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目的地到着

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 必死の抵抗もむなしく、馬車が止まったあと、掛け布団ごと抱きかかえられて運ばれることになりました。

「誰か、助けてください、助けてくださいっ!」

 おかえりなさいませ、という言葉があちこちから聞こえてきますが、私を助けようとする人は現れません。こんなにもうるさく助けを求めているというのに。

「できれば動くのはやめてもらいたい。落としてしまいそうだ」

 私に反応を返してくれるのは誘拐犯だけ。

 もし本当にこの男がフレッドなら、私が多少身動きしたくらいで落とすようなことはあり得ない。
 彼はかなり鍛えた体を持つ優秀な護衛兵士ですから。

 でもわざと落とす可能性もあるので、ここは大人しくすることにします。体だけ。

「誰かぁ! 助けてください、お願いしますぅ!」

 今日は朝から叫びっぱなしで喉がヒリヒリするし、限界がきたのか空咳が何度も続けてでます。

「おいお姫さん。もう叫ぶのはやめようぜ。喘息の発作が」

 誘拐犯が歩く速度を上げたのと同時に、腕に力がこもったのが布団越しに分かりました。

 やっぱり……誘拐犯はフレッドなのでしょうか?

 扉の開く音がして、ゆっくりとおろされました。

 体が沈み込む感覚でベッドの上にいると理解し、急いで身を起こしてみるも、両肩を押さえつけられ無様に転がされる始末。

「はちみつ湯を持ってこさせるから、それを飲むまで声を出してはだめだ」

 無理矢理ベッドに寝かせて、両肩を掛け布団でしっかり包んでそんなことを言う誘拐犯。

 私のことを心配しているようですし、今すぐ命をとられる事態にはならなさそうです。

    闇の奴隷商人に売り払われる可能性はまだありますけど。

 しばらくして室内にはちみつ湯を持って女の人が入ってきました。
 
 その少し前に、目の布を外そうとする私と、見られたくない犯人の攻防が少しありましたけど、掛け布団で拘束された私の惨敗に終わりました。


「口を開けて」

 この男は私の事を、誘拐された状態で出された飲食物を簡単に口に入れるお馬鹿さんだと思っているようです。

 冗談じゃありません。末端とはいえ私も貴族の娘。何が入っているかわからないものを、飲むわけがないでしょう。

「お姫さん、お願いだ。朝から何も飲んでないだろう?」

 馬車の中で差し出された水だって一滴も飲んでいません。さらわれた娘として当たり前のことです。

    誘拐された貴族がとるべき最善の行動を勉強しなかったことが残念でなりません。

「毒の心配か? 大丈夫。体に悪いものは何も入ってない」

 あぁ、私、犯罪者の「大丈夫」を信じるお馬鹿さんだと思われていたようです。

 フレッドと出会ったばかりの13歳の頃なら、もしかしたら喉の痛みに負けて飲んだかもしれませんけど、今の私は貴族として、年頃の娘として、絶対に怪しい飲み物を口に入れたりしません。

「アル……旦那様、あとは私に任せて1度退室をお願いします」
「しかし」
「お嬢様はかなり警戒しているご様子ですし、ここは女同士の方が」

 はちみつ湯を持ってきた女性が誘拐犯を説き伏せて部屋から追い出し、私の目隠しをそっと優しくとってくれました。 

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「たすけてください」
「お声が! まあ大変! さあ、これをお飲みください。大丈夫、毒など入ってませんよ。ほら、私が毒見をしましたから」

 女性はカップに口をつけて一口飲み、それでも私が飲まないと知ると、スプーンを使って更に一口。最終的にカップの半分を女性が飲んでみせたことで、私の心も折れました。

 なにより、今現在、この女性だけが私の救世主になってくれるかもしれないお方。この女性を信じてみるしかありません。

「おかわりをすぐ用意させますからね」

 私がカップに残ったはちみつ薬湯を飲んでいる間に、外の使用人に追加の注文をしたようです。

 実際に飲んでみて、はちみつ湯と言った誘拐犯の嘘が1つ判明しました。
 はちみつに苦い薬が混ぜてあります。とても飲みなれた味なのでこれが喘息に効く薬だと知っていますけど、あっさり騙されて薬入りの飲み物を飲んだ事実は重いです。

「お願いします、助けてください。あの男に誘拐されたのです」
「えぇ。存じております」

 驚きに目を見張っていると、母より年上に見える女性が私の手を優しく握りながら言いました。

「きっと、かならず、ご両親に再び会わせて差し上げますから、少しだけこのシリアに時間をください」
「え?」
「旦那様は本来このような卑劣なことをなさるような方ではありません。ですから、お願い致します。どうか私に旦那様を説得する時間をくださいませ」

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