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第6章:光の心臓編

156 面倒なこと-クラスメイトside

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「最上さんってさぁ、少しは隠すつもり無いの?」

 部屋に戻って早々に、柚子は腕を組んだ状態で、ジトッとした目で友子のことを見つめながらそう言った。
 彼女の言葉に、友子は緩慢な動きで柚子の方に視線を向け、首を傾げた。

「隠す、って……何を?」
「何って……猪瀬さんへの恋心とか、心臓の魔女への殺意とか、寺島さんを殺したこととか……色々」

 柚子の言葉に、友子は「あぁ」と小さく呟いた。
 言われてみれば、柚子の奴隷になる前に比べてみると、そう言った部分を隠す気が薄れていたように感じる。
 ずっと行動を共にしていた柚子に対して、自分の性格について隠す必要性が無かったのが原因だろうな、と、友子は冷静に自己分析した。
 特に表情を変えること無く、まるで他人事のような反応をする友子に、柚子はムッとした表情で続ける。

「さっきの話し合いでもそうだよ。あんなに殺意込めて自分が魔女を殺すとか宣言して……あんなの、『私は今までにこころちゃんの為に人を殺したことがあります~』、とか言いふらしてるようなものじゃない」
「……それ、私の真似してるつもり?」

 途中でわざとらしく声を変え、明らかに馬鹿にしたような口調で言った柚子に、友子は不愉快そうに目を細めながら聞き返す。
 彼女の言葉に、柚子は悪びれることなく肩を竦めながら「ソックリでしょ?」と答えた。
 その返答に友子が呆れたように溜息をつくと、柚子は「そんなことより」と続けた。

「最上さんって、自分で思ってる以上にヤバい性格してるんだからさぁ。もう少し隠す努力をした方が良いよ? 特に、寺島さんを殺したこととか……皆にバレたらヤバいでしょ?」

 呆れたような口調で言いながら、柚子は自分が寝る予定のベッドに近付き、腰を下ろす。
 その様子を見た友子は数歩後ずさり、手近な壁に凭れ掛かりながら口を開いた。

「私はそれなりに隠してるつもりだけど……山吹さん程の演技力は無いから、完全に隠しきるのは、難しいかな」
「……演技力……?」

 静かな声で言う友子に、柚子はキョトンとした表情で聞き返す。
 それに友子は小さく頷き、続けた。

「私は演技力無いから、誰かさんみたいに『最上さんと仲良くなれたら嬉しい~』とか、嫌いな人に対して平気な顔して言うこと出来ないし」
「それ、私の真似のつもり?」

 わざとらしく声を変えて嫌味っぽく言う友子に、柚子は怪訝そうに聞き返す。
 すると、友子は特に表情を変えること無く、「ソックリでしょ」と答えながら目を逸らした。
 その言葉に、柚子は「なっ……」と小さく声を漏らしたが、すぐに先程の自分に対する一種の仕返しだと気付き、すぐに軽く舌打ちをして口を噤む。
 彼女は一つ溜息をつくと、足を組んで自分の足の上で頬杖をついて続けた。

「あれは、真凛が急に最上さんと仲良いんだね~とか言ってきたから……あの場では、ああ言っておくのが一番無難だったでしょ」
「でしょ、って言われても……私、そういうの分からないし……」
「っていうか、私だってあんなこと言いたくなかったから。最上さんと仲良くするなんて、死んでも嫌。反吐が出るよ」

 柚子は頬杖をついたままそう言いつつ、組んだ足をブラブラと軽く揺らし、吐き気を表すようにンベッと舌を出して見せた。
 幼い見た目も相まってか、全体的に生意気な子供のような態度をとる彼女の様子に、友子は呆気に取られてしまった。
 しかし、すぐにその呆れた感情を吐き出すように大きく溜息をつくと壁から離れ、自分のベッドの方に向かって歩きながら続けた。

「そういうことだから……私には、山吹さんみたいに猫被るような真似、出来ないよ。……気色悪いし」
「一言余計」

 ボソッと吐き捨てるように続いた最後の言葉に、柚子はすぐにそう答えた。
 彼女は小さく息をつくと、自分のベッドの近くで荷物の整理を始める友子に視線を向けながら続けた。

「それに、別に良い子のフリしろとは言ってないじゃん。ただ、もう少し感情を抑えるようにした方が良いんじゃない? って、提案してるだけだよ」
「……別に、山吹さんには関係ないでしょ」

 一々自分のことに口を挟んでくる柚子に嫌気が差したのか、友子は若干不機嫌そうな声色で言った。
 彼女の言葉に柚子は一瞬目を丸くしたが、すぐに「関係あるよ」と言いながら頬杖をついていた手を離し、両手の指を絡めて組んだ足の膝の上に置いて続けた。

「だって、最上さんは私の奴隷でしょ?」

 その言葉に、友子は微かに顔を上げ、柚子の方に視線を向けた。
 目が合うと、柚子は冷たい眼差しで友子を見つめたまま続ける。

「そりゃあ、最上さんが寺島さんを殺したことが知られて責め立てられようが、ここから追い出されて苦労することになろうが、そんなの私にはどうでもいいことだよ。……でもさ、今ここで最上さんがいなくなると、色々と面倒なんだよね」

 淡々とした口調で語りながら、柚子は左手の人差し指で右手の甲をトントンと軽く叩く。
 彼女の言葉に、友子は何も答えず、その様子をジッと見つめた。
 柚子は続ける。

「私が日本に帰る為に、最上さんには早く心臓の魔女を殺して貰わないといけないの。その為にこうして強くなって貰ったんだし、最上さんが魔女を殺すことを前提に計画を立ててるんだよ? 今ここで寺島さんを殺したことが知られて最上さんがいなくなったら、今までしてきたことが全部無駄。また計画を立て直さないといけなくなるし、そんなことしてる間に日本に帰る日が遅くなっちゃうじゃん」
「……」
「それに最上さんさ、奴隷になる時に約束したよね? 必要な時には、私の言うことを聞いて貰う。私の命令を聞いて動く、奴隷になるって。……奴隷には拒否権、無いんでしょ?」
「……最初からそれを言えば良かったでしょ」

 演技がかったような口調で長々とわざとらしく語り、最後に冷たい微笑を浮かべながら締めくくった柚子に、友子は不愉快そうに眉を顰めながら答えた。
 それに、柚子はニッコリと満面の笑みを浮かべながら「何のこと?」と聞き返す。
 彼女の反応に、友子は大きく溜息をつきながら続けた。

「そんな長々と喋らないで、最初から『奴隷に拒否権は無いんだからさっさと私の言うことに従え』って、言えば良かったじゃない」
「いやぁ、最上さんが自分の奴隷としての存在意義を理解してないのかと思ったからさ。今一度、ちゃんと説明しておいた方が良いのかと思って」

 悪びれること無く笑顔で答える柚子に、友子は忌々しそうに顔を顰めた。
 ──相変わらず人を馬鹿にしたような態度を取ってきて……ホント、ムカつく。
 ──けど、まぁ……山吹さんの言うことには、一理あるか。
 ──私も早く心臓の魔女からこころちゃんを救い出したいし、余計な面倒事は極力避けたい。
 ──その為に山吹さんの奴隷になったような部分もあるし……背に腹は代えられない、か。

「……まぁ、分かったよ。上手く出来るかは分からないけど、余計な面倒事は招かない程度には、善処する」
「ん……? 珍しく素直だね?」

 思っていたよりも素直に返事をした友子に、柚子は目を丸くしながら少しだけ身を乗り出して聞き返す。
 彼女の言葉に、友子は僅かに目を伏せながら口を開いた。

「別に……山吹さんの言うことも尤もだな、と思っただけ。……私も早くこころちゃんを助けに行きたいし、余計な面倒事は増やしたくないから」
「……ホント、猪瀬さんのこと好きだね」
「そんなの今更でしょ」

 間髪入れずに即答する友子に、柚子は僅かに頬を引きつらせた。
 ここまで恥ずかしげも無く一途な恋心を曝け出されると、逆にこちらが恥ずかしくなってしまう。
 とは言え、友子がこころに対して異常なまでの愛情を向けているからこそ、自分達の主従関係は成立している。
 そう考えると、多少は我慢せざるを得ない。

『猪瀬さんは……絶対にこちらの味方に付くとは限らないので、彼女の処遇については一旦置いておきます』

『とは言え、仮に彼女が魔女側に付いたとしても──』

 そんなことを考えていた時、先程の話し合いでのクラインの言葉が、柚子の脳裏に過ぎる。
 同時に、こころが心臓の魔女に対して、恋愛感情を抱いていることも。
 ──猪瀬さんが心臓の魔女のことを恋愛的な意味で好いていることは確実。
 ──クラインさんがそれに気付いている可能性は薄いと思うけど……でも、猪瀬さんが魔女側につく可能性について考えてくれていたのは、有難いかな。
 ──多分、ほぼ確実に……猪瀬さんは、心臓の魔女そっち側につくと思うから。
 問題は……と、柚子は顔を上げ、荷物の整理を再開している友子に視線を向けた。

「そういえばさ、さっきの話し合いで、クラインさんが言ってたこと覚えてる?」

 柚子がそんな風に質問を投げ掛けると、友子は荷物の整理をしていた手を止め、不思議そうな表情で顔を上げた。

「クラインさんが言ってたこと……?」
「ホラ、あの……猪瀬さんが、心臓の魔女の味方につくかもしれないって話」
「あぁ……あの、くだらない話?」
「くだらない?」

 珍しく小馬鹿にしたような口調で言う友子に、柚子はつい聞き返す。
 すると、友子は荷物整理を再開しながら「くだらないよ」と続けた。

「だって、こころちゃんが心臓の魔女の味方につくなんて、そんなこと絶対に有り得ないでしょ? こころちゃんは私の大切な友達なんだから、私が助けに行けば、こころちゃんは私の味方についてくれるに決まってるもの」
「どうかなぁ。……ホラ、ストックホルム症候群ってあるじゃない? 誘拐された被害者が、誘拐犯に恋をしちゃったりするやつ。今の猪瀬さんの状況って、それと似てると思うんだよねぇ。だから、もしかしたら何かの拍子に、猪瀬さんが心臓の魔女に恋愛感情を抱いちゃった、なんてことも……」

 あるかもしれないよ、と続けようとした柚子の言葉は、突然乱暴に押し倒されたことによって遮られる。
 勢いよく後ろに倒れた体が柔らかいベッドに受け止められるのを感じながら、柚子は一体何が起こったのか理解できず、すぐに大きく目を見開いた。
 そこには、自分の体の上に馬乗りになっている友子の姿があった。
 彼女はいつの間にか取り出していた嫉妬の矛エンヴィーパイクを柚子の首筋に突き付け、暗い瞳で柚子を見下ろしている。

「……それ以上言ったら許さないよ?」

 静かな声で言う友子に、柚子はゆっくりと唾を飲み込む。
 咄嗟に答えられずにいる柚子に、友子は表情を変えぬまま続けた。

「こころちゃんが心臓の魔女のことを好きだなんて……冗談でも、言って良いことと悪いことがあるよ」
「……冗談……?」
「こころちゃんだって、本当は嫌なのに、無理矢理魔女の奴隷にさせられてるんだよ? それなのに、魔女に恋愛感情を向けてるなんて思われるの、嫌に決まってるじゃない。こころちゃんを不快にさせるようなこと、それ以上言ったらどうなるか……分かってるよね?」

 静かな声で言いながら、友子は柚子の首筋に矛の刃を近付ける。
 その動きに合わせて、重力に従い垂れ下がった友子の長髪が揺れ、引きつった柚子の頬を撫でる。
 空色の髪の隙間から見え隠れする、まるでゴミを見るような目でこちらを見下ろす友子の顔を見つめながら、柚子はゆっくりと息を吸った。
 そして……──。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「ッ……!?」

 喉が張り裂けんばかりの金切り声を上げる柚子に、友子はギョッとしたような表情を浮かべながらも咄嗟に矛を床に投げ捨て、その手で柚子の口を塞ぐ。
 この宿の壁は決して薄い訳では無いが、防音性に優れているかと言われるとそうでも無い。
 話し声や多少の大声であれば問題ないだろうが、今のように大きな声で悲鳴を上げれば、少なくとも隣の部屋には聴こえる。
 そして隣には、花鈴と真凛が泊まって……──。

「ぷはッ……ねぇ、最上さん。今この状況を誰かに見られたら、どう思われるんだろうね?」

 友子が頭の中で状況を整理していた時、口に当てられていた手を何とか外させた柚子が、嘲るように笑いながらそう言う。
 彼女の言葉に、友子は眉間に皺を寄せながら柚子の目を見つめる。

「山吹さん……何のつもり……?」
「それはこっちの台詞だよ」

 押し殺したような声で言う友子に、柚子は静かな声で言いながら軽く上体を起こし、ゆっくりと手を伸ばす。
 彼女はその手で友子の胸倉を掴むと、軽く起こしていた体を再度ベッドに倒す形で引っ張り、顔を近付けさせた。

「ッ……」

 突然胸倉を掴まれ引っ張られた友子はバランスを崩し、前のめりに倒れそうになるが、何とか柚子の顔の横に手を置く形で体を支える。
 息が掛かるような至近距離で見つめ合いながら、柚子は小さく笑みを浮かべ、続けた。

「最上さんさぁ……やっぱり自分の立場、分かってないみたいだね」
「……何……?」
「猪瀬さんの為に、余計な面倒事は避けたいんでしょう?」

 柚子の口から出たこころの名前に、友子は僅かに目を見開く。
 それを見た柚子はククッと喉を鳴らすように笑い、続けた。

「もし、さっきの悲鳴を聴いて駆けつけてきた花鈴と真凛がこの状況を見たら、どう思うかなぁ? それで私が、最上さんが寺島さんを殺したって話をしたら……どうなると思う?」
「……私が寺島さんを殺したことが知られたら、山吹さんも面倒なことになるんじゃないの……?」
「そうだけど、最上さんが私を殺すって言うのなら話は別だよ。私だって、死にたくないし」

 先程まで殺されかけたとは思えない程冷静に、飄々とした態度で言う柚子に、友子は咄嗟に答えられない。
 すると、柚子は笑みを崩さないまま続ける。

「そもそも、私が最上さんの秘密を内緒にしてあげているのは、最上さんが私の命令を聞いて動いてくれることが条件でしょ? 私の言うことを聞かないなら、最上さんを庇う理由も無いじゃない」
「……」

 柚子の言葉に、友子は不愉快そうに顔を顰めた。
 それを見た柚子は胸倉を掴む力を強め、友子の体をさらに引っ張って今にも唇が触れそうな距離まで顔を近付けると、ゆっくりと口を開いた。

「嫌なら、これ以上いらないことしないで、黙って私の命令だけ聞いて動いていれば良いんだよ。最上さんは、私の奴隷なんだからさ」
「ッ……! 分かったからッ!」

 ドスの効いた声で囁く柚子に、友子は声を張り上げながら体を捻り、胸倉を掴んでいた手を強引に外させた。
 彼女は飛び退くように柚子から距離を取ると、掴まれていた胸元に手を当てながら、不快感を露わにするように睨みつけた。

「……だったら山吹さんも、これ以上余計なこと言わないで。こころちゃんが心臓の魔女を好きなんてふざけたこと……冗談でも、二度と言わないで」
「……はいはい。悪かったよ」

 殺意がこもったような低い声で言う友子に、柚子はゆっくりと体を起こしながら、悪びれることなく答える。
 彼女の反応に友子は眉を顰めたが、これ以上何か言っても時間の無駄だと察したのか、静かに顔を背けた。
 それを見た柚子は、不意に何かを思い出したような表情を浮かべ、友子に顔を向けて続けた。

「そうだ。最上さんに一つ朗報」
「……何?」
「実を言うと、この部屋には今、防音魔法を使ってるんだよね。だから、さっきの私の悲鳴が、花鈴と真凛がいる隣の部屋に聴こえることは無いよ」
「……防音魔法……?」

 ここで、初めて自分がいる部屋に魔法が掛かっていることを知り、友子は不思議そうに聞き返した。
 彼女の反応に、柚子はベッドの上で胡坐を掻きながら「ん」と頷く。

「クラインさんが魔道具を貸してくれたんだよ。この部屋、花鈴と真凛が泊まっている方とは逆側の部屋は一般客が泊まってるからさ。この部屋で心臓の魔女についての話をした時に、万が一にでも向こうの部屋に聴こえる可能性があるから、念の為に……ってね」

 ──だったら、別に今ここで山吹さんを殺しても問題無いのか。

「まぁ、だからと言って余計なこと考えない方が良いよ。もしまた最上さんが変なことしてきたら、今発動してる防音魔法を解除して、さっきみたいに悲鳴上げるから」

 一瞬、友子の中で湧いた不穏な考えを見透かしたように、柚子は淡々と続ける。
 彼女の言葉に、友子は軽く舌打ちをすると、すぐにベッドから下りて離れていく。
 その様子を見送った柚子は、友子に気取られない程度に小さく溜息をつくと、ポフッと軽い音を立ててベッドの上で仰向けになった。

 ──……面倒なことになってきたな……。

 心の中で呟きながら、柚子は静かに自分の目元を覆う。
 先程の友子の様子を見るに、もし本当にこころが心臓の魔女に恋愛感情を抱いているなんて知ったら、何をしでかすか分からない。
 その殺意を魔女に向け、殺してくれたならそれで良い。
 しかし、もしもそうならなかった場合どうなるか、分かったものでは無い
 だからと言って、これ以上この件について何か言っても、友子の神経を逆撫でするだけでしかない。
 ──せめて、猪瀬さんが心臓の魔女に向けている感情に、最上さんが気付かないまま戦いが終われば良いんだけど……。
 心の中で呟きながら、柚子はもう一度溜息をついた。
 こうして、夜は静かに更けていった。

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