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第5章:林の心臓編

116 必要ではなくても

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「ん~! 美味しい~!」

 ケーキを一口食べたアランは、美味しそうに言いながら自分の頬を押さえる。
 その様子を見ていたリアスは、小さく微笑を浮かべながら「良かったわね」と言い、コーヒーを一口啜る。
 彼女はコーヒーカップをコトリとテーブルに置き、胸に挟んだメモ用紙を摘まみ取り、そこに書いてあるリートから頼まれた物資を一つずつ確認していく。

 喫茶店で三人それぞれ好きな物を頼んだにも関わらず、その代金を差し引いた、リートから預かっている金の残高が思っていたよりも多いのだ。
 金が多めに残っているのは良いことかもしれないが、何か買い忘れがあっては元も子もない。
 ──まぁ、今日一日でこころの風邪が完治するとも思えないし、明日に買いに行っても良いかもしれないけど……。
 リアスはそんな風に考えながらメモ用紙から顔を上げ、向かい側の席で炭酸入りのドリンクを飲んでいるフレアを見た。
 目が合うと、フレアは眉を顰めながらコップから口を離し、口を開いた。

「あ? 何だ? 俺の顔に何か付いてんのか?」
「……いえ、別に。何でも無いわ」

 訝しむように言うフレアに、リアスは素っ気ない口調で言いながら、メモ用紙に視線を戻した。
 明日また買いに行くこと自体は構わないが、買い忘れがあったことを宿屋に着くまで気付かなかったことで、フレアに馬鹿にされる可能性があることが気に食わない。
 他のことはともかく、頭脳面で目の前にいる脳筋フレアに馬鹿にされるのは、流石に彼女のプライドが許さないらしかった。
 コーヒーを啜りつつ、メモに書いてある物を上から順に確認していたリアスは、一番下に書いてあるものを見て動きを止めた。
 ──……あぁ……これか……。

『まぁ、今すぐというわけでは無いが……いずれ、必要になる』

 宿屋でそれについて聞いた時のリートの反応が、脳裏を過ぎる。
 ──彼女はああ言っていたし、買って来なくても多少文句を言われるだけで済むかもしれないけど……。
 リアスはそんな風に考えながらもフレアを一瞥し、コーヒーを掻き込むように一気に飲み干した。

「……ごめんなさい。少し買い忘れた物があるから、買って来るわね」

 リアスはそう言って立ち上がり、持っていた小袋から頼んだ飲食物分の金を取り出してテーブルに置いた。
 それを見て、フレアは「んぁ?」と聞き返し、アランは「んんん~」と何かを言いながら咀嚼していたケーキを飲み込んだ。

「いってらっしゃ~い。気を付けてね~」
「えぇ、ありがとう。行ってくるわ」
「いやいや……買い忘れた物って何だよ? ンなもんあったか?」
「……別に、貴方には関係無いわよ。一応すぐ戻ってくるつもりだけど、何かあったらこのお金で会計済ませておいて。……あぁ、丁度しか無いから、追加で何か頼んだりしたらダメよ」
「おまッ……俺の質問に答えろよ!」
「馬鹿な貴方に言っても理解出来なさそうだもの」
「はぁッ!?」

 憤るフレアを軽くスルーし、リアスは店を後にしてリートに頼まれた物を探した。
 適当に近くの書店に行けば見つかるかと思っていたが、珍しい本なのか、喫茶店近くの書店を二軒程回っても見つけることが出来なかった。
 フレア達を待たせていることもあるし、別にすぐに必要な物でも無さそうだったので、最後にダメ元で入った古本屋にて偶然見つけることが出来た。
 古本と言っても状態は大分良く、ほぼ新品と言っても過言では無い状態だった。

 代金を支払う際にレジカウンターに立っていた老人に少し話を聞いてみたところ、リアスの買った本に書かれている魔法はかなり複雑で使いにくく、日常生活の中でもそこまで頻用するものでは無いらしい。
 それでも学んでみたいと思う物好きは極少数ではあるが存在し、そう言った少数派の為に、魔法学校等では選択式の専門科目として取り扱われているらしい。
 そう言った学校等で教科書として使われている為に絶版にこそなっていないものの、私用でわざわざ買うような物好きはあまりおらず、取り扱っている書店もかなり少ないとのこと。
 リアスが奇跡的に購入出来たのも、恐らくこの店で過去に魔法学校の生徒だった人間が売ったからではないかとの話だった。

 ──そんな珍しい魔法の本を欲しがるなんて……何を考えているのかしら。
 古本屋を後にしたリアスは、両手に持った紙袋を見つめながら、心の中でそう呟いた。
 ──にしても、思っていたよりも時間取っちゃったわね。二人……フレアはともかく、アランのこと、かなり待たせちゃったわ。早く戻らないと。
 内心でそんな風に考えつつ、買った本が入った紙袋をソッと胸に抱き、少し歩く速度を速める。
 その時だった。

「ねぇねぇ、おねーさん一人~?」

 突然そんな風に声を掛けられ、リアスは立ち止まって顔を上げた。
 見るとそこには、ヘラヘラした表情でこちらを見つめている一人の男がいた。
 自分の勘違いかと辺りを見渡してみるが、残念ながら、男の言った一人でいるお姉さんという条件に該当する人物は自分以外に見つかりそうになかった。
 彼女は諦めたように小さく溜息をつき、改めて目の前の男に視線を戻した。
 軽薄……そんな言葉がよく似合う、チャラチャラした感じの男。
 明らかに不機嫌になるリアスに気付いているのか否か、男はヘラヘラと笑ったまま続けた。

「俺も今一人で暇しててさ~。良かったらこれからお茶でもどう?」
「いえ、今は人を待たせているので……」
「人って友達? 友達って女の子でしょ? 良かったらその子も一緒にどう? 俺も友達呼ぶから二対二で一緒に遊ばない?」

 中々引き下がる様子の無い男に、リアスの不快感は増していた。
 目の前にいる男はニヤニヤといやらしく笑いながら、まるで舐め回すように、リアスの体をねっとりと見つめている。
 人の感情に聡いリアスだからこそ、男が自分に向けているであろう感情に人並み以上に気付いてしまい、余計に不愉快になっていた。
 力だけなら目の前の男よりも劣るかもしれないが、魔法を使えばそんなもの関係無い。
 彼女が本気を出せば、目の前にいる男などいくらでも沈められる。
 手に魔力を込めたリアスは、そこで辺りを軽く見渡し、その目を僅かに細めた。
 ──とはいえ、人通りはあるし……目立つような行動は避けた方が良いわよね。
 心の中でそう呟いたリアスは、すぐにその顔に笑みを浮かべて口を開いた。

「あー……いえ、間に合ってますので……あの、私急いでますから、この辺で……」
「えぇ~! ちょっとくらい良いじゃん!」
「あはは……すみません、本当に無理なので……」
「そんなこと言って、ホントはナンパ待ちしてたんじゃないの~? そんなに肌出してさぁ」

 男はニヤニヤ笑いながらそう言うと、リアスの露出された肩を掴んだ。
 乱暴に肩を掴まれた途端、彼女の体が強張る。
 背筋に大量の虫が這いずり回ったかのような寒気が走り、笑みを浮かべていたその表情が引きつったように固まる。
 突然のことに咄嗟に言葉が出てこず、そのまま硬直してしまいそうになっていた時だった。

「何してんだ? アンタ」

 そんな声と共に、リアスの肩を掴む男の手を、横から伸びた腕が掴む。
 かなり強く握り締めているようで、ギリギリと肌が軋むような音がした。
 音だけでなく痛みも相当なもののようで、ニヤニヤといやらしい笑みが張り付いていたような男の顔は一転し、醜く歪む。
 男の腕を掴んだ人物は、その手を引っ張るようにしてリアスの肩を離させる。
 肩から手を離されることで少し落ち着いたリアスは、後ずさるように距離を取りながら、男の腕を掴んでいる人を見た。
 そして、目を大きく見開いた。

「……フレア……?」

 片手に今日買った物資の入った袋を抱えながら、もう片方の手で男の腕を握り締めているフレアは、名前を呼ばれてリアスの顔を見た。
 目が合うと、彼女はその目を細め、呆れたような口調で答えた。

「ったく、どこほっつき歩いてたんだ馬鹿。探したじゃねぇか」
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