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第5章:林の心臓編

134 獣人族長の息子

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<ティノス視点>

 朝になり、俺は一人でティナと昨日の侵入者を閉じ込めた地下牢へと向かった。
 一度ティナを牢屋から出し、それから父さんの部下を何人か連れて人族共に拷問するのが今日の予定だ。
 ティナの奴は一晩通して反省しただろうか。
 全く……いつもより帰りが遅いかと思ったら、人族の侵入者など連れてきやがって……。
 脅されたと言っていたが、それを話した時、ティナは視線を上の方に逸らしていた。
 あれは彼女が嘘をついている時に出る癖だ。
 馬鹿なアイツにしてはよく出来た嘘だと思うが、まぁ……大方、上手いこと言いくるめられて自分から連れてきたのだろう。
 人族の侵入者を自分から連れてくるなど、馬鹿の極みとしか思えない。
 頭が悪いとは思っていたが、ここまでとは……。
 まぁ、一晩地下牢に閉じ込めてやれば反省もしただろう。

 そんな風に考えながら、俺は町から少し外れた森との境界線近くにある地下牢に下りる為の扉を開けた。
 錆び付いた鉄の扉は、開くとギィィィィ……と、軋むような酷い音を立てた。

「ひぃぃぃぃッ!」

 すると、扉を開けてすぐそこにある、階段の下から、何やら悲鳴が聴こえてきた。

「何事ニャンッ!?」

 俺はすぐに拷問用に持ってきた鉈を鞘から抜き取り、階段を駆け下りて牢屋の前の廊下に飛び出した。
 すると、すぐに檻が開きっぱなしになっているのが目に入り、次いで牢屋の中で見張りを任せていたタッカーが壁際に追い込まれているのが見えた。
 タッカーに詰め寄っているのは捕獲した侵入者の内の赤髪の人族で、タッカーの顔に、手に灯した炎を近付けようとしていた。

 炎……魔法か……!
 こいつ等を捕獲した時にすぐさま武器の所持を確認したが、全員武器のようなものは所持していなかった。
 今思えば、獣人族の町に侵入するのに武器の一つも持っていないなんて、もっと怪しむべきだった。
 魔法を使えるから、武器を持っている必要が無かったんだ……!

 そんな風に考えつつ視線を逸らした時、俺は目を見開いた。
 なぜならそこには、ボロボロになって地面に座り込み、項垂れているティナの姿があったからだ。
 一瞬死んでいるのではないかと思ったが、呼吸はあるようで、たまに僅かに肩が揺れている。
 死んではいない……気絶、といったところか……?
 しかし、どうして……? こいつ等……グルだったんじゃないのか……!?
 俺はギリッと強く歯ぎしりをしたが、すぐに牢屋の中に踏み込んだ。

「おいッ! 貴様等何して……ッ!?」
「入ってきたらダメだよ~」

 ひとまずタッカーに詰め寄っている赤髪の人族に近付こうとした俺は、能天気な声と共に首筋に突き立てられた刃に、すぐに足を止めた。
 俺に刃を突き立てたのは、この人族達の中で最も背の低い黄色い髪をした人族だった。
 恐らく……土魔法だろうか。
 奴は岩でできたナイフのような小さな剣を持ち、刃の部分を俺の首筋に突き付けている。
 岩で出来ているとは言っても、その刃はかなり鋭い。
 これで頸動脈でも切られれば、ただでは済まないだろう。

 ……ティナが、こいつ等は普通の人族じゃないと言った時……俺は、大袈裟なことを言っているだけだと無視をした。
 確かにこいつ等からは強い魔力を持っている匂いはするが、あくまでそれだけ。所詮は人族。
 獣人族は身体能力でなら人族を十分に凌駕しており、多少魔力が優れていようと、負ける筈が無いと侮っていた。
 森の中でこいつ等を襲った時は、確かに人族にしては良い動きをしていると思った。
 しかし、結局はこちらが仕掛けていた罠にあっさり引っかかり、そのまま難なく捕縛することが出来た。
 奴等の動きは、あくまであの時運が良かっただけのことだと、特に気に留めていなかったのだが……。

 俺は視線を動かし、壁際に追いやられているタッカーに視線を向けた。
 彼は、獣人族の中では割と腕っぷしのある方だ。
 だからこそ、この地下牢の見張りを任せていた。
 人族の女五人程度、彼なら難なく制することが出来るはずだった。
 今みたいに、成す術なく壁際に追い詰められるようなことは無いはずだった。

 ティナもそうだ。
 コイツは女ではあるが、仮にも獣人族の端くれ。
 女と言ってもかなりガサツな奴だし、なんだかんだ運動神経は良い。
 人数差で多少不利になることはあるかもしれないが、それでも、ここまで一方的にボロボロにされるようなことは無いはずだ。
 ティナが抵抗している間にタッカーが止めに入れば、軽い怪我で済んでいる計算になる。

 考えろ。ここで選択を誤るわけにはいかない。
 獣人族長の息子として、この場での最適解を見つけ出すんだ……!

「……突然こんなことして……一体、何のつもりニャン?」

 腰に提げた鞘に鉈を仕舞い、ゆっくりと両手を挙げながら、俺はそう問いかけた。
 少しでも奴等の機嫌を損ねれば、すぐにでも俺の息の根は止められてしまうだろう。
 体毛に覆われた頬に冷や汗が伝うのを感じながら、俺は奴らの返答を待った。

「こんなこと……? あぁ、あの子のこと?」

 俺の問いに答えたのは、倒れているティナの近くの壁に凭れ掛かる形で佇んでいた青髪の人族だった。
 奴はそう言うと、地面に倒れているティナを一瞥した。
 本当は今の状況全てに言えることだったのだが、まぁ……それもあるか。
 ひとまず頷いてみると、彼女は緩く笑みを浮かべて続けた。

「元々はあの子を利用して、事を荒立てることも無くこの町に侵入するつもりだったのよ? それなのに、あの子がヘマしたせいでこんな場所に閉じ込められて……だから、相応の罰を与えたまで。……そうしたらあの人が邪魔しに来たから、この状況ってわけ」

 青髪はそう言うと、ゆらりと視線をタッカーに向けた。
 それに合わせて赤髪の人族が手に纏った炎をさらにタッカーの顔に近付けた為、タッカーは「ひぃッ……!?」と小さく悲鳴を上げながら体を震わせた。
 恐らく、俺が来るまでにかなりこっぴどくやられたのだろう。完全に怯んでしまっている。
 だが、何も出来ないのは俺も同じだ。
 ただ両手を挙げた状態のまま口を噤んでいると、青髪の人族は腕を組んで続けた。

「だから、まずはティナちゃんとそこの人でも殺して、それから獣人族を皆殺しにでもすることにしたの」
「何……!? 貴様等の目的は、獣人族を捕らえて、奴隷として売り捌くことじゃ無いニャン……!?」

 とんでもない発言に、俺は思わずそう声を上げた。
 獣人族を奴隷として捕らえるつもりだと思っていたから、俺が殺されることはあっても、皆殺しなんてことになるとは思っていなかった。
 しかし、それならこいつ等の目的は何なんだ……!?

「あぁ……目的? 残念だけど、私達の目的は貴方達が守っている豊穣の神様とやらを頂くことなの。でも、この子から聞いた話では、獣人族は皆豊穣の神様を厳重に守っているんでしょう? だったらいっそのこと、皆殺しちゃえば早いじゃない?」

 平然と言ってのける青髪の人族に、俺は言葉を失った。
 ……豊穣の神様を頂く、だと……!?
 コイツは一体、何を言っているんだ……!?
 しかも、その為に獣人族を皆殺しにするなんて……トチ狂ってる……!
 何よりタチが悪いのが、こんな突拍子の無い発言を実現し得る力を持っているというところだ。
 このままでは、獣人族は皆……──だが、今ここで俺にできることなんて、何も……。

「本当はティナちゃんを使って上手く潜入して、こんな風に事を荒立てることも無く、豊穣の神様を頂くつもりだったのよ? でも、この子のせいで私達の作戦は失敗した。だから、まずはこの子を殺そうと思うわ。その次はその見張りの人を殺して、貴方と、一緒に来た獣人族も……この町の人達も皆殺す。それが、私達の作戦よ」

 青髪はそう言うと、水魔法で氷を生み出して剣を作り出し、ティナの首筋に標準を定めて振り上げた。
 立ち尽くしたままその光景を見つめていた時、首筋にあてがわれていたナイフが僅かに外れたのを感じた。
 ……ティナ殺しに気を取られているのか……!?
 試しに一歩後ずさってみるが、黄色い髪の人族が反応する節は無い。
 このまますぐに牢屋を飛び出して助けを呼んで人数差をつければ、もしかしたら勝てるかもしれない。
 絶対に勝てるという保証も無いが……それでも、僅かな可能性に掛けてみる価値はある。

 どう頑張ってもティナは犠牲になってしまうが……仕方がない。
 アイツ一人の命とその他獣人族全員の命。どちらが大事かなど、天秤にかけるまでもない。
 俺は先程しまった鉈の柄に手を掛け、今すぐこの場を脱するべく、先程後ずさった足に力を込める。
 直後、青髪の人族は氷の剣を振り下ろした。
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