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Ⅰ ラブ∞家族
E06 風の温泉郷
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「おう。キャンセルがあって、五人分の高速バスチケットが取れたぞ」
その不自然さに、蓮花や和は、黒樹が用意していたと思う。
ところが、ひなぎくは、ほくほくと喜んでいる。
「キャンセルで、五人分も! 二枚から七枚になりましたわ。これで一度に皆で乗れますね」
「そうだ。キャンセルだからな」
シリアス黒樹は、キャンセルを強調する。
照れているのだろうと、蓮花も和も黙って口元をゆるませた。
高速バスドリームサンフラワー号は、リクライニングできるシートに、おトイレ、公衆電話、トランクルーム付きと至れり尽くせりだったが、子どもにとっては居心地のいい所ではなかった。
「パーパー、トワレ(おトイレ)。ちっちする」
はっきりと恥ずかし気もなくお願いするのは、虹花の性格なのだとひなぎくは思う。
「パパ、りんごジュースを飲み過ぎたみたい。雨がぽつぽつ降って来る」
こちらの澄花もおトイレらしいが、頼み方が婉曲的だと、その違いをひなぎくはユニークだと感じる。
「はいはい。結局、二人揃っておトイレな。バスは狭い空間だが、小さな女の子を一人で行かせられないだろうって。父親なんだよ、俺は」
黒樹は、ひなぎくにこぼして我がレディーのおトイレへと付き添う。
「私が行きましょうか? 女の子同士ですし」
席を立とうとするひなぎくの申し出に、黒樹は首を横に振る。
「今まで、家庭を顧みないシングルファーザーへのしっぺ返しだよ。だから、いいんだ」
頭が痛くて額を押さえていた手を離し、周囲に気を配って席を立つ。
「僕が一緒に行ってもいいぴくよ。いつも個室まで入っているの。お兄ちゃんだから、可愛い妹達をさらわれたくないぴく」
劉樹の他愛のない笑顔は癒される。
しかし、それは違うと黒樹は思った。
「お前も慎重だなあ。って、そんなにお世話になっていたのか。後で、ご褒美を買ってあげるからな」
まだ幼い自分の子どもに礼を言う日が来るとは思わなかった。
いい子に育ってくれたと、黒樹はしみじみとした。
「何も要らないぴくよ。お兄ちゃんだから」
「お父様、私にも頼ってくださいね」
蓮花の大きなお姉さんらしい頼もしさに、ひなぎくは感心した。
「そうだよ、父さん。蓮花姉さんも俺も連れ子だからって遠慮するな」
和までが、胸をドンと一つ叩いた。
「わー! 連れ子とか、言わない、言わない、言わないよー」
黒樹は、それだけは否定したくて、胸の前で大きく手を振った。
銀ぶちメガネの奥から汗が噴き出していた。
「まあ、二人とも急ぎましょうね」
肩を震わせておトイレを我慢している二人をひなぎくがさっと連れて行った。
おトイレのブースは、バスの中央右手、二段下がった所の公衆電話と同じ所にある。
間に合わなそうな虹花を先に入れた。
狭かったが、ひなぎくも同席して、ちっちが終わるまで待つ。
次は、澄花を誘い込み、さっと座らせて素早く用を済ませた。
澄花は、緊張していたのか、大きい方もあったので、間に合ってよかったと胸を撫でおろした。
二人を仲よくバスの座席につかせると、ひなぎくはさっきのことが気になった。
連れ子のことだ。
「まあ、小学三年生にもなって何だが、おトイレの事故は怖いからな。この高速バスドリームサンフラワー号が、オリエント高速バスにならないとも限らない」
黒樹の隣に帰って来たひなぎくが一刺し。
「何をカッコつけているのですか。先ず、優先順序を考えましょうね。困ったわねーで済まないこともあるのですよ」
「ふあーい。俺も反省しております」
全く俺も色々だな。
暫し、頭をポリポリ掻いていたが、薄くなったなと思うと去りたくなった。
いや、去り行く髪に神頼みをしたい。
では、自分も何か飲み物と思ったが、俺までおトイレに駆け込んでは笑われるのではないかと遠慮する。
かと言って、タバコは、美術品の修復だとかレプリカの制作だとかの仕事の上もあるが、蓮花さんが小児喘息だったのでずっと禁煙マンを通している。
これは、元妻にも褒められた。
あー、この自慢話をひなぎくちゃんにもしたいけど、『元妻』ってキーワードは、よろしくないよな。
では、飴でもと思いポケットから飛行機で貰ったキャンディーを出した。
いや、まて。
この状況はよくない。
黒樹は汗ばんだ。
「美味しそうでぴくねー。僕は飛行機の中で食べてしまったぴく」
しまったと、黒樹は心で叫ぶ。
ここにも俺に似たのか甘党がいる。
劉樹だ。
こいつは、うちの食べ物は僕の食べ物主義だから、困ったものだ。
それさえなければ、虫歯にならないのに。
歯科医院通いは大変な上、永久歯をやられたらどうするんだよ。
ひなぎくは、黒樹を見つめて思う。
あらあら、プロフェッサー黒樹は結構子煩悩なのですね。
見習わないといけないですわ。
私、沢山の子ども達に囲まれて、子育てをするお母さんになりたかったのよね。
自分が一人っ子だからかも知れないわ。
三十代からでも子どもを望むのは遅くはないと思っていたけれども、どうなのかしら?
さっきの会話によると、プロフェッサー黒樹の『元妻』さんとの連れ子が、蓮花さんと和くんなの?
後は奥様とのお子様、劉樹お兄ちゃんに虹花ちゃんと澄花ちゃん。
私が入る余地があるのかしら……?
貪欲に行けない自分が残念だわ。
でも、一緒にお仕事をする夢はこれからなのよね。
ゴーっと時速八十キロの定速で高速道路を走り、高速バスドリームサンフラワー号は目的の下野県ふるさとななつ市の二荒神温泉郷入口バス停に辿り着いた。
ひなぎくと黒樹達の他に、思ったよりも多く六人は下車した。
「そろそろ、お昼ご飯になりますけれども。皆さん、どうしましょうか?」
「ここからはそう遠くない。ホテルに着いてからゆっくりと食事をしよう。その方がひなぎくちゃんのEカップの為にもいい」
「何ですかそれ」
眉間を寄せて変顔になったひなぎくを見て、子ども達は声を出して笑った。
「ミルクいっぱい! 栄養の問題かな」
黒樹は、おすまししてとぼける。
そこからは、タクシー二台に黒樹の男子チーム三人とひなぎくの女子チーム四人に分かれて乗った。
道案内は、黒樹に任せて先導して貰う。
ひなぎくは、ここが世界遺産に認められてから、一度も訪れていない。
以前来たのは、上野大二年の時、お友達とだった。
周りが美しい風を色どり、あたたかな日差しに心がきらきらとする。
「運転手さん。ええ、あの細い道を曲がってください」
一つしかない曲がり角を掌で示した。
「んだっぺな。あすこはアレでないかい?」
「そうなのですよ。アレなのです」
劉樹は、タクシーの運転手との会話に出て来るアレに興味を持った。
「ねえねえ、和お兄さん。アレって何?」
「俺も初めてなんだよな。分からなくってごめん」
和は、パンと拝んで我慢して貰った。
劉樹は、すんなり頷いた。
黒樹は、アレと言ったらアレのつもりで頼んでいる。
「はは、暫く帰らないと、こんな風になっているのか」
黒樹は、二荒神温泉郷の見事に整備された町並みに興奮を覚える。
ガードレールは象徴の猿の愛らしいイラストがあり、何もなかった所に店ができている。
先の朱と白塗りのタクシーは、ホテルビュー二荒神に寄せてくれ、次の緑のタクシーも続いてタクシープールに停めた。
運転手が、バタムとドアを閉め、後ろを開けると、ベルボーイとベルガールが一人ずつ来てくれて、親切にもトランクを運んでホテルへと案内までしてくれた。
「ここで、ええっぺ?」
「そうですね。ホテルは合っていますよ」
運転手に返事をすると、放心している黒樹だけが目立っていた。
子ども達は、にこやかにホテルの建物へと向かった。
「どうしました?」
ひなぎくは、黒樹の様子がおかしいと思って訊いてみる。
「いや、先ずはチェックインしようか」
うなだれた黒樹の声に、ひなぎくも心もとなさそうだ。
「寄って行く予定だったお墓はどうなさるのですか? プロフェッサー黒樹」
ひなぎくの何気ない一言に黒樹はピクリと肩を震わせた。
二荒神町は二荒神温泉郷となっていた。
「ここなんだよ……」
乙女が黒樹に見つけた風は、急に秋から冬を感じさせた。
その不自然さに、蓮花や和は、黒樹が用意していたと思う。
ところが、ひなぎくは、ほくほくと喜んでいる。
「キャンセルで、五人分も! 二枚から七枚になりましたわ。これで一度に皆で乗れますね」
「そうだ。キャンセルだからな」
シリアス黒樹は、キャンセルを強調する。
照れているのだろうと、蓮花も和も黙って口元をゆるませた。
高速バスドリームサンフラワー号は、リクライニングできるシートに、おトイレ、公衆電話、トランクルーム付きと至れり尽くせりだったが、子どもにとっては居心地のいい所ではなかった。
「パーパー、トワレ(おトイレ)。ちっちする」
はっきりと恥ずかし気もなくお願いするのは、虹花の性格なのだとひなぎくは思う。
「パパ、りんごジュースを飲み過ぎたみたい。雨がぽつぽつ降って来る」
こちらの澄花もおトイレらしいが、頼み方が婉曲的だと、その違いをひなぎくはユニークだと感じる。
「はいはい。結局、二人揃っておトイレな。バスは狭い空間だが、小さな女の子を一人で行かせられないだろうって。父親なんだよ、俺は」
黒樹は、ひなぎくにこぼして我がレディーのおトイレへと付き添う。
「私が行きましょうか? 女の子同士ですし」
席を立とうとするひなぎくの申し出に、黒樹は首を横に振る。
「今まで、家庭を顧みないシングルファーザーへのしっぺ返しだよ。だから、いいんだ」
頭が痛くて額を押さえていた手を離し、周囲に気を配って席を立つ。
「僕が一緒に行ってもいいぴくよ。いつも個室まで入っているの。お兄ちゃんだから、可愛い妹達をさらわれたくないぴく」
劉樹の他愛のない笑顔は癒される。
しかし、それは違うと黒樹は思った。
「お前も慎重だなあ。って、そんなにお世話になっていたのか。後で、ご褒美を買ってあげるからな」
まだ幼い自分の子どもに礼を言う日が来るとは思わなかった。
いい子に育ってくれたと、黒樹はしみじみとした。
「何も要らないぴくよ。お兄ちゃんだから」
「お父様、私にも頼ってくださいね」
蓮花の大きなお姉さんらしい頼もしさに、ひなぎくは感心した。
「そうだよ、父さん。蓮花姉さんも俺も連れ子だからって遠慮するな」
和までが、胸をドンと一つ叩いた。
「わー! 連れ子とか、言わない、言わない、言わないよー」
黒樹は、それだけは否定したくて、胸の前で大きく手を振った。
銀ぶちメガネの奥から汗が噴き出していた。
「まあ、二人とも急ぎましょうね」
肩を震わせておトイレを我慢している二人をひなぎくがさっと連れて行った。
おトイレのブースは、バスの中央右手、二段下がった所の公衆電話と同じ所にある。
間に合わなそうな虹花を先に入れた。
狭かったが、ひなぎくも同席して、ちっちが終わるまで待つ。
次は、澄花を誘い込み、さっと座らせて素早く用を済ませた。
澄花は、緊張していたのか、大きい方もあったので、間に合ってよかったと胸を撫でおろした。
二人を仲よくバスの座席につかせると、ひなぎくはさっきのことが気になった。
連れ子のことだ。
「まあ、小学三年生にもなって何だが、おトイレの事故は怖いからな。この高速バスドリームサンフラワー号が、オリエント高速バスにならないとも限らない」
黒樹の隣に帰って来たひなぎくが一刺し。
「何をカッコつけているのですか。先ず、優先順序を考えましょうね。困ったわねーで済まないこともあるのですよ」
「ふあーい。俺も反省しております」
全く俺も色々だな。
暫し、頭をポリポリ掻いていたが、薄くなったなと思うと去りたくなった。
いや、去り行く髪に神頼みをしたい。
では、自分も何か飲み物と思ったが、俺までおトイレに駆け込んでは笑われるのではないかと遠慮する。
かと言って、タバコは、美術品の修復だとかレプリカの制作だとかの仕事の上もあるが、蓮花さんが小児喘息だったのでずっと禁煙マンを通している。
これは、元妻にも褒められた。
あー、この自慢話をひなぎくちゃんにもしたいけど、『元妻』ってキーワードは、よろしくないよな。
では、飴でもと思いポケットから飛行機で貰ったキャンディーを出した。
いや、まて。
この状況はよくない。
黒樹は汗ばんだ。
「美味しそうでぴくねー。僕は飛行機の中で食べてしまったぴく」
しまったと、黒樹は心で叫ぶ。
ここにも俺に似たのか甘党がいる。
劉樹だ。
こいつは、うちの食べ物は僕の食べ物主義だから、困ったものだ。
それさえなければ、虫歯にならないのに。
歯科医院通いは大変な上、永久歯をやられたらどうするんだよ。
ひなぎくは、黒樹を見つめて思う。
あらあら、プロフェッサー黒樹は結構子煩悩なのですね。
見習わないといけないですわ。
私、沢山の子ども達に囲まれて、子育てをするお母さんになりたかったのよね。
自分が一人っ子だからかも知れないわ。
三十代からでも子どもを望むのは遅くはないと思っていたけれども、どうなのかしら?
さっきの会話によると、プロフェッサー黒樹の『元妻』さんとの連れ子が、蓮花さんと和くんなの?
後は奥様とのお子様、劉樹お兄ちゃんに虹花ちゃんと澄花ちゃん。
私が入る余地があるのかしら……?
貪欲に行けない自分が残念だわ。
でも、一緒にお仕事をする夢はこれからなのよね。
ゴーっと時速八十キロの定速で高速道路を走り、高速バスドリームサンフラワー号は目的の下野県ふるさとななつ市の二荒神温泉郷入口バス停に辿り着いた。
ひなぎくと黒樹達の他に、思ったよりも多く六人は下車した。
「そろそろ、お昼ご飯になりますけれども。皆さん、どうしましょうか?」
「ここからはそう遠くない。ホテルに着いてからゆっくりと食事をしよう。その方がひなぎくちゃんのEカップの為にもいい」
「何ですかそれ」
眉間を寄せて変顔になったひなぎくを見て、子ども達は声を出して笑った。
「ミルクいっぱい! 栄養の問題かな」
黒樹は、おすまししてとぼける。
そこからは、タクシー二台に黒樹の男子チーム三人とひなぎくの女子チーム四人に分かれて乗った。
道案内は、黒樹に任せて先導して貰う。
ひなぎくは、ここが世界遺産に認められてから、一度も訪れていない。
以前来たのは、上野大二年の時、お友達とだった。
周りが美しい風を色どり、あたたかな日差しに心がきらきらとする。
「運転手さん。ええ、あの細い道を曲がってください」
一つしかない曲がり角を掌で示した。
「んだっぺな。あすこはアレでないかい?」
「そうなのですよ。アレなのです」
劉樹は、タクシーの運転手との会話に出て来るアレに興味を持った。
「ねえねえ、和お兄さん。アレって何?」
「俺も初めてなんだよな。分からなくってごめん」
和は、パンと拝んで我慢して貰った。
劉樹は、すんなり頷いた。
黒樹は、アレと言ったらアレのつもりで頼んでいる。
「はは、暫く帰らないと、こんな風になっているのか」
黒樹は、二荒神温泉郷の見事に整備された町並みに興奮を覚える。
ガードレールは象徴の猿の愛らしいイラストがあり、何もなかった所に店ができている。
先の朱と白塗りのタクシーは、ホテルビュー二荒神に寄せてくれ、次の緑のタクシーも続いてタクシープールに停めた。
運転手が、バタムとドアを閉め、後ろを開けると、ベルボーイとベルガールが一人ずつ来てくれて、親切にもトランクを運んでホテルへと案内までしてくれた。
「ここで、ええっぺ?」
「そうですね。ホテルは合っていますよ」
運転手に返事をすると、放心している黒樹だけが目立っていた。
子ども達は、にこやかにホテルの建物へと向かった。
「どうしました?」
ひなぎくは、黒樹の様子がおかしいと思って訊いてみる。
「いや、先ずはチェックインしようか」
うなだれた黒樹の声に、ひなぎくも心もとなさそうだ。
「寄って行く予定だったお墓はどうなさるのですか? プロフェッサー黒樹」
ひなぎくの何気ない一言に黒樹はピクリと肩を震わせた。
二荒神町は二荒神温泉郷となっていた。
「ここなんだよ……」
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