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悪役令嬢爆誕
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「何を悩む? 不安ならば言葉にしようか。俺はカティの婚約話も婚約者への愚痴も誰にも漏らさん」
わたくしの沈黙を深読みしたクリス様は誤解している様子ですが、もはや語ることがありません。
婚約と同時にロイエン様の迷走が始まったせいでロイエン様に対する親近感も独占欲もまだ沸いていませんし、元々観賞対象だったロイエン様との距離が一気に縮まったところにメイドが入り込んでしまって、ただただ困惑している現状なのです。
それでも、このままの状況を維持することは両家のどちらにも利点がない、ということだけは確かなこと。
「……男性側の意見として、この状況を打破するなにか良い手はございませんか?」
愚痴と同じく誰にも相談することができない内容を、今この場でどうにかしなければ今後一人で悩むことになってしまいます。
女性として育ち、現在は男性として生きているクリス様が相談相手として相応しいのかどうかはさておき、わたくしの周囲でこの秘密を絶対に他に漏らさないと確信できる人は少ないですから。
普段は口が堅い人だとしても、常に社交の場に身を晒す誰かに相談するにはロイエン様とメイドの出会いが悪すぎました。婚約したその場で婚約者の心を奪われるなど、わたくしには女性としての魅力が無いと言われたも同然。外に漏れてしまえばきっと、笑われるのはわたくしの方。
「カティはこの婚約を継続して結婚するつもりなのか?」
「もちろんです。相手は三男とはいえ公爵家の方ですもの」
「しかし本人は公爵ではないだろう?」
「ええ。現在は伯爵位をお持ちですから、しばらくはわたくしも伯爵夫人になると思います。ですが努力次第で侯爵位まで昇る可能性は大いにあるかと」
侯爵家令嬢の今より立場は下になるけれど、わたくしの生家が侯爵位家でロイエン様の生家が公爵位家なのは変わらない事実。伯爵夫人としての立ち位置を大きく踏み外さなければ、社交の場でもそれなりの待遇が約束されています。
「最良なのはロイエンがメイドを自然に諦めることだろう」
「ええ。それはもちろんわかっています。ですが、その方法がまったく思いつきません」
「見えぬところに隠してしまえ」
椅子の背に身を預けたクリス様はどんなにロイエン様が希望しようとも、メイドを表に出すなとおっしゃいます。
「カティが馬鹿正直にメイドを呼ぶから調子に乗るのだ。その娘は行儀見習いに来ているのだろうから来客に茶を出すのも経験として必要だろう。だが、相手がロイエンである必要はどこにもない」
「練習相手として、味にうるさくない自分はうってつけだろうとおっしゃっているのですが……」
「本人の努力が認められて侯爵夫人付きになったとでも言えばいい。実際カティのそばから離してしまえば他家のロイエンにはどうしようもないからな」
辞めさせて男爵家に戻すよりも、我が家に繋ぎ止めてロイエン様から隠してしまう方が出会う確率は低い。姿が見えなければそのうち諦めもつくだろうと、クリス様は簡単にまとめました。
「しかし、出来の悪い恋物語だな」
何の話かと思いましたが、ロイエン様のことを指しているのだとすぐにわかりました。王女時代には令嬢たちの間で話題になった恋物語を読む必要があったクリス様ですが、六年経過している今の流行りを知らないのでしょう。
「恋物語としてならば上々の滑り出しではないでしょうか? まあこの場合、わたくしが邪魔者でしょうね」
「どういうことだ?」
「今は男女の身分差がある物語が主流ですの。女性の身分が低く、男性と釣り合わない状況で恋に落ちるのです。しかし高貴な身分の女性に邪魔をされて、二人は一度引き裂かれる……けれど男性の努力により高貴な身分の女性は退けられて、二人は結ばれる。というのがだいたいの流れです」
「相変わらず無茶苦茶しているのだな」
貴族の恋物語にしては無謀な内容も多いのですが、書き手は貴族ではないので読み手側は多少のことには目をつぶる必要があります。けれど非現実的な様子が面白く、なぜか読んでしまうのです。
クリス様は楽しんで読むというより、理解に苦しみながら読んでいたらしいですけど。
「例えばわたくしがメイドに厳しく当たって、それを騎士様が慰めるのです。そして一つ一つわたくしの悪行を拾い集めて糾弾し、わたくしを修道院送りにして二人は結ばれます」
「……それが流行りなのか?」
「ええ」
「それを、貴族女性が読んで受け入れているというのか……」
「騎士様の恋物語に悪役は必須です」
「悪役」
なにかを考えたクリス様は、再びわたくしにこの婚約を継続するつもりなのかと尋ねます。
「もちろんです。わたくしは人に言えぬような悪事を働くつもりはありませんから。立場は悪役ですが、立派な悪役として咲いてみせます。物語の敗北者たちの無念を晴らしてみせましょう」
なんだかとても良い気分です。選ぶ余地などなかったとはいえ、クリス様を相談相手に選んだことは間違いなかったようです。
自分一人でどうにかしようだなんて、わたくしはなんて浅はかだったのかしら。
もっと早くに誰かに相談してしまえば良かったのかもしれません。さすがに婚約者がメイドに夢中だなんて恥ずかしくてお父様には言えませんけど、お母様には告白して協力を仰ぎましょう。きっとわたくしの気持ちを察してくださるはずです。
「カティ最後の確認だ、正直に答えてくれ。ロイエンに惚れているわけではないと思っていいのか?」
「え、ええ。そうですね。ですが時間の問題かと思います。実際初めのうちはロイエン様の訪問がうれしかったわけですし、あの見た目ですから」
「なるほど。時間は有限か」
険しい顔で何かを考えるクリス様に、何を憂いておられるのかお聞きしたところで何も答えてはもらえませんでした。
わたくしの沈黙を深読みしたクリス様は誤解している様子ですが、もはや語ることがありません。
婚約と同時にロイエン様の迷走が始まったせいでロイエン様に対する親近感も独占欲もまだ沸いていませんし、元々観賞対象だったロイエン様との距離が一気に縮まったところにメイドが入り込んでしまって、ただただ困惑している現状なのです。
それでも、このままの状況を維持することは両家のどちらにも利点がない、ということだけは確かなこと。
「……男性側の意見として、この状況を打破するなにか良い手はございませんか?」
愚痴と同じく誰にも相談することができない内容を、今この場でどうにかしなければ今後一人で悩むことになってしまいます。
女性として育ち、現在は男性として生きているクリス様が相談相手として相応しいのかどうかはさておき、わたくしの周囲でこの秘密を絶対に他に漏らさないと確信できる人は少ないですから。
普段は口が堅い人だとしても、常に社交の場に身を晒す誰かに相談するにはロイエン様とメイドの出会いが悪すぎました。婚約したその場で婚約者の心を奪われるなど、わたくしには女性としての魅力が無いと言われたも同然。外に漏れてしまえばきっと、笑われるのはわたくしの方。
「カティはこの婚約を継続して結婚するつもりなのか?」
「もちろんです。相手は三男とはいえ公爵家の方ですもの」
「しかし本人は公爵ではないだろう?」
「ええ。現在は伯爵位をお持ちですから、しばらくはわたくしも伯爵夫人になると思います。ですが努力次第で侯爵位まで昇る可能性は大いにあるかと」
侯爵家令嬢の今より立場は下になるけれど、わたくしの生家が侯爵位家でロイエン様の生家が公爵位家なのは変わらない事実。伯爵夫人としての立ち位置を大きく踏み外さなければ、社交の場でもそれなりの待遇が約束されています。
「最良なのはロイエンがメイドを自然に諦めることだろう」
「ええ。それはもちろんわかっています。ですが、その方法がまったく思いつきません」
「見えぬところに隠してしまえ」
椅子の背に身を預けたクリス様はどんなにロイエン様が希望しようとも、メイドを表に出すなとおっしゃいます。
「カティが馬鹿正直にメイドを呼ぶから調子に乗るのだ。その娘は行儀見習いに来ているのだろうから来客に茶を出すのも経験として必要だろう。だが、相手がロイエンである必要はどこにもない」
「練習相手として、味にうるさくない自分はうってつけだろうとおっしゃっているのですが……」
「本人の努力が認められて侯爵夫人付きになったとでも言えばいい。実際カティのそばから離してしまえば他家のロイエンにはどうしようもないからな」
辞めさせて男爵家に戻すよりも、我が家に繋ぎ止めてロイエン様から隠してしまう方が出会う確率は低い。姿が見えなければそのうち諦めもつくだろうと、クリス様は簡単にまとめました。
「しかし、出来の悪い恋物語だな」
何の話かと思いましたが、ロイエン様のことを指しているのだとすぐにわかりました。王女時代には令嬢たちの間で話題になった恋物語を読む必要があったクリス様ですが、六年経過している今の流行りを知らないのでしょう。
「恋物語としてならば上々の滑り出しではないでしょうか? まあこの場合、わたくしが邪魔者でしょうね」
「どういうことだ?」
「今は男女の身分差がある物語が主流ですの。女性の身分が低く、男性と釣り合わない状況で恋に落ちるのです。しかし高貴な身分の女性に邪魔をされて、二人は一度引き裂かれる……けれど男性の努力により高貴な身分の女性は退けられて、二人は結ばれる。というのがだいたいの流れです」
「相変わらず無茶苦茶しているのだな」
貴族の恋物語にしては無謀な内容も多いのですが、書き手は貴族ではないので読み手側は多少のことには目をつぶる必要があります。けれど非現実的な様子が面白く、なぜか読んでしまうのです。
クリス様は楽しんで読むというより、理解に苦しみながら読んでいたらしいですけど。
「例えばわたくしがメイドに厳しく当たって、それを騎士様が慰めるのです。そして一つ一つわたくしの悪行を拾い集めて糾弾し、わたくしを修道院送りにして二人は結ばれます」
「……それが流行りなのか?」
「ええ」
「それを、貴族女性が読んで受け入れているというのか……」
「騎士様の恋物語に悪役は必須です」
「悪役」
なにかを考えたクリス様は、再びわたくしにこの婚約を継続するつもりなのかと尋ねます。
「もちろんです。わたくしは人に言えぬような悪事を働くつもりはありませんから。立場は悪役ですが、立派な悪役として咲いてみせます。物語の敗北者たちの無念を晴らしてみせましょう」
なんだかとても良い気分です。選ぶ余地などなかったとはいえ、クリス様を相談相手に選んだことは間違いなかったようです。
自分一人でどうにかしようだなんて、わたくしはなんて浅はかだったのかしら。
もっと早くに誰かに相談してしまえば良かったのかもしれません。さすがに婚約者がメイドに夢中だなんて恥ずかしくてお父様には言えませんけど、お母様には告白して協力を仰ぎましょう。きっとわたくしの気持ちを察してくださるはずです。
「カティ最後の確認だ、正直に答えてくれ。ロイエンに惚れているわけではないと思っていいのか?」
「え、ええ。そうですね。ですが時間の問題かと思います。実際初めのうちはロイエン様の訪問がうれしかったわけですし、あの見た目ですから」
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