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第4章:土の心臓編

088 アラン①-クラスメイトside

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「聖なる光よ、かの者の傷を癒す為、今我に加護を与えてくれ給え。ブレシュールソワン」

 柚子がそう呟くように言うと、淡い光を放ちながら、花鈴の腕に出来た擦り傷が癒えていく。
 それに、花鈴が「ありがとう、柚子!」と礼を言うと、柚子は笑い返した。

「それにしても、まさか落とし穴の下が下層だったなんてね」

 真凛はそう言いながら、辺りを見渡した。
 ダンジョン内の構造としては、中層とあまり変化が無いように見える。
 しかし、何やら独特の空気感のようなものがあり、ピリついた空気が漂っていた。
 今はまだ周りに魔物はいないが、いつ何が出てくるか分からない。

「ビックリしたけど、ある意味ラッキーだったね。近道みたいなものだったんだから」

 友子の声に、柚子は「そうだね」と言いつつ、目を伏せた。
 落とし穴に落ちた時から、密かに抱いている違和感があった。
 道の端を歩けば罠を踏むことはない、という自分の仮説が外れたことではない。
 あの時柚子は、罠を踏んでなどいなかったのだ。
 このダンジョンの罠には大体スイッチのようなものが地面に設置されており、踏むと感触や音で大体分かるようになっているのだ。
 しかし、ここに落ちてくる落とし穴が作動した時は、それが無かった。
 つまり、柚子は罠を踏んでいないのだ。
 ──罠を踏んでないのに、落とし穴が出来た。
 ──これって……どういうことなの?

「……柚子?」
「ッ……」

 名前を呼びながら顔を覗き込んでくる真凛に、柚子はハッとした表情で顔を上げた。
 すると、真凛はフッと表情を緩め、続けた。

「どうしたの? 何か考えごとしてるみたいだったけど」
「あぁ、うん……実は……」

 柚子はすぐに、真凛に実は罠を踏んでいなかった旨を話した。
 話を聞いた真凛は、しばらく考える素振りをしてから、ゆっくりと口を開いた。

「実はここに落ちてくる時、私達も罠を踏んでいないのに巨大な岩の罠が作動したの」
「えっ!?」
「最上さんと柚子が落ちて、どうしようってなってた時に巨大な岩が転がってきてさ。横道も無かったから避けることも出来なさそうで……咄嗟に、穴の中に……」
「……どういうこと……?」
「どーしたの?」

 二人で話していた時、花鈴がそんな風に聞いてきた。
 それに柚子が答えようとした時、真凛が口を塞いだ。

「んんッ!?」
「別に何でも無い。それより、早く行こう。魔物が来たらいけないし」
「あ、そっか! よ~し! 友子ちゃん早く行こ!」
「え? 私?」

 ギョッとしたような表情を浮かべる友子を無視して、花鈴は彼女の腕を掴み、ズンズンと歩き出す。
 その様子を見た真凛は、すぐに柚子の口から手を離した。

「よし。じゃあ私達も行きますか」
「ちょっと!」

 何事もなかったかのように歩き出そうとする真凛を、柚子は咄嗟に呼び止めた。
 すると、真凛は一度花鈴と友子を一瞥してから、小声で続けた。

「もしもこのことを二人に話したら、余計に混乱させるでしょ? 特に花鈴」
「それはそうだけど……」
「最上さんだって精神面がちょっと不安定なところあるし……あまり刺激しない方が良いと思って」

 真凛の言葉に、柚子はキョトンと目を丸くした。
 それに、真凛は首を傾げて「何?」と聞き返した。

「いや、最上さんのこと……気付いていたんだ、と思って」
「……まぁ、これだけ一緒にいたら、それなりにね。柚子もやたらと気に掛けてるみたいだし、何かしらあるんだろうなと思って意識してたら、なんとなく」
「そのこと、花鈴は?」
「もちろん気付いてないし、言って無い。……知ったら、あの子は余計に最上さんのこと構って刺激しそうだし」

 そっけない口調で言う真凛に、柚子はクスッと小さく笑った。

「流石。花鈴に関してはスペシャリストだね」
「不名誉な称号ね」

 笑いながら言う柚子に、真凛はそう言って小さく息をついた。
 そんな会話をしつつ友子と花鈴に追いつき、一行は進んでいく。
 しばらく歩いていた時、突然、どこからか岩の弾が撃ち込まれた。

「危ないッ!」

 柚子はすぐにそれを見定め、岩の弾を盾で受け止める。
 しかし、撃ち込まれた弾はかなり強力で、華奢な柚子の体で受け止めきることは出来ない。
 結果、後ろに吹き飛ぶことで岩の弾の威力を殺した。

「柚子!」

 すぐに、近くにいた真凛が柚子の体を受け止める。
 その間に、友子と花鈴はそれぞれ武器を構えて、岩の弾を射出してきたであろう魔物を見た。
 直後、岩で出来た触手のようなものが襲い掛かる。

「危な……ッ!?」

 すぐに、花鈴は横に跳ぶ形でそれを躱す。
 友子も矛でいなして躱しつつ、魔物に向かって駆け出した。
 魔物は岩で出来たタコのような見た目をしており、ゴツゴツした触手を本物のタコのようにウネウネと動かしている。
 予想出来ない動きで奇妙な攻撃を繰り出すタコに、友子は顔を顰めつつも距離を詰めていく。
 その時、視界の隅で触手が振り下ろされるのが見えた。

「ッ……」
「アースボールッ!」

 友子が動きを止めそうになった時、どこからか射出された岩の弾が、触手を撃ち抜く。
 先端が粉砕した触手は、友子に触れること無くに地面に落下する。

「友子ちゃん! いって!」

 背後から聴こえた声に、友子はすぐにタコと距離を詰める。
 触手が無くなったことに動揺したのか、タコは近付いて来る友子にそれ以上追撃をしない。
 反撃が来ないことを察した友子は、一気に接近して矛を構えて、タコの頭に狙いを定めた。

「ウォーターパイクッ!」

 叫び、水を纏った矛でタコの頭を突き刺した。
 すると、水で出来た槍がタコの頭を貫通し、水鉄砲のように反対側の頭から水が噴き出す。

「よし……!」

 小さく歓喜した時、死にかけのタコの魔物は、苦し紛れに口から岩の弾を幾つも射出した。
 死に際の最後の悪足掻きのようなものだったそれは、偶然にも花鈴の方向に飛んで行く。
 岩の弾が飛んできていることに気付いた花鈴は、すぐに身構えた。
 直後、どこからか飛んで来た幾つもの矢が、岩の弾を次々に粉砕した。

「……! 真凛!」
「あっぶな……花鈴、だいじょう……ぶッ!?」

 花鈴に声を掛けた真凛の言葉は、抱きついてきた花鈴によって遮られる。
 何とか引っぺがすと、花鈴は満面の笑みを浮かべて「だいじょーぶ!」と答えた。

「それより友子ちゃんは? 怪我とか大丈夫だった?」
「……うん、大丈夫。おかげさまで」

 矛を肩に担ぎながら、小さく笑みを浮かべて答える友子に、花鈴は「良かったぁ」と笑った。
 そのやり取りを見つつ、柚子は道の奥の方に視線を向けた。
 すると、つきあたりの壁に違和感があった。

「……?」

 不思議に感じた柚子は、その壁の方に向かって歩き出す。
 すると、すぐに友子がそれに気付いて「山吹さん?」と声を掛けた。
 しかし、柚子がそれに気付くことはなく、引き寄せられるように違和感のある壁に触れた。
 彼女の様子に、友子は僅かに眉を顰めながらその後ろに付いて行った。

「山吹さん? どうかしたの?」
「この壁……」

 小さく呟きながら、柚子は壁を見つめる。
 近付いてみて、先程感じた違和感は確信へと変わる。
 良く見ると、壁の一部が他とは色がほんの僅かに違うのだ。
 他より僅かに薄い色をした壁は、大体人一人通れるくらいの大きさがあった。
 柚子は壁を凝視し、色が変わっている境界線にソッと触れた。
 よく見ると、境界線に沿うように、ヒビのような線が入っている。

「もしかして、これ……」

 小さく呟いた柚子は、壁に手を当てて力を込めた。
 すると、ズズズッ……と鈍い音を立てながら、扉が開いた。

「えっ……どうしたの、これ……?」
「え~! 何これ~!」

 突然壁の向こうに現れた空間に、真凛と花鈴もようやく気付き、それぞれの反応を示しながら駆け寄って来る。
 友子はそれを視界の隅に入れつつ、目の前に現れた空間に言葉を失った。
 柚子はある程度予想はしていたが、それでもやはり驚いた様子で、目の前の空間を見つめていた。

「そんな所に立ち尽くしてないでさ~、早く中に入って来なよ~」

 すると、空間の奥からそんな声がした。
 その声に柚子は目を見開き、咄嗟に数歩後ずさる。
 柚子が突然後ずさったことにより、後ろに立っていた友子とぶつかる。
 友子は咄嗟に柚子の体を受け止めつつ、奥の方に視線を向けた。

「何してんの~? 早く遊ぼうよ~!」

 鼻にかかったような、甲高い声。
 ぷんぷん、という擬音が似合いそうな様子で怒っているのは、背の低い少女だった。
 肩より少し下くらいまでありそうな黄色──というよりは山吹色──の髪を三つ編みで二つ結びにしており、同色のクリクリした大きな目でこちらを見つめている、小さな少女。
 その体と同じかそれ以上あるのではないかと思われるような大槌の柄を握り締め、プクーと頬を膨らませながらこちらを見ている。

「……貴方が……このダンジョンの、心臓の守り人……なんですか……?」

 代表するように、柚子がそう尋ねた。
 すると、少女は途端に満面の笑みを浮かべて「そうだよ~!」と言った。

「三百年もここに封印されててさ~、ホント待ちくたびれちゃったよ~!」
「待ちくたびれた、って……」
「折角皆を楽しませようと思って色んな罠を仕掛けて“おもてなし”してあげたのに、なんか罠に引っ掛からないように~ってチマチマとよく分かんないこと始めるし……もう我慢出来なくて、ここまで落としちゃった!」

 語尾にハートが付きそうな、媚びたような口調で言う少女に、柚子と真凛はほぼ同時に息を呑んだ。
 中層での、罠を踏んでいないのに発動したものは全て、この少女によるものだったのだ。
 オマケに、下手したら死んでいたような罠を仕掛けておいて『おもてなし』などと宣う少女を前に、四人の中に一気に緊張が走る。
 それに気付いているのか否か、少女は純真無垢といった言葉が似合いそうな満面の笑顔を浮かべながら、続けた。

「私はアラン! ホラ、皆中に入って! 私と遊ぼ!」

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