上 下
103 / 208
第4章:土の心臓編

100 一緒に

しおりを挟む
「迎えに来たぞ。イノセ」

 相変わらずの不敵な笑みを浮かべながら、リートはそう言った。
 彼女の言葉に、私はその場に立ち尽くすことしか出来ない。
 どうして、彼女がここに……? というか、迎えに、って……?
 色々な疑問が脳内でグルグルと渦巻き、私はすっかり混乱状態になってしまった。
 すると、リートは乗っていた窓枠から下り、床に足を着けた。
 それを見て、私はハッと我に返った。

「ちょっ、危ないって……!」

 咄嗟にそう言いながら、私はリートの元に駆け寄る。
 すると、彼女は驚いた様子で「何じゃ急に」と言ってくる。

「別に平気じゃろう。靴も履いておるし、お主を連れてすぐに出るつもりじゃし」
「そういう問題じゃ……というか、どうやってここに? ここ、階数が……」
「おぉ、土魔法で足場を作ったのじゃ。今はもう砂に戻して、おるが……」

 そこまで説明したリートは、突然フラッと前に倒れる。
 私はそれに、咄嗟に彼女の体を抱きとめた。

「えっ、ちょっと……大丈夫?」
「すまんのう……休む間も無くお主を追ってきておったし、ここまで来るのも色々と大変じゃったから、体力が……」
「全く……本当に体力無いなぁ」
「うるさいのう。というか、イノセ!」

 呆れる私の顔を、リートはビシッと指さしてきた。
 突然のことに驚き、私は「へっ!?」と聞き返した。
 すると、彼女は不満そうに頬を膨らませて私の顔を睨みながら続けた。

「お主もお主じゃ! なぜダンジョンを出た後ですぐに妾と合流せんかったのじゃ!」
「いや、そもそもリート達が急にいなくなったんじゃん!」
「そりゃあそうじゃろう。お主の知り合い共は妾の命を狙っている輩であろう? アランは何とか倒したし、オマケにリアスの作った氷の壁も壊されてしまうし、当然逃げるという選択肢を取るわ」
「じゃあ、せめて私に一言くれれば……!」
「お主は矛の女と何かしておったであろう? 盾の女ならまだしも、あんな物騒な武器を持った女が近くにおるお主に声をかけるなど、自殺行為も良いところじゃ」
「だからって……」

 咄嗟に反論しようとしたが、説明されてみると、割と納得のいく話だった。
 しばらく何かを言い返そうと思考を巡らせたが、反論出来るような箇所が思いつかなかった為、私は降参の意を示すように両手を挙げた。
 すると、リートは小さく息をつき、続けた。

「全く、大変だったのだぞ? アランにも色々と説明せねばならんかったし、お主等はスタルト車を使ってさっさと進んでしまうし、いざ迎えに行こうと思ってもお主には矛の女が引っ付いておって中々手を出せんし……」
「……ごめんなさい」

 不満そうに言うリートに、私はひとまず素直に謝っておいた。
 理由はどうあれ、色々と迷惑を掛けたことには変わりない。
 私の謝罪に、彼女は満足そうに笑い、「分かれば良い」とふてぶてしく言った。

「お主こそ、なぜさっさと知り合い共から離脱して妾の所に向かわなかったのじゃ」
「それが……」

 不満そうに言うリートに、私は山吹さんに話を聞くからと捕獲され、そのままギリスール王国まで一緒に帰る流れになってしまったことを簡潔に話した。
 ……友子ちゃんにずっと一緒にいると約束してしまったことも説明しようとしたが、話そうとすると、なぜかそこだけ言葉に詰まってしまい上手くいかなかった。
 そこは後で改めて説明しようと思い、ひとまずそれを省いた今までのことを、私はリートに話した。
 私の話に、彼女は納得した様子で小さく頷いた。

「ふむ……お主にも色々と理由があったということか」
「まぁ、うん……」
「とはいえ、奴隷が主の手を煩わせるというのは許されないことであるぞ? ダンジョンでは妾の言うことも聞かずに飛び出すし……」
「いや、あの時は山吹さんが危なかったから……」

 咄嗟に反論した私の言葉に、リートはムッとした表情を浮かべた。
 ……どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。
 何だか嫌な予感がして後ずさろうとしたが、それより先にリートは私の首に両手を絡め、軽く引き寄せた。

「言うことを聞かぬ奴隷には、罰が必要じゃな」
「罰って、まさか……」

 ニヤリと笑みを浮かべながら言うリートに、私は頬を引きつらせながらそう聞き返した。
 彼女はそれに答えず、私の首に両手を絡めたまま後ろにあった窓枠に腰掛け、唇を奪った。

『レベルUP!
 猪瀬こころはレベル96になった!』

「ッ……」

 唇に柔らかい物が触れる感覚に、私は僅かに息を詰まらせた。
 すぐに彼女の体を突き返そうとするも、奴隷の契約のせいで逆らうことが出来ない。
 精々、前屈みのような体勢になる為に咄嗟に窓枠についた手で、リートに私の体重が圧し掛からないようにするくらいのことしか出来なかった。

「……こころ……ちゃん……?」

 その時、背後から、ここ数日ですっかり聞き慣れた声がした。
 私はそれにハッとして、すぐにリートから体を離した。
 慌てて後ろを振り向くと、そこには、部屋の扉の前でこちらを見て立ち尽くす友子ちゃんの姿があった。

「友子ちゃ……ッ! 違ッ、これは……ッ!」
「ふむ、もう見つかったか」

 慌てる私に対し、リートはやけにのんびりした口調で言った。
 何をそんなに呑気に構えているんだと内心で驚いていた時、彼女は私の袖を掴み、軽く引っ張った。

「ほれ、妾と一緒に来い」

 リートの言葉に、一瞬足が彼女の方に進みそうになる。
 しかし、私はすぐにハッと我に返り、慌てて両足を踏ん張る形で踏みとどまった。
 私の反応に、リートは目を丸くして私を見つめた。

「……? 何をしておる?」
「リート、私……」

 そこまで言って、私は口ごもる。
 ……何を躊躇しているんだ、私は……。
 言わないと……私はもう、リート達と旅は続けられないって……友子ちゃんの傍にいなければならないんだと、伝えないといけないのに……。

「……私は……」

 声が震えて、胸に激しい痛みが走る。
 私は拳を強く握り締め、何度も深呼吸を繰り返す。
 言え……言うんだ……言わないと……。

「こころちゃんッ!」

 すると、背後から友子ちゃんの声がした。
 顔を上げると、そこには矛を構えてこちらを見つめる大切な友達の姿があった。

「こころちゃん、ソイツから離れて! ここは、私が……ッ!」
「はぁ……全く……」

 友子ちゃんの言葉に、リートは呆れた様子で溜息をつきながら、そう呟いた。
 かと思えば、彼女は私の腕を掴み、強引に引っ張った。

「リート……!?」
「お主は本当に、何度言えば分かるのじゃ?」

 リートはそう言って私の首に両手を絡めると、後ろに倒れる形で外に身を投げた。
 彼女に体を密着させる形になっていた私は、共に窓の外へと飛び出す。
 夜空には綺麗な満月が浮かんでおり、その淡い月光が私達を照らした。
 そんな中で、リートは私の目を真っ直ぐ見つめながら、小さく笑みを浮かべて続けた。

「奴隷に拒否権は無いぞ。こころ」

 彼女の唇から紡がれたその言葉に、私は目を見開いた。
 今まで幾度となく聞いてきた、奴隷わたしの反論の術を奪う主人リートの言葉。
 その言葉を聞いた瞬間、ドクンッ! と、心臓が強く脈打った。
 まるで、今この瞬間心臓が動き出したかのような感覚と共に、ずっと私の胸中にあった突っかかりや痛みが消えていくのを感じた。

 ……いつもそうだ。
 私は優柔不断で、自分のしたいことが分からなくて、いつも周りに流されてばかり。
 自分のしたいことがあっても、周りに流されることに慣れすぎて、いつもその言葉を飲み込んでしまう。
 そんな私の手を、強引にでも引っ張ってくれるのは、いつも……貴方だった。
 貴方の強引さが、私には心地よかったんだ。

 あぁ、そうか……簡単な話だったんだ。
 私は、リート達と……リートと、一緒にいたいんだ。
 ここにいることが正しいだとか、自分を大切にしてくれる人の傍にいることが正しいだとか、そんな教科書の模範解答のような答えは……きっと、私には綺麗過ぎるんだ。
 人は私の答えを、間違っていると言うのかもしれない。
 リートに逆らえない私を、弱い人間だと嘲るかもしれない。
 友子ちゃんを……大切な友達を裏切る私を、汚い人間だと罵るかもしれない。

 でも……それでも私は、リートと一緒にいたい。
 まだまだ一緒に旅を続けていたいし、彼女のことを守りたい。
 人遣いが荒くて、横暴で強引で、子供っぽくて我儘でも……その全てをひっくるめて、私はリートのことが好きなんだ。

「……あっ」

 カチリ、と。
 胸の中で、ずっと未完成だったジグソーパズルの最後の一ピースがはまったような、心地よい音が鳴った気がした。
 直後、一気に体に重力が加わったような感覚がした。

「ッ……!?」

 私は驚きながらも、すぐにリートの体を抱き締め、自分が下になるように体を捻った。
 そのまま私達は重力に身を任せ、すぐ下にあった植木の中へと飛び込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【R18】無口な百合は今日も放課後弄ばれる

Yuki
恋愛
※性的表現が苦手な方はお控えください。 金曜日の放課後――それは百合にとって試練の時間。 金曜日の放課後――それは末樹と未久にとって幸せの時間。 3人しかいない教室。 百合の細腕は頭部で捕まれバンザイの状態で固定される。 がら空きとなった腋を末樹の10本の指が蠢く。 無防備の耳を未久の暖かい吐息が這う。 百合は顔を歪ませ紅らめただ声を押し殺す……。 女子高生と女子高生が女子高生で遊ぶ悪戯ストーリー。

ネカマ姫のチート転生譚

八虚空
ファンタジー
朝、起きたら女になってた。チートも貰ったけど、大器晩成すぎて先に寿命が来るわ! 何より、ちゃんと異世界に送ってくれよ。現代社会でチート転生者とか浮くだろ! くそ、仕方ない。せめて道連れを増やして護身を完成させねば(使命感 ※Vtuber活動が作中に結構な割合で出ます

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...