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第6章:光の心臓編

152 ただ守りたくて

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<猪瀬こころ視点>

 あれから今後の動きについて軽く話し合った後、フレア達はもう一つの部屋に移動し、眠りにつくことにした。
 リートは相変わらず痛みで辛そうだったが、安静にしている間に少し引いたようで、何とか眠ることが出来たみたいだ。
 しかし、彼女の容態がかなり危うい状態であることには変わりない。
 やっぱり、一刻も早く光の心臓を取りに行かないと……。

「はぁ……はぁッ……けほッ……はぁ……」

 眠りながらも、リートは荒い呼吸を繰り返し、たまに咳き込んだりしている。
 電気が消えた暗い部屋の中で、窓から差し込む青白い月光だけが、苦痛に歪む彼女の顔を照らす。
 私はそれを、ベッドの傍に置いた椅子に座って見守っていることしか出来なかった。

「……リート……」

 小さく呟きながら、私は自分の胸に手を当てて、ギュッと強く握り締める。
 ……もどかしい。
 好きな人が目の前で苦しんでいるというのに、私は何もできず、こうして見ていることしか出来ないのだから。
 現状、私達にリートの傷を根本から治癒する術は無い。
 彼女の傷を治すことが出来ないというのなら……せめて、彼女の痛みを肩代わりしたい。
 少しでも彼女の感じている痛みを取り除けるのなら、私は喜んでこの身を捧げる。
 しかし、現実的に考えてそんなことが出来るわけも無く、こうして見ていることしか出来ない。

 ……何か、私がリートに出来ることは無いだろうか。
 そんな考えが、私の頭の中で渦を巻くように延々と巡り続ける。
 しかし、私が彼女の痛みを代わりに背負うことも出来なければ、彼女の傷を治すことも出来ない。
 リートが光の心臓を手に入れていないから光魔法を使うことも出来ないし、そもそも私には魔法を使うことすら不可能。
 結局、私なんかに出来ることなんて、何も無いのかな……。
 後ろ向きな気持ちになって俯きかけた時、ふと……前に風邪を引いて酷い熱を出した時、リートが看病してくれた時のことを思い出す。

 あの時……リートが私の風邪を治す為に、根本的な治療を施してくれることは無かった。
 特に酷かった時はずっと寝てたから記憶が曖昧ではあるが、風邪も状態異常の一種だから普通の回復薬は通用せず、自然治癒で治すしか無かったと後から聞いた。
 だから、リートはただ……私の傍にいた。
 そりゃあ、症状が和らぐようにと色々と看病はしてくれていたし、その行為に助けられたのは事実ではある。
 しかし、それ以上に……彼女が傍にいて見守ってくれていたことが、凄く心強かった。
 ただそれだけのことが……私には嬉しかった。

 私が誰かに看病された経験が乏しいからそう感じただけなのかもしれないが、体調を崩すと凄く心細くなって、誰かが傍にいるだけでとても安心するような気がする。
 リートの現状を私の時と比較するのは間違っているとは思うが、それでも……見当違いな考えでは、無いと思う。
 ……まぁ、私の場合はあの時傍にいてくれたのが好きな人だったというのもあって、かなり補正が掛かっている可能性もあるけど……。
 でも……──と、私はソッと手を伸ばし、布団の隙間から出ているリートの手に重ねた。

「──……少しは……力になれるよね……?」

 声にならないくらいの小さな声で呟きながら、私はリートの手を軽く握る。
 彼女の手は、血液が手先まで伝わっていないのか、氷のように冷たくなっていた。
 私はその手を自分の体温で温めるように、彼女の手を握る力を少し強める。
 こんなことでは、何の手助けにもならないかもしれないけど……ほんの僅かでも良いから、彼女の力になりたかった。

「うぐッ……うぅッ……ぐッ……」

 その時、突然リートが眉間にしわを寄せ、低い声で呻き始めた。

「リート……!? どうしたのッ……!? 大丈夫ッ……!?」
「ぐぁッ……がはッ……うぁッ……ッ……!」

 必死に声を掛ける私の言葉に、リートは答えない。
 いや、寝ているから答えられるわけがないのか。
 動揺で思考がグルグルと駆け巡る中、掛け布団の隙間から、私が握っている方とは逆の手で胸を押さえているのが見えた。
 胸の傷が痛むのか? ……まさか、悪化したんじゃ……!?

「リート、しっかりして……! すぐに誰か呼んでくるから……ッ!」

 とにかく誰かを呼ばなければ……! いや、それより先にミルノを起こして、リートを見ておいて貰わないと……ッ!
 動転した思考の中で何とかそう考えてすぐにその場を離れようとした時、リートが私の手を強く握りしめた。
 強く、強く……まるで、絶対にこの手を離すものかと言っているかのように、強く。
 私はそれに、ほぼ反射的に動きを止め、痛みに顔を歪めているリートを見た。
 ……痛い。ギリギリと皮膚が捩れる音が聴こえてくるような錯覚さえする。
 でも……リートの方が、もっと痛いに決まってる。
 私の痛みなんて、彼女が今感じている痛みに比べれば何てことない。
 けど、こうすることで少しでも彼女の痛みが和らぐのなら……少しでも、彼女の痛みを肩代わりできるなら……──。

「……私が付いてるよ、リート」

 私は空いている手をリートの手の下に滑り込ませ、彼女の手を包み込むように、両手で強く握る。
 私が傍にいる。どんな痛みでも、共に背負う。
 救うことは出来なくても、近くにいて一緒に苦しむことは出来る。
 少しでもその痛みを取り除くことが出来るのなら、何だってする。
 その気持ちを伝えるように、強く……──それでも、彼女の手が痛くならないように加減しながら──握り返す。

「ッ……!」

 その時、突然リートがカッと目を見開いた。
 彼女は大きく目を見開いたまま荒く呼吸を繰り返しつつ、私を見つめている。
 突然彼女が目を覚ましたことに驚いたが、私はすぐに顔を近付け、口を開いた。

「り、リート、大丈夫……ッ? 凄く辛そうだったけど……誰か呼んできた方が……」
「……──……」

 私の言葉に、リートは掠れた声で何か言う。
 しかし、その声はほとんど吐息に紛れ、何を言ったのかほとんど聞き取れなかった。

「えっと……ごめん、今、何て……」
「誰も……呼ばんで、良い……呼んだ、ところで……どうしようも、無い……」

 聞き返す私に、リートは今にも掻き消えてしまいそうなか細い声で言いながら、胸を押さえていた手を離してこちらに伸ばす。
 微かに震えている弱々しいその手は、自身の手を包んでいる私の手に重ね……軽く、握る。
 まるで……縋るように……。

「だから……どこにも、行くな……ずっと……妾の傍に、いろ……」

 涙で潤んだ目で真っ直ぐこちらを見つめながら、リートは続けた。
 彼女の瞳が涙で揺らぐのを見つめながら、私は微かに息を呑む。
 しかし、すぐにその息を吐くように小さく笑いつつ、彼女の手を強く握り返した。

「もちろん。私は、ずっと一緒にいるよ。……奴隷には、拒否権なんて無いからね」

 私の言葉に、リートは安堵したような笑みを浮かべ、静かに瞼を瞑った。
 目を瞑ったことによって、彼女の目尻から一筋の涙が零れ落ちる。
 彼女の涙を見た瞬間、私はまた胸が締め付けられるような感覚がした。
 ……やっぱり……リートのこと、好きだな……。
 彼女が苦しんでいる姿を見るのは嫌だし、その苦しみを取り除けるなら、何だって出来る気がする。
 誰よりも彼女に近い場所にいて、守りたいと思う。
 ……凄く、愛おしいと思う。

 友子ちゃんのことも大切だけど……私がリートに向けている感情とは、決定的に違う何かがあるのを感じてしまう。
 同時に……友子ちゃんが私に向けている感情は、かなり似通っていることも……。
 だからこそ、私はやっぱり……友子ちゃんと向き合って、この関係にケリを付けなければならない。
 例え……刺し違えることになったとしても……。

「……大丈夫だよ。リート」

 私はそう呟きながら、気付けば寝息を立てていたリートの手を握る。
 一番上にある彼女の手に額を当てながら、私は続けた。

「私が絶対に……守って見せるから……」
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