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第6章:光の心臓編

174 二人分

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「ほっ、はっ、とっ!」

 軽快な声を上げながら、アランは大槌を振るって目の前に現れる魔物を薙ぎ払っていく。
 その攻撃を耐えた魔物はミルノが弓矢でトドメを刺し、順調にダンジョン内の魔物を一掃する。
 ──……私がここにいる必要、ある……?
 下層の魔物を圧倒する二人の姿に、少し後方を歩いていた理沙は内心そんなことを考えつつ、アランが倒し損ねた魔物に風魔法でトドメを刺して小さく嘆息した。

 現在、アランとミルノは重傷を負っている心臓の魔女を救う為に光の心臓を必要としており、その為に協力して欲しいと言われて利害の一致から行動を共にしているが……正直、目の前で魔物を討伐している二人は、自分が力を貸す必要など無い程に圧倒的な力を持っていた。
 心臓の守り人としての能力で光の心臓が封印されている場所は分かるらしく、その強大な力で魔物を圧倒しながら迷いなき足取りで進んでいっている。
 こちらとしては、心臓が封印されている場所まで案内してくれる上に邪魔な魔物まで討伐してくれて有難い話だが、自分を連れていることによる二人へのメリットが無さ過ぎる。

 強いて言えば、拳銃に関する知識がある分、二丁拳銃を扱う双子には少し対抗できるかもしれないくらいの話。
 と言っても、単純な戦闘力で言えば向こうが圧倒していることは明白で、実際に真正面から戦うことになれば勝ち目はほぼ無い。
 ──あの子達、いつか変な詐欺とかに引っ掛からないと良いけど……。
 理沙が魔物を圧倒するアランとミルノを見つめながらそんな風に考えつつ、彼女達に付いていくように一歩踏み出そうとした時だった。

『なんでそんな心配するの? どうせ、最後には殺すつもりの癖に』

 背後から聴こえたその言葉に、歩き出そうとしていた理沙はピクッと肩を震わせて足を止める。
 ──……気にしたらダメ……。
 ──どうせ、私にしか聴こえない幻聴なんだから……気にする必要なんて無い……。
 彼女が心の中で自分にそう言い聞かせていた時、背後から忍び寄った“奴”は強張ったその肩に手を置き、耳元に口を近付けて続けた。

『だって理沙、誰かを囮にして生き延びるの、得意だもんね? ……私の時みたいに』
「ッ……」
『ね、いつ殺すの? このダンジョンの心臓の守り人の所に行った時? 望月ちゃん達に出くわした時? それとも……──』
「<うるさいッ!>」

 耳元でしつこく囁いてくる“奴”に、理沙は堪らず声を荒げながら後ろに振り向く。
 当然そこには誰もおらず、所々に魔物の死骸が転がったダンジョンの通路が広がっているのみだった。
 しかし、その疎らな魔物の死骸に、今まで自分が殺してきた人々の姿が重なり……──。

「……リンさん……?」

 すると、ミルノがか細い声で自分の名前を呼んだのが聴こえた。
 その声に咄嗟に振り返ると、彼女はすぐに理沙の元へと駆け寄りつつ続けて口を開いた。

「ど、どうしました……? 急にお、大きな声、出して……何か、ありまし、たか……?」
「えっ……あッ、いや、その……」

 どもりながらも心配そうに問いかけてくるミルノに、理沙は少し戸惑いつつも視線を逸らし、少し考える。
 ──そうか。さっきは日本語で怒鳴ったから、この子には何を言ったか分からないんだ……。
 彼女は幻聴に反応して怒鳴っただけだが、ミルノ達からすれば突然声を荒げて振り向いたようなもので、何かあったのではないかと心配するのは当然のことだろう。
 一体どう説明したものかと思考を巡らせていると、その様子を見つめていたミルノはおずおずと理沙の顔を覗き込んで続けた。

「あの……だ、大丈夫、ですか……?」
「……えっ……?」
「いえ、その……か、顔色が凄く、悪い、ので……体調が、よろしく、ないのか、と……」

 お節介かもしれませんが、と続けながら、ミルノはすぐに顔を伏せて数歩後ずさった。
 彼女の言葉に理沙が答えられずにいると、粗方魔物を倒しきったと思しきアランが、大槌を肩に担ぎながら二人の元に駆け寄ってきた。

「ミルノちゃん、どうしたの? 何かあった?」
「えっ? あ、その……り、リンさんの、具合が、悪そうだった、から……何か、あったのかと、思っ……」
「えッ! それ本当!? リンちゃん大丈夫!?」

 途切れ途切れに答えるミルノの言葉に、アランは慌てた様子でそう言いながら理沙の元に駆け寄ってくる。
 大袈裟なまでに心配してくる二人に戸惑いつつも、理沙は「だ、だいじょウぶでスよ」と答えつつ、迫ってくるアランを避けるように後ずさった。

「わたシより、ふタりの調子はどうデすか? ずっト魔物と戦っテいるので、悪いじょウたいになってイませんか?」
「私達は全然平気! ねっ? ミルノちゃん?」
「えっ? ……う、うん……!」
「それでハ、早くつギに行きマしょう。時間が無イのですから」

 理沙が半ば強引に話を逸らしながら急かすようにアランの背中に軽く手を当てたのと、どこからかパァンッ! と乾いた破裂音が聴こえてきたのは、ほぼ同時だった。
 それに、彼女の体は考えるよりも先に動き、目の前にいたアランの襟首を掴んで後ろに引っ張る。
 突然引っ張られたアランは「ぅぐぇッ!?」と間の抜けた声を上げたが、目の前の壁に円状のヒビが出来るのを見てすぐにヒュッと軽く息を呑んだ。

「こッ……これって……」
「……」

 小さく声を漏らすアランに対し、理沙は表情を引き締めながら彼女の襟首を離し、銃弾が放たれたであろう方向に視線を向けた。
 見ると、そこには……──二丁拳銃の銃口をこちらに向け、鋭い目つきでこちらを見つめるツインテールの少女が立っていた。

「もぉ~! 邪魔しないでよ東雲さん! 折角もう少しで心臓の守り人を仕留められるところだったのにぃ~」
「シ、シノノメ……?」

 頬を膨らませて文句を垂れる花鈴の言葉に、理沙からリン・イーストとして自己紹介をされたミルノが不思議そうに呟いた。
 それに対し、理沙はグッと口を噤みながらすぐに思考を巡らせた。
 ──よりによって、こんな所でこの二人に出くわすなんて……。
 散々言ってきた通り、不意打ちを仕掛けるならまだしも、二丁拳銃を扱うこの二人と真っ向から戦えばこちらに勝機は無い。
 こうしてお互いに正面から向かい合う状態になってしまった以上、二人に勝てるどころか、生きて帰ることすら難しい状況だろう。

 可能性があるとすれば……──と、理沙は傍にいるアランとミルノを一瞥する。
 まともに戦っても勝てる筈の無い相手なのだから、最初から勝負を捨てて、彼女達の目的である二人を囮にして逃げれば生存の可能性はある。
 ……実際に、過去に入ったダンジョンの下層では、そうやって生き延びた。
 その時は共に異世界に召喚されてから戦ってきたクラスメイトを犠牲にしたが、今回はついさっき出会ったばかりの赤の他人。
 情など湧く筈も無い……あの時より、罪悪感や抵抗感は少ない相手。
 ──……でも……──。

「東雲さん? ……どういうつもり?」

 訝しむように問い掛けてくる真凛の言葉に、一歩前に出てアランとミルノを守るように左手を伸ばして立った理沙は、その目を静かに細めた。
 ──……どういうつもり? そんなの、私が知りたいよ。
 ──初対面の人間二人を守る為に自分を犠牲にしようとするなんて、ガラじゃないってことくらい……私が一番分かってる。
 ──……でもさ──。

「リンちゃん、何してるの? それに、さっきからシノノメって……」
「ここハ私に任せテ、ふたリは先に行ってクださい」
「えっ、でも……!」
「だいじょウぶ。私はとテも強いかラ、一人で勝つコとが出来ます」

 心配するように声を掛けるアランに対し、理沙は小さく笑みを浮かべながらぎこちない口調でそう答えてみせた。
 彼女の言葉に、アランは不安そうな表情でミルノと顔を見合わせた。
 先程自分達では全く歯が立たなかった双子を理沙一人に任せておくのは気が引けるが、その双子から自分達を助けてくれた彼女の姿を見ているのも事実。
 彼女が一人でも勝てると言うのなら、その言葉を信じるべきだろう。

「……分かった! でも、無理したらダメだからね!」

 アランはそう言うとミルノの腕を掴み、理沙に背中を向ける形で通路の奥へと走っていく。
 ミルノはしばらくの間心配そうに理沙の方を見ていたが、やがて前方に顔を向けて走り去る。
 二人の後ろ姿を見送った理沙は、フッと息を吐くように小さく笑うとその顔から表情を消し、暗い目を双子の方に視線を向けた。

「<……それで? あれだけ隙だらけだったのに一切攻撃をせず、心臓の守り人二人をみすみす逃がすなんて……どういうつもり?>」

 先程までのアランとミルノへの態度とは明らかに打って代わり、彼女は冷ややかな声でそんな疑問を投げ掛けた。
 その言葉に、少女はしばし目を丸くしていたが、やがて軽く首を横に振って小さく口を開いた。

「いや……あの東雲さんが、誰かを庇って立ちはだかってくるなんて思わなくて、少しビックリしただけだよ」
「<……あの東雲さん?>」
「理事長の孫だからって色々と好き勝手して、最上さんを苛めていたあの東雲さんが、誰かの為に犠牲になろうとするなんて……世の中、何が起こるか分からないね」

 冷たい笑みを浮かべながら言う真凛の言葉に、理沙はピクッと微かに表情を固くした。
 しかし、彼女はすぐにその顔に嘲笑を浮かべて双子を睨んだ。

「<よく言うよ。私が最上さんを苛めていたこと、学級委員長様に知られないようにしてた偽善者共が>」
「なッ、なんでそれをッ……!」
「<私だって、さっき出会ったばかりの女の子二人を、自分を犠牲にしてまで助けるなんてガラじゃないことくらい分かってるよ>」

 理沙はそう言いながら腰に提げた道具袋に左手を突っ込み、中から円柱状の細長い棍棒を取り出した。
 本来は両手で扱うその武器を彼女は器用に左手で軽く振り回し、先端を双子の方に向けて続けた。

「<ただ……アンタら偽善者が善人ぶってんのが、気に食わないだけ>」
「……え、ちょっと。まさか、本当にその腕で私達に歯向かうつもり?」

 引きつったような笑みを浮かべて言う花鈴の言葉に、理沙は腕の無い自分の右肩を一瞥した。
 ……確かに、心臓の守り人二人でも歯が立たなかった双子相手に片腕の自分一人が抗おうなんて、無謀の極みだろう。
 ──……でも……──

『……り……さ……』

『……いき……て……』

「……私は、一人じゃないよ」

 理沙は誰にも聴こえない程度の声でそう言いながら棍棒を軽く振って構え直し、改めて双子と向かい合う。
 その時、“誰か”が自分の右肩に手を置いたのが分かった。
 彼女はその感覚に表情を暗くしたが、すぐに双子に視線を戻して続けた。

「私だって……──生きる覚悟だけは、二人分だよ」

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