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第4章:土の心臓編

087 中層にて

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<猪瀬こころ視点>

 中層に行っても、相も変わらず魔物に出くわすことはなかった。
 友子ちゃん達が先に行って魔物を討伐している為、後を追う私達が魔物に会うことは無いのだ。
 おかげでこちらは魔物に足止めされることなく、先に進むことが出来る。
 ……まぁ、何事も無く順調に……とはいかないが。

「……ッぶねぇ……」

 落とし穴に落ちかけたリアスの手を掴んで、フレアはそう呟いた。
 それに、リアスは宙ぶらりんになった状態のまま、薙刀を仕舞ってフレアの手を両手で掴んだ。

「ねぇ、早く引き上げてくれる? 腕が疲れるんだけど」
「おーおー、助けてもらってるくせにやけに偉そうじゃねぇか。俺がこの手を離したらどうなるか分かってんのか?」
「どれくらい高さがあるかは分からないけど、別に死にはしないわよ。むしろ、勝手に助けたのは貴方じゃない」
「お前はホントに可愛げの無い奴だな!」
「良いからさっさと引き上げんか……」

 呆れながら言うリートに、フレアは渋々と言った様子でリアスを引き上げた。
 それを横目に見つつ、私は奥に続いていく通路を眺めた。
 このダンジョンは、今までに比べて罠が多いように感じる。
 リアスのダンジョンがどうだったかは分からないが、リートやフレアのダンジョンにも多少の罠は仕掛けてあったが、このダンジョンに比べると少なかった。
 それに、二つのダンジョンに比べると、このダンジョンの罠は落とし穴や巨大な岩を転がしたりと古典的なものばかりだ。

 とは言え、基本的には主にフレアの力業で何とかなっている。
 転がってくる巨大な岩は彼女が全て粉砕してくれるし、落とし穴は落ちても基本的に彼女が引き上げてくれる。
 一度彼女が落ちた時もあったが、両手両足を突っ張って強引に体を止め、自力で強引に這い上がってきた。
 ……もうフレア一人で良いんじゃないかな。

「しっかし、ここは変な罠は多いくせに、魔物は全ッ然いねぇなぁ」
「多分、先に入った私の知り合いが倒してるんだと思う」
「魔物を倒しながら……しかも、私達と違って心臓への最短ルートも分からず彷徨いながらって考えると、そろそろ追いついても良い頃合いな気もするけど?」

 リアスの言葉に、一瞬縁起でも無いことを……と考えたが、すぐに確かにな、と思った。
 私も、ダンジョン内で出くわす可能性が高いとずっと考えていた。
 魔物との戦いを避けて、偶然にも彼女達が選んだ通路が全て最短ルートになっていた、とかならまだ分かる。
 しかし、これだけ念入りに魔物を倒しながら進んでいるとなると、話は別だ。
 このダンジョンの魔物は全体的に岩を纏ったような見た目をしており、その見た目に相応しい防御力を誇っている。
 フレアでも多少手こずるくらいの防御力の魔物が相手なら、少なくとも一瞬で倒せるようなことは無いはずだ。
 それを連続で繰り返しているということは、かなりのタイムロスになっているはずだ。
 だと言うのに、追いつくどころか背中すら見えない。
 ……おかしい。何かが変だ。

「……まさか、私が知らない内にかなりレベルが……」
「いや、それは無いじゃろ」

 私の仮定を、リートはあっさり否定した。
 それに、私は「なんで?」と聞き返した。
 すると、彼女は髪を耳に掛けながら続けた。

「単純な話じゃ。妾に会った頃のお主は、下層の魔物相手に死にかけるような雑魚じゃった。あれから大した月日も経っておらんし、少なくとも、そやつらが妾達を超える程強くなったとは思えん。……お主のように、何か卑怯な手を使わん限りはな」
「卑怯って……」

 リートが強くしたくせに、という不満を、口に出す寸前で飲み込む。
 今ここでそのことについて口論している場合ではない。
 それより気になることは……友子ちゃん達の進行状況。

「考えられるとしたら、妾達にも分からぬ下層への最短ルートを開拓したか、妾達の力量差を覆す程の策士がいるかの二択じゃな」
「策士……」

 リートの言葉に、私は考える。
 山吹さんや望月真凛は成績優秀な部類だった気はするが、だからと言って策士と呼べる程の頭脳の持ち主では無かった気がする。
 つまり、リートの言った仮説の中では、前者の近道を見つけた方がまだ可能性がある。

 しかし、心臓の持ち主であるリート達にすら分からないような最短ルートなんて、彼女達に見つけられるのか?
 仮にそんなものがあるとしても、かなりイレギュラーな方法になるのではないか?
 今までのダンジョンに、そんな抜け道のようなものあったか?
 フレアのダンジョンは……分からない。そもそも、辺り一面マグマだらけで、抜け道を探す余裕など無かった。
 リートのダンジョンは、そもそもロクにあのダンジョンの探索が出来ていない。
 歩いたと言っても、上層と下層を少しずつくらいだ……し……?

「ッ……」

 そこで、私は息を呑んだ。
 気付いてしまったのだ。このダンジョンに隠された抜け道に。

「……ねぇ、リート」
「……? 何じゃ?」
「このダンジョンの落とし穴って……どこに繋がってるの?」

 私の疑問に、リートは目を丸くして、キョトンとしたような表情を浮かべた。
 しかし、すぐに何かを考えるような素振りをしてから、口を開いた。

「そりゃあ、見た感じ、下の方じゃろう? かなりの深さもあるようじゃから……」

 そこまで言って、リートは目を見開いた。
 私達の会話に、私の言おうとしていることが分かったのか、リアスも驚いたような表情を浮かべた。

「そっか……盲点だったわ……そういうことね……」
「おい、何が言いてぇんだ? 落とし穴がどーしたんだよ?」

 フレアだけは理解出来ていない様子で、首を傾げながらそう言った。
 それに、私は彼女に視線を向け、口を開いた。

「簡単な話だよ。……このダンジョンの落とし穴は、下層に繋がってる」
「……ッ」

 私の言葉に、フレアは目を丸くして息を詰まらせた。
 しかし、すぐに「どういうことだよ?」と聞き返してくる。

「落とし穴が下層に続いてるって……その落とし穴が近道になるんなら、俺達に分からねぇはずがねぇだろ?」
「このダンジョンの落とし穴は普段は閉じているでしょう? だから、心臓への道として出来ないんじゃないかしら」
「ンじゃあ、落とし穴の罠が発動した瞬間はどうなんだ? それなら少しくらい……」
「そういう時は大抵魔物の相手をしていたり、自分か仲間が落ちかけているような状態ではないか。……そんな状態で近道になることが分かっても、気付くものか」

 自分の打ち出す仮定が悉く否定される状況に、フレアはグッと口を噤んだ。
 ……そもそも、ダンジョンの罠が近道になるという点が盲点だったのだ。
 リートのダンジョンでの転移トラップが良い例だ。
 あの時は私のレベルが低かった為に死にかけたが、もしも当時の私に今くらいの強さがあったら、あの場でカマキリの魔物を切り殺して先に進むことが出来た。
 落とし穴は、確かにレベルが低い冒険者ならば、かなりの深さもあったし落ちて死ぬ可能性も少なくは無い。
 生き残っても、着地の際の負傷を治す暇も状況を把握する猶予も無く、下層の魔物を相手に戦わなければならない。
 ……仮に私がレベル30の段階でこのダンジョンに来ていたら、まず間違い無く、落とし穴の罠で死んでいる。

 しかし、今の私達や……レベルが50程度あると予測される、友子ちゃん達ならどうだ?
 落とし穴の着地の衝撃にも耐えられて、下層の魔物に打ち勝つことも出来るのだとすれば……下層に続く落とし穴はむしろ、近道になるのではないか?

「つまり、友子ちゃん達は……落とし穴で下層に行った……?」
「じゃあ、俺達も早く落とし穴で……ッ!」
「それは無謀じゃ」

 焦るフレアの言葉を、リートは静かな声で窘めた。
 それに、フレアは「はぁ!?」と怒声を上げた。

「何言ってんだ! アイツ等がすでに下層にいるんだろ? だったら、同じ方法で俺達も……」
「あくまで可能性の話じゃ。もしかしたら、落とし穴の底は下層では無く剣山かもしれぬ」
「それは無いにしても……そもそもの話、リートの軟弱な体じゃ、下層への落下に耐えられるとは思えないわ」

 リアスの言葉に、リートはムッとしたような表情を浮かべた。
 しかし、事実だったからか、すぐに口を噤んで目を伏せた。
 二人の言葉に、私は小さく頷いた。

「私も、友子ちゃ……私の知り合い達の動向も気になるけど、だからって落とし穴を使うのはかなり危険だと思う」
「……じゃあ、どうすんだよ?」
「今まで通り、一番安全な近道を使っていくだけじゃ。……今まで以上に急いで、な」

 リートはそう言うと、私の服を掴んだ。
 視線を向けると、彼女は私の方に両手を広げて続けた。

「おんぶしろ。妾にはこれ以上急ぐなど無理じゃ」
「……了解」

 リートの言葉に従い、私は彼女を背中に背負った。
 一度しゃがんでリートを背中に乗せ、立ち上がったのを合図にするように、私達は下層に向かって急いだ。
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