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第6章:光の心臓編

167 ルミナ③

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「違うよ、ルミナちゃん。だって、私達がここに来た目的は……光の心臓だからね」

 堂々とした口調で、アランはルミナにそう言い放った。
 迷いの無い、あまりに悠然とした態度で言うアランに、その言葉を前以って予想していたミルノですらしばし面食らう。
 しかし、彼女はすぐにハッとした表情を浮かべると、空いている方の手でアランの肩を掴んだ。

「ちょ、ちょっと、アランちゃん……!? 急に何言って……!」
「えっと……ひかりの、しんぞう……? すみません。何のことか、見当もつかないのですが……」

 慌てた様子で言うミルノに対し、ルミナは僅かに困ったような笑みを浮かべながらそう答えた。
 彼女の言葉に、アランは自分の肩を掴むミルノの手を外させながら口を開いた。

「別に、隠さなくても良いよ。ルミナちゃんも心臓の守り人だってこと、分かってるからさ」
「ルミナちゃん“も”、ということは……なるほど。そういうことですか」

 堂々とした態度のまま言うアランの言葉に、そこで初めて、ミルノの笑みが崩れる。
 今まで浮かべていた朗らかな微笑は消え失せ、一瞬の内に感情を失ったかのような無表情をアランに向ける。
 人形のように整った顔立ちと色白の肌に加えて、相変わらず瞼が固く瞑られていることもあり、その表情はまるで能面のような無機質さを漂わせていた。
 一瞬について空気が張り詰めたかのような緊張感に、ミルノは怯えたように体を強張らせ、目の前に立つアランの服の裾を軽く握り締めた。
 すると、アランはミルノを庇うように前に立ち、一切臆すること無くルミナの顔を見つめ返した。
 それにルミナは小さく息をつき、両手を組みながらゆっくりと口を開いた。

「……通りで、今まで見たことの無い、異質な気配をしているとは思いましたが……なるほど。貴方達も、“そう”なのですね」

 そう言いながら、彼女は自分の腕をトントンと軽く指で叩く。
 自分の呟いた言葉を吟味するような間をしばし置いた後、彼女はもう一度溜息をつき、離れた場所からこちらの様子を窺っていた町の人々の方に顔を向けた。

「皆さん。この二人は、私の同郷の方でして……久々の再会だったので、つい大きな声を出してしまったみたいです。どうか、お気になさらないでください」

 ルミナがそう言って見せると、こちらを静観していた人々は少しずつざわめきを取り戻し、辺りを離れていく。
 人々が離れていくのを確認したルミナは、すぐにダンジョンの入り口の方に歩み寄り、魔道具を用いて扉の開閉を行っている青髪の男性に話しかけた。

「すみません。少し、席を外して頂いても良いですか? 久々の出会いで、募る話もあるので……あの二人には、害はありませんから」
「る、ルミナ様が、そう仰るのであれば……!」

 ルミナの言葉を聞いた男性は慌てた様子で言い、すぐにその場を離れた。
 近くに自分達の話を聞いているであろう人間がいなくなったのを確認したルミナは、すぐに二人の元に戻り、口を開いた。

「すみません。少し時間を取ってしまいまして。……流石に、この話は聞かせられませんから」
「それは別に良いけど……わざわざそんなことをしたってことは、つまり……そういう意味で良いん、だよね?」
「えぇ。……私も貴方達と同じ、心臓の守り人です」

 相変わらず感情の起伏が少ない穏やかな口調で答えるルミナに、ミルノは静かに息を呑み、アランは「やっぱり」と呟いた。
 その反応に、ルミナは静かに息をついてから口を開いた。

「しかし、それならどうして、貴方達がこのような場所にいるのですか? 私達心臓の守り人の使命は、その名の通り、心臓の魔女であるリートから心臓を守ることですよね?」
「そりゃあ、私達はリートちゃんに……って、それを言ったらルミナちゃんこそこんな所で何してんの? 普通、心臓の守り人はダンジョンで心臓を守ってるものでしょ?」

 ルミナの問いに答えようとしたアランだったが、途中でハッとしたような表情を浮かべ、唐突に湧いた疑問をそのまま投げ掛ける。
 彼女の言葉に、ルミナは一瞬キョトンとしたような表情を浮かべたが、すぐに「あぁ」と小さく呟くように答えた。

「私の使える光魔法は回復魔法が多く、戦闘にはあまり向いていません。なので、心臓を封印してある部屋には、私の代わりに心臓を守ってくれる代役を用意しています」
「……代役……?」

 淡々とした口調で語るルミナの言葉に、ずっとアランの背中に隠れるようにして話を聞いていたミルノが、ポツリと呟くように聞き返した。
 すると、ルミナはミルノの方に顔を向け、「えぇ」と答えながらニコッと優しく笑みを浮かべた。

「とても優秀な代役ですよ。お祈りの時間以外は心臓の部屋に戻って様子を見るようにしていますが、きちんと私の与えた任務を遂行してくれています。……とは言え、私自身、守り人としての能力が劣っているのは事実。なので私は、母なる神の子供として少しでも多くの方の役に立つべく、光魔法を使ってこの町に暮らす方々の怪我や病気を治療する活動を始めたんです」
「えっ……宗教活動では無くて?」
「……? いえ。よく治療の理由を聞かれたので、その度にセルマーノ教の教えを話しただけなんですけど……どうやら多くの方に共感を頂けたようで、今ではこの町の住民の方は皆入信してくれていますね。最近では、お祈りの為に集まってくれた時に、治療も一緒に行うようにしています」

 何でもないことのように答えるルミナに、アランは面食らったような表情を浮かべた。
 てっきり、この町の現状はルミナが意図的に生み出したものだとばかりに思っていたというのに……蓋を開けてみれば、彼女がセルマーノ教の教えに従い慈善活動を行った結果、意図せずこの町の現状が出来上がったようなものだったからだ。
 偶然とは言え、一つの町にセルマーノ教を広めて今でも統率し続けている彼女に、驚異的なカリスマ性があることに変わりは無い。
 しかし……案外、天然な一面もあるのかもしれない。
 そんな風に考えていると、ルミナは「それで」と口を開いた。

「私はそういった理由があってダンジョンを出ていますが……お二人はどうしてここにいるのです? 私のように、戦闘に不向きな能力という訳でも無さそうですし……お二人こそ、なぜこのような場所にいるのですか?」
「そ、それは……」

 淡々とした口調で問い詰めてくるルミナの言葉に、アランは苦い顔をしながら言葉を詰まらせた。
 きちんと心臓を守るという自分の使命は忘れず、かつ見返りを求めない慈善活動に身を投じているルミナを前にして、何だか自分が間違ったことをしているような気分になってしまったのだ。
 どこか泣きそうな表情を浮かべながら口ごもるアランの様子に、ミルノはしばし考え込むような間を置いた後、一歩前に出てアランの隣に並んで口を開いた。

「わ、私達は……! ま、守っていた心臓をか、回収、されて……い、今は、リートさんと、一緒に……旅を、して、います……」
「へぇ……? つまり、自分の使命を果たすことが出来なかった、ということですか?」

 何度もどもりながら答えるミルノに、ルミナはどこか冷たさのある声色でそう聞き返した。
 その言葉にミルノは怯えて口を閉ざしそうになったが、すぐにアランが「そんな言い方しなくても良いじゃん!」と反論した。

「私もミルノちゃんも……きっと、フレアちゃんもリアスちゃんも、皆全力で心臓を守ったもん! 頑張って自分の役割を果たそうとしたもん!」
「では、どれだけ全力で挑んでも使命を果たせなかった、自分達の力不足を認めるということですか」
「違ッ……! そういうことが言いたいんじゃなくて! 私が言いたいのは……ッ!」
「アランちゃん」

 ミルノは今にも口論を始めそうな勢いで言い返すアランの名前を呼び、軽く服の裾を掴んで止めさせる。
 名前を呼ばれて咄嗟に振り向いたアランと目が合うと、ミルノは軽く首を横に振った。
 するとアランはすぐに口を噤み、不満そうに目を伏せる。
 それを見たミルノは小さく息をつき、ルミナを見つめた。

「た、確かに、ルミナさんはしっかり、してるから……わ、私達の、こと……ち、力不足、とか……ちゃんとしてない、って、思うかも、しれません……。……だから、ちゃんとしてない、私達に……力を、貸して、くれませんか……?」
「……力……?」
「ミルノちゃん……?」

 途切れ途切れながらも必死に訴えるミルノに、ルミナは不思議そうに聞き返し、アランはキョトンとした表情を浮かべながらミルノの顔を見つめた。
 ミルノはそんなアランの顔を一瞥した後、すぐにルミナに視線を戻し、口を開いた。

「じ、実は、今……リート、さんは……瀕死の、傷を、負っています……。こ、このまま、いくと……彼女は、死んで、しまうんです……」
「……まさか、私に治療しろと言うのですか?」

 か細い声で必死に言葉を紡ぐミルノに、ルミナは次の言葉を予測し、そう聞き返す。
 すると、ミルノは驚いたように目を見開いてルミナの顔を見たが、すぐに一度頷いて頭を下げた。

「お、お願いします……! せ、セルマーノ教の、教えでは……人は皆、平等な生き物、なんですよね……?」

 そう聞き返しながら、ミルノは頭を上げる。
 相変わらず何かに怯えているかのような自信無さげな表情だったが、その瞳の奥には、一種の強い意志が感じられた。
 彼女の言葉に、ルミナは微かに息を呑んだ。

「ひ、人は皆、平等な存在だと、言うので、あれば……こ、この町に住む人達、みたいに……リートさんの、怪我も、な、治して下さい……! お願いします!」

 懇願の言葉を口にしながら、ミルノは再度頭を下げる。
 それに、呆けたような表情を浮かべていたアランはハッと我に返り、すぐに「私からも……! お願い! ルミナちゃん!」と続けながら頭を下げた。
 二人に頭を下げられたルミナは、困惑したような表情を浮かべながら頬を軽く掻いて口を開いた。

「ちょっと、顔を上げて下さい。……急にそんなこと、言われましても……そもそも、リートさんは人間では無いじゃないですか。彼女は神に逆らう禁忌を犯した身。セルマーノ教の教えの対象にはなりません」
「で、でも、ルミナさんは……! 自分も、この町の、住民も……皆おなッ、同じ人間だって、言ってたじゃ、無いですか……!」
「ッ……」

 ガバッと顔を上げながら反論するミルノに、ルミナは言葉を詰まらせる。
 普段の内気な態度からは想像も出来ない程に必死に食い下がるミルノの態度に、アランは驚いたような表情で彼女を見つめた。
 それに、ミルノはギュッと服の裾を握りしめながら、ルミナの顔をジッと見つめた。

「そ、それ、なら……リート、さんも……同じ、人間の筈……だからッ、治療して、くれます、よね……?」
「……揚げ足を取るのがお上手なんですね」

 恐る恐ると言った様子で聞き返すミルノに、ルミナは頬を引きつらせながら、呆れたような声色で呟いた。
 どこか責めているような語調で言うルミナに、ミルノは僅かに肩を強張らせ、一歩後ずさった。
 アランはそれを見て一瞬目を丸くしたが、すぐにルミナに視線を戻し、次の言葉を待つ。
 そんな二人の態度に、ルミナは小さく息をついてから続けた。

「……分かりました。心臓の守り人としては、流石に貴方達に協力することは出来ませんが……姑息な手段などは使わず、真正面からぶつかってきたその心意気だけは、認めましょう」
「と、言うと……?」
「……今まで心臓の魔女がしてきたように、このダンジョンを攻略し、心臓を回収して見せて下さい。それが出来たなら……ひとまず、治療くらいは施しましょう」

 困ったような笑みを浮かべながら言うルミナに、アランはパァッとその顔を輝かせ、斜め後ろに立っていたミルノの方に振り向いた。

「だって! やったねミルノちゃん!」

 明るい声で言いながら、アランはミルノの手を取り、ブンブンと強く振る。
 ルミナの言葉をイマイチ理解しきれていなかったミルノは、突然手を振られて驚いたような表情を浮かべた。

「えぁぇ……!? ぁッ、よ、良かったね……? アランちゃん……?」
「もぉ~なんで他人事なの? ミルノちゃんのおかげなのに」
「ふぇぇッ!? そ、そんな……私は何も……!」

 先程までの威勢はどこに行ったのやら。
 無邪気な子供のように喜ぶ、同じ心臓の守り人とは思えない二人の様子に、ルミナは苦笑しつつ周囲の気配に気を巡らせた。
 ──この二人の気配に紛れて気付かなかったけど……他にも幾つか、異質な気配がありますね。
 ──この町の住民とも、この二人……心臓の守り人の気配とも異なる、こちらの様子を窺っている、妙な気配が……──。
 心の中で呟きながら、ルミナは小さく息をつく。
 それからアランとミルノの横を通り過ぎ、丁度近くまで戻ってきていた、ダンジョンの扉の開閉を担当している男性の元に歩み寄った。

「……すみません。理由は言えないのですが……私達が奥に行ったら、出来るだけ早く扉を閉めてもらっても良いですか? あの二人は……害は、無いので」
「……? は、はい……! 分かりました!」

 ルミナに話し掛けられ、一瞬呆けたような表情を浮かべた男性だったが、すぐにその顔を引き締めて頷いた。
 彼の言葉に、ルミナは微笑を浮かべながら「よろしくお願いしますね」と言い、アランとミルノの元に向かった。

「それでは、私は先に心臓が封印されている部屋に向かっていますので……お二人の到着、お待ちしていますよ」
「うん! 約束は絶対守ってもらうから、逃げないでよね!」

 意気揚々とした態度で言うアランに、ルミナは口元に小さく微笑を浮かべると、ダンジョンの奥へと向かった。
 それを見たアランはミルノに向き直り、彼女の手を掴んで続けた。

「じゃ、ミルノちゃん! 私達も早く行こ!」
「う、うん……って、あ、アランちゃん……! 引っ張らないで……!」

 ミルノがおずおずと頷くと同時に歩き出すアランに、彼女は困ったような声色で言いながらも、小走りで付いて行った。
 ルミナに頼まれた町民は、二人の後ろ姿を見送ると同時に扉を閉めるべく、すぐに魔道具に魔力を込める。
 すると、ポンッと誰かが彼の肩に軽く手を置いた。

「……? 誰で……──がッ!?」

 男が振り向きざまに聞き返すより前に、肩に手を置いた人物──リンが、彼の顔に回し蹴りを放った。
 顎を蹴り抜かれた男は脳震盪を起こし、そのまま意識を失ってその場に倒れ込む。
 その様子を見下ろしたリンは小さく息をつき、顔を上げてダンジョンの入り口を見つめた。

「<ここに……光の心臓が……>」

 小さくそう呟きながら、彼女は微かに震える指先で、フードを深く被り直す。
 そして、先程ダンジョンに入っていった二人組を追うように、静かにダンジョンの中に足を踏み入れた。
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