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第三王女は婚約したらしい

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「おめでとうございます」

 私付きのメイドと騎士が祝いの言葉と共にそろって頭を下げた。
 他人からしたら確かに今回の事はめでたい出来事なのだろう。自国の王女の結婚が決まったのだから。
 けれど、当事者たる私にとっては大迷惑で絶対無理な旦那さん候補なんだけどね。

 数年に一度この国に攻めてきて辺境の村々を荒らす野蛮な遊牧民の一族が、使者をたてての交渉などという珍事がおこったのは、つい先日のこと。一族をまとめる族長が代替わりしたらしい。

 戦というには規模が小さく、強盗というには被害が大きく、兵を常設するには金がかかりすぎるという、この国の王が代々対策に悩んでいた一族がついに、文化人の思考に一歩足を踏み出し、事前交渉という手法をとってきたことは、この国にとってとても重要なことだった。
 
 王はこの使者を歓迎し、他国からの外交官と同等の扱いをすることにした。
 土地も持たない遊牧民で、なんの権限も持っていないという使いっぱしりの男を。

 王の指示は野蛮人であっても心に響くものだったらしい。あっという間に双方の和睦がなされた。一方的に攻められていたのはうちの国であって、うちの国は完全なる被害者であるというのに、今までの事は水に流すという不公平な和睦だが、今後襲ってこないというのはそれほど魅力的だった。

 国の重役たちの間では蛮族に舐められていると憤る者も一定数いたらしいが、獣が人の言葉を覚え、人の理の中に飛び込んできたのだから逃がしてはならぬ、という未来を見据えた意見が通ったらしい。

 第三王女である私は会議に参加することも、意見を言う機会もなかったので、全て聞いた話だけれど。

 問題はここから。

 一族をまとめる族長には数人の子が存在するが、どの子もまだ幼い。娘にいたっては生まれたばかりの赤子しかいない。それでも族長は自分の娘を嫁に出すと提案したが、王である父はそれを拒否した。
 現王の嫁にするには幼すぎて自分の一族を抑える役割など果たせそうになく、次代の王の嫁にするには価値がなさすぎる。

 族長の末の妹がもう少しで成人するというので、王はその娘を側室扱いで嫁にもらうことにした。族長一家にしか馴染みがない赤ん坊より、成人近くまで一族の中で育った娘の方が、なにかと都合よかった。

 住み慣れた環境からこちらへ来るその末の妹には同情する。生活様式がまったく違うのだから。だけど、あっちはまだいい。生活水準が急激に上がるので慣れるまでは大変だろうけど、どうしてもこの生活が無理だというのなら、いっそ離宮の庭でテント張って暮らせばいい。

 他国に出向くことなく、国の行事に強制参加させられることもない側室だ。庭に住んでいてもいいだろう。陰でこそこそ言われるだろうけど、直接蛮族の姫をからかう命知らずなバカは王の側室が住む離宮には立ち入れない。

 問題は私。
 この和睦で遊牧民の族長の嫁になることが決定した、第三王女のこの私。

 ネットやテレビは無いけど、衣食住に不自由なく暮らしていたこの城から追い出され、あちこちの土地を渡り歩く遊牧民になれと言われたのだから。

 狩猟メインで農業はせず、穀物ほしけりゃ奪えばいいを地でいく遊牧民の中でも野蛮な一族の嫁になれとは、あんまりな仕打ち。
 スマホのない生活にやっと順応してきたのに、今度は縄文か弥生の時代で生活しろと言われたようなもの。

 そんなの無理に決まってる。

 私のギリギリラインは今であって、さらに生活水準が下がるのは受け入れられない。
 異世界で一生懸命努力してきた私に対して、これはあんまりだ。

 だから私は王女の身分を捨てることにした。

 
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