいのよ」
「そうなの?」
「ええ。もちろんですわ。巷では金や爵位目当ての結婚だなんて言われてるけれど……」
「違うの?」
「……まぁ、多少そういう打算的な考えはあったでしょうね。なにせお金や名誉は大切だもの。たとえ貧乏でも幸せになれるなんて、わたくしはただの負け惜しみだと思っているわ」
「そうかなぁ……」

 お金がなくとも幸せな恋人や夫婦はいる。その方が夢があっていいなぁとイリスは思ったが、アナベルは違うようだ。

「ともかく! お互い得るものはあったとしても、まず何よりお二人は恋に落ちたの。愛していたの。だからたとえ大変なことが待っていようと、結婚しようと決めたの。それを履き違えないでちょうだい」

 大事なことだと言わんばかりにアナベルは語気を強めた。
 誤解して欲しくないのだろう。

(ご両親のこと、大切に思っていらっしゃるのね……)

「わかったわ、アナベルさん。あなたのご両親が深く愛し合った末に結ばれたこと、きちんと覚えておくわ」

 イリスがしっかりそう伝えると、アナベルは満足そうな、誇らしげな顔をした。気の強い少女の意外な一面を見た気がして、イリスは微笑ましく思う。

「アナベルさんも、ご両親のような素敵な出会いがあるといいね」
「ええ。そのためにずっと努力してきましたもの。必ずこの手で掴み取ってみせますわ」
「そ、そっか……」

 ガシッと空を掴む動作をするアナベルに、逞しいな、とイリスが少し圧倒されていると、彼女は「貴女もよ」と言い放った。

「婚約者であることに胡坐をかいていたら、横から掻っ攫われるわよ」
「それは……ラファエルが?」
「他に誰がいるっていうのよ」

 イリスは慌てて「でも!」と言った。

「さっき、ラファエルは結婚相手には嫌厭されるって……」
「あら。全員が全員そうとは限らないわよ。中には顔と家柄だけを目当てに近づく女性だっているかもしれないんだから」
「そんな人、いるの?」
「いるに決まっているじゃない」

 逆にどうしていないと思うわけ? とアナベルは呆れた顔をする。

「貴女だって、あのお茶会で、ご令嬢たちが王太子殿下相手にぐいぐい迫っている姿見たでしょう? あれをもっと積極的に行う女性だっているはずよ。それこそ見栄も外聞も捨ててね」

 周囲の視線など気にせず、ラファエルに迫る女性……。

「そんなの、嫌だわ……」

 自分以外の女性がラファエルにべたべた触るなど、イリスは考えるだけで嫌だ。

「だったら戦うのよ」
「戦う?」
「そうよ。女性には女性の戦い方があるの。貴女がラファエル様の特別ですって周りにアピールして、他の女性になんか絶対渡さないわよって相手の女に突き付けてやるの」

 どうやって……と聞こうしたイリスは何やら部屋の外が騒がしいのに気づいた。何かしら、と腰を上げかけると同時に、扉が乱暴に開かれる。その顔を見て、イリスは「まぁ」と声を上げた。

「ラファエル。一体どうしたの?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...